Bパート 8

 爆煙が晴れると共に姿を現した、新たな姿のホッパー……。

 これをひと言で表すならば、それは、


 ――紫のホッパー。


 ……ということになるだろう。

 ルミナスホッパーのように、全身を覆う甲殻の一部が被膜化し軽量化しているわけではない。

 それとは逆に、既存の甲殻はそのままに、追加装甲と呼ぶべき分厚く頑強な鎧をまとっているのがこの姿であった。


 果たして、どこからそんなものを持ち出したのか……。

 全くの無から生み出された鎧が覆うのは、胸部から両肩、両下腕部、両下脚部である。

 紫一色に染め上げられたその鎧の、何とたくましく勇壮なことであろうか……。

 各部位は見るもなめらかな曲面を描いており、ふちは複雑精緻せいちな金細工が施されている。


 それだけならば実用性を無視した美術品のごとき装いであるが、その防御性能たるや本物を通り越して神がかった領域に達していた。

 何しろその胸甲は、装魔砲亀そうまほうき必殺の一撃を受け止めたに相違ないというのに、傷はおろか塗装剥げ一つ見当たらぬのである。

 地上のいかなる金属でも及ばぬだろう強度の鎧をまとったホッパーは、その両目に鎧と同じ紫の輝きを宿しており、首に巻いたマフラーは漆黒へその色を変じさせていた。


「新たな……力を……手に入れたとでも……言うのか!?」


 本能的な恐怖におののきながら、バクラは左手に新たな弾頭を生み出しそれを装填する。

 神々と精霊に見放されし、魔人族の身だ。

 祈るという概念がいねんすら解せず生きてきたが、今初めて彼は、侮蔑ぶべつする人間がそうするような境地に達しつつあった。


「――死ねっ! 死ねっ!」


 魔人王から教わった言葉すら忘れ、わらにもすがるような思いで引き金を引く。


 ――一発。


 ――二発。


 ――三発。


 心くじけつつあれど、魔人戦士の装填と狙いは正確そのものであり、十を数えるか数え切れぬかという間に放たれた三連射はいずれもがホッパーの真芯を捉えていた。

 だが……、


「――化け物か!?」


 砲撃の結果を見て瞠目どうもくする。

 衝撃は確かにあるのだろう……。

 一発受けるごとに、ホッパーはわずかに体勢を崩す。

 だが、次の瞬間には何事も無かったかのように一歩……また一歩と踏み出すのである。


「――このっ! このっ!」


 半狂乱となりながら頼みの綱である砲を発射し続けるバクラであったが、それがゆえに彼は気づかなかった。

 砲撃を受けながらも、徐々に……徐々に大灯台への距離を詰めるホッパーの手に握られた斧までもが、光に包まれながら次第にその形を変えていることに……。

 斧の変化が完了したのは、ホッパーが大灯台までおよそ二百メートルほどの距離に達した時である。


「――何!? 斧が……変わっただと!?」


 ようやくその事実へ気がついたバクラであるが、変化した斧を見て語るべき言葉が見当たらぬ。

 それは、バクラが混乱しているからではない……。

 明らかにその斧が、この世界とは違うことわりを持ち込んで生み出された存在だからであった。


 刃は鎧と同色の紫に……これの取り付いた柄は黒色に染まっている。

 全体的なシルエットは直線同士を組み合わせたものであり、これは鎧のなめらかな曲面とは対照的であった。

 目を引くのは、刃の根元……斧の先端部に金属水筒の口金くちがねにも似た謎の細工が存在することと、握りの根元にバクラが構える砲と同じ――引き金が存在していることだろう。

 手工芸ではなく、何か得体の知れぬ技術で生み出されたかのような総金属ごしらえの雰囲気もまた、バクラが構える砲と共通しているところであった。


「だが……変わったところで……どうなる?

 斧は……斧……。

 この距離では……」


 驚きから思わず攻撃の手を止めてしまうバクラであったが、彼の疑問ももっともであろう。

 斧は近接武器――これは三千世界に共通する真理である。

 無論、投てきすればその限りではないが、わざわざ大仰な変化を遂げた武器の用途がそれというのは片腹痛いところだ。


 だが、ホッパーは投てきなど考えていなかった。

 否、そもそも生まれ変わったその斧は、斧であって斧ではなかったのである。


 その証拠に――見よ!

 ホッパーが斧の背をがしりと掴み、握りに力を入れれば……それが刃側へくの字に折れ曲がったではないか!?

 改めて腰だめに構えたそれは、先端部に備わる金属水筒の口金くちがねがごとき謎の細工がこちらを向いており……。

 引き金に人差し指を添えたそれは……その姿は……まるで……。


「――砲だと!?」


 バクラが驚きの声を上げるのと、ホッパーが引き金を引くのとは同時のことであった。

 その瞬間――バクラは見た。

 変形により今は下側を向いている斧の刃先に、よくよく見れば細やかな穴が並んでいるのを……。

 そしてその穴が、引き金を引くや否やゴウッと……渦が見えるほどの勢いで空気を吸引したのを……。

 果たして、内部に吸い込んだ空気をどうするのか……?

 それをバクラは、己が身で思い知ることとなった。


「――ぐわばっ!?」


 突如として胸を襲った衝撃に、悲鳴を上げながら大きくのけぞる。

 彼を侮った他の魔人戦士からして装亀そうきと呼んだ甲殻の強度は、並大抵のものではない。

 その証拠に、甲殻が破壊されることはなかった……なかったが……。


「――ぐほっ!? ごほっ!?」


 かといって、甲殻が衝撃の全てを吸収してくれるわけでもない。

 ホッパーが放った一撃は、甲殻の破壊こそならなかったものの、その下に存在する生の肉体に甚大なるダメージを与えていたのだ。


 他の魔人ならば、これを受けて正体不明の攻撃と混乱したかもしれない。

 だが、バクラには……バクラにだけはその正体を推察することができた。

 何故ならば、彼が魔人王から授けられし砲と、変形したホッパーの斧は……武器としての基本的な思想を全く同一としていたからである。


「空気の……砲だと……!?」


 それがホッパー共々に新たな姿を得た斧の、能力であった。

 変形し下側を向いた斧の刃先から、猛烈な勢いで空気を吸引し内部で圧縮する。

 それをこちらに向けた口金くちがね――いや、砲口から矢弾として撃ち放つのだ。


「く……魔人王様から……授かった……力が……負けるはずが!」


 新たに弾頭を生み出し、素早く装填してホッパーに発射する。

 それは確かに直撃しホッパーをのけぞらせたが、次の瞬間には体勢を立て直したホッパーがこちらに向けて引き金を引いているのだ。


「――ぐはっ!?」


 内臓をかき回されるような衝撃と痛みに悶絶もんぜつする。

 その間にも、ホッパーはこちらに向けて距離を詰め続けていた。


 そこからは、繰り返しだ。

 バクラの一撃をホッパーは堂々と受け止め、反撃の一撃を繰り出す。

 そしてその反撃は、明らかにホッパーが受けている以上の痛手をバクラに与えているのだ。


 そしてついに、ホッパーが大灯台から直線にして三十メートルほどの位置まで達し……大きく跳躍する!

 ハマラ相手に見せたというキックの跳躍力と比べれば明らかに見劣りするが、それでも屋上へ到達するには十分だ。


 そして、バクラとホッパーはついに対峙することとなった。

 事ここに至っては、もはや隠形おんぎょうの術など何の役にも立たぬ。

 バクラは砲撃でもたらされた痛みにもだえながら、訊ねるしかなかった。


「貴様……ホッパー!?

 その姿……その武器は……一体……?」


 それに対し、紫のホッパーは悠然ゆうぜんとこう答えたのである。


「おれは鋼鉄の重騎士――ギガントホッパー!」

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