Bパート 4

「ええい! お前たち! かかれいっ!

 ホッパーめを討ち取るのだ!」


 ――キー!


 カッパーンに号令され、キルゴブリンたちが手に手に粗雑な造りの得物を構えながらホッパーを取り囲む。

 今回は新聞配布という目的で連れてこられた魔人軍の雑兵ぞうひょうらであるが、その本意は破壊と殺戮さつりくにこそある。

 あまりと言えばあんまりな事態に動揺したものの、いざかかれと言われれば己が命を無視して襲いかかれるのがこやつらの強みであるのだ。


 ホッパーは夜雨に打たれながらも油断なく身構え、キルゴブリンらに対し一定の距離を保つ。

 果たして、圧倒的多数を前にホッパーはどう立ち回るか!?


「――ルミナス!」


 その答えは、力ある言葉として放たれた!

 勇者の意思を体内に秘められた輝石きせきリブラが汲み取り、彼を異なる姿へとフォームチェンジさせる……。

 次の瞬間、その場に立っていたのは全身を覆う甲殻の軽量化と簡略化を引き換えに、俊敏な動作と魔術の行使を可能にする青いホッパー――ルミナスホッパーであった。


「――ルミナスロッド!」


 かけ声と共に変換モーフィング能力が発現し、その手に生まれ変わった聖杖せいじょう――ルミナスロッドが握られる。


「いくぞっ!」


 それを皮切りに、怒涛どとうの勢いでホッパーがキルゴブリンらの中心へと踏み込んだ!


 ――キー!


 迎え撃つ魔人軍の尖兵せんぺいたちであるが、これは……勝負にならぬ!


「――ぬん!」


 ――キーッ!?


「――せいやっ!」


 ――キーッ!?


 この場に降り注ぐ夜雨よりもなお流麗な動きで……。

 ルミナスホッパーが次々と打突を見舞い、なぎ払い、時にはロッドをポール代わりとした高跳び蹴りを放つ!

 ロッドの柄を走る魔法文字ルーンの輝きが闇を切り裂き、首に巻かれた黄色のマフラーがはためく様は、まるで闇夜に踊るねずみ花火のようだ!


 ――キーッ!?


 たちまちの内にキルゴブリンらは突破され、カッパーンまでの道が開く。


「あわわわわわっ!? こ、こっちへ来るな!?」


「問答無用! ガチの怒りを思い知れ!」


 ロッドを片手で握り、ホッパーが力任せの連撃を叩き込む!


「――うおおおおおりゃっ!」


「げぶっ!? べぶっ!?」


 常のホッパーとは違い、一連の攻撃は正統派の杖術じょうじゅつではない。

 強いて言うならばこれは――ゲバ棒の動きだ!

 自身が参加したわけではないとはいえ、リアルに学生運動時代を体験した男の情け容赦なきゲバ棒アタックが、半世紀の時を越えて魔人戦士を打ち据えているのである!


「あばばばばばっ!?」


 これはたまらぬ!

 鎧を身にまとっているとはいえ、カッパーンのそれはあくまで印刷能力を発現するためのものであり、防御を主目的としたものではないのだ。


「――死ねいっ!」


 ――ガキン! ガキン! ガキン!


 ボッコボコにされ地面を転がるカッパーンを前に、とうとう死ねとか言い始めたルミナスホッパーがロッドの中央部に存在するレバーを三度動作させる。

 すると、ルミナスロッドの魔法文字ルーンから無数の光り輝くバッタが生み出され……それは空中で合体し次々とホッパーの分身を生み出していったのだ!


「――はあっ!」


 ロッドを投げ捨てたルミナスホッパー本体も跳躍し、光の分身らと共に跳び蹴りの構えを取る。

 これこそは、ルミナスホッパー最大の必殺技……。


「ルミナス――――――――――イリュージョンンン・インパアクッ!」


 分身らの蹴りが……ルミナスホッパー自身の蹴りが……。

 駆けつけようとしたキルゴブリンらと、カッパーンに突き刺さっていく!


 ――キーッ!?


「ぎゃわあっ!?」


 たちまちの内に魔人らは爆散し、その炎が夜闇を照らし出す結果となった。

 だが、カッパーンのみはただ爆散したわけではない……。

 まるで、ビデオ映像を巻き戻すかのように……。

 カバ魔人が爆散して生まれた炎は収束して肉を形作り、再びこやつを健在な姿に生まれ変わらせたのである。


「ほう……妙な術を使うな」


 念動力により舞い戻ったロッドを掴み、ホッパーが油断なくカッパーンを見据えた。


「ファ……ファファ……ワガハイは負けるわけにはいかぬ! いかぬのだ!」


「……貴様、何やら事情があるようだな?」


「そう……」


 ホッパーの言葉に、カッパーンが目をすぼめながら過去の情景を脳裏に思い描く。




--




 あの時……。




--




「――ギガント!」


「――あぶばあっ!?」


 フォームチェンジと同時に出現させたギガントバスターの圧縮空気弾をまともに喰らい、カッパーンがまたも地面を転がり回る!


「別に興味があるわけではない」


 ただでさえ強固な甲殻の上に紫の甲冑をまとい、同色の両目と漆黒のマフラーを備えた鋼鉄の重騎士が、専用の空気砲を構えながら無情な言葉を言い放った。


「自分で話振っといて!?」


 立ち上がりながら、カッパーンが避難の言葉を浴びせる。


「黙れ……いかなる事情があろうとも、他者を不幸にする理由になるなどと思うな!」


「そりゃそうだけども!? べぶ!? ぶげっ!?」


 正論の暴力のみならず、圧縮空気弾による物理的な暴力すらも連続して撃ち放たれ、カッパーンが地面を転がり回った。地上に出てきてからこっち、この魔人戦士は地面を転がってばかりである。


「――ギガントアックス!」


 ホッパーの呼びかけに応じ、バスターモードだった聖斧せいふが機械斧本来の姿を取り戻す!

 そしてそのまま、起き上がりこぼしのごとく立ち上がるカッパーンに、あらゆる敵を烈断すると伝えられる刃が振るわれた!


「――でえいっ!」


「――ぐわっ!?」


「――せいやあっ!」


「――あぶわあっ!?」


 ギガントアックスによる連続攻撃は、先のロッドに比べて鋭さと速度で劣る。

 しかし、その分一撃一撃の重さは比べるべくもなく、タイプライターじみたカッパーンの鎧はたちまちの内にズタボロとなった。


「――ふんっ!」


「――がっはあ!?」


 もはや地面ソムリエと化しつつあるカッパーンが再び地に転がると、ホッパーがアックスの引き金を引く。


 ――ビュウオオオオオ!


 ……という、巨人の吐息じみた音と共に、刃の先端へ供えられたスリットが雨粒ごと空気を吸い込み、これを背部から爆発的な勢いで噴出させる!


「大ィィィィィ――――――――――烈断ッ!」


 その勢いを借りてコマのごとく大回転したギガントホッパーが、横なぎに必殺の一撃を打ち放った!

 その様は、さながら地上に出現した超極小規模の竜巻であり……、


「――ぐがあああああっ!?」


 これをまともに喰らったカッパーンは、またもや爆散することになったのである。

 しかし、またもや爆発によって生み出された炎が収束し、こやつを健在な姿に蘇らせた。


 ――四命復魔しめいふくまカッパーン。


 四つ持つ命の内、二つがここに消費されたのだ。


「――ブラック!」


 だが、先に再生する様を見ていた勇者にとって、それはもう織り込み済みの事態……。

 本来の姿に戻ったブラックホッパーが、両腕をだらりと垂らし、おもむろに腰を落とした。

 これこそ、秘密結社コブラが生み出した最強の改造人間必勝の形……。


「ホッパアアア――――――――――キイィック!」


 まるで、バレリーナのように……。

 しなやかかつ流麗な動きで空中回転を加えられた跳躍蹴りが、カッパーンに突き刺さる!


「――ぐおっはあっ!?」


 強烈な一撃をまともに浴びたカッパーンはたまらず吹き飛び、すぐ近くに存在した建物の壁を破壊しながらバウンドし舞い戻った。

 これを迎え撃つは、勇者最大の奥義!


「ホッパアアア――――――――――パアァンチッ!」


 バッタの跳躍力が複雑な空中回転を経て一切のロスなく腕部に伝達され、あまりの拳速に拳が赤熱し雨粒を蒸発させていく!

 必殺の跳躍拳が、カッパーンの真芯に叩き込まれた!


「――ぎいえええええっ!?」


 もはや地面に転がることすら許されず、四命復魔しめいふくまが空中で爆散を果たす。

 またもやその炎が巻き戻り、カバ魔人を蘇らせたが――残る命はあと一つ!


「――とおっ!」


『お、ワシの出番か!?』


 地球の高層ビルすら飛び越す跳躍力でホッパーが愛車の上に舞い戻り、そのアクセルを全速で吹かす!

 わずか数メートルで亜音速に達した竜翔機りゅうしょうきが、伸縮していた首を展開し、フロントアーマーに変形していた頭部を機械竜本来の姿に戻した。


 ――何が同性愛だ!


 それを操りながら、ホッパーは脳裏でそう吐き出す。


 ――おれだって、まともな恋をしたことがある!


 頭の中で鮮やかに蘇るのは、四九年前、共に悪と戦った一人のうら若き女性……。


「ローダー――――――――――」


『――――――――――バーニング・ストーム!』


「――ミ゙ド゙リ゙ザア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ン゙!゙」


 ちょっと技名に被らせる勢いで、今は亡き想い人の名が勇者から吐き出され……

 同時にローダーが無数の火球を撃ち放ち、復活したカッパーンの動きを完全に封じ込めたのである。


「む、無念……!

 本当に、無ッ――――――――――念ンンン!?」


 爆炎を存分に浴び、ローダーによるトドメの体当たりを喰らったカッパーンが空中に吹き飛び、四度よたびその身を爆散させた!

 四つの命を持つ、別に恐ろしくもない魔人はついにその命を使い果たし、二度と蘇ることはない……。


 ブラックホッパーの、ちょっとやりすぎな勝利だ。


「ちっ……物足りんが、死んでしまったものは仕方がないか」


 停車させたローダーの車上で、夜雨に打たれながらホッパーがそう吐き捨てた。

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