Bパート 7

「おのれ……。

 ……おのれええええええええええっ!」


 先までの不敵な態度はどこへやら……。

 誰もいない大灯台屋上で、装魔砲亀そうまほうきバクラは一人くやしげなうめき声を漏らしていた。

 彼をここまで苛立たせている理由はと言えば、ただ一つである。


「人間……共め……よくも……よくも俺の『目』を……!」


 昨日一日をかけて築き上げた彼の能力網は、取るに足らない存在であるはずの人間共によって半壊の憂き目を見ていたのだ。


 ――自身の魔力を宿した花による情報網構築。


 勇者ショウが推察した通り、それこそがバクラの生来持つ権能であった。


 ――諜花装亀ちょうかそうきバクラ。


 それこそが、つい先日に至るまで彼に付けられていた二つ名である。

 そこに魔の文字はない……。

 自らが前線に立ち戦うわけではない彼の権能に対し、栄光ある魔人戦士に許された魔の文字を他の戦士らが使わなかったのだ。


 ――花をせっせと植えて回るのが貴様の能力か?


 ――話に聞く人間の幼子おさなごがごときだな。


 ――まあ、臆病な亀にはふさわしき権能か。


 逆境に際した脳の働きか……。

 かつて他の戦士らから投げられた心なき言葉が、脳裏へ鮮やかに蘇る。


「くそ……くそ……っ!

 どいつも……こいつも……俺をコケにしおって……!」


 怒りの炎が燃え上がり、その燃料とすべく現状と関係なき記憶すら呼び覚ます……。

 先までの程よい集中状態とは全く真逆な、負の循環状態にバクラはおちいっていた。


「ラトラ……殿の……諭す言葉にも……奴らは耳を傾けなかった……なあ!」


 怒りのままに弾頭を生み出して装填し、それを発射する。

 八つ当たりに放った一撃はどこぞの建物を破壊したようであったが、それがどのような建物で、どれほどの効果を及ぼしたのか……それが今の彼には分からない。


「何に……当たったのか……!?

 さっきまで……撃った砲弾は……ちゃんと人間に……当たったのか……!?

 誰か……誰か……答えろよおおおおおっ!?」


 当然ながら、答える者はいない。

 精神的な孤立……。

 肉体的な孤立……。

 何より情報的な孤立が、バクラを追い詰めていた。


 先ほどまで究極の力だと思えていた砲が、急に頼りない棒きれのように思えてくる。

 どれだけ強烈な威力を誇っていようと、狙いを正確に付けられなければそれは意味を持たない。

 諜花ちょうかから得られる観測情報あってこそ、この砲は最強足り得るのだ。


「ちくしょう……! ちくしょう……!」


 自身の姿は見せず一方的に破壊を楽しんでいたはずの魔人は、暗闇の中でがむしゃらに腕を振り回すような感覚に襲われていた。

 もしも……。

 バクラがザギの言葉を聞き入れ、キルゴブリンたちを引き連れていたならこうはならなかったかもしれない。


 事前に諜花ちょうかを植え付け、情報網を構築する。ここまでは同じだ。

 だが、その後はバクラによる砲撃支援を受けつつ、遅れて送り込まれたキルゴブリンらが前線を押し広げ王都に浸透していく……。

 それは人間にとって、悪夢としか言いようのない光景であっただろう。

 諜花ちょうかの存在に気付いたとしても、その頃にはキルゴブリンらが王都南部を制圧状態に置いており、今のようにたやすく人間が跳梁ちょうりょうしこれを破壊するなど不可能だったのである。


 だが、バクラはそれを選択しなかった。

 地上侵攻以前の第一手で、彼は打ち損じていたのである。


「どうにか……せねば……!」


 そして今また、彼は打ち損じていた。

 事態の打開を図るのならば、即座にこの場を離れ隠形おんぎょうの技で隠れ潜めば良かったのだ。

 位置が知れた砲撃手など格好の標的に他ならず、それは地球においてもこの兵種が抱える最大の弱点であるのだから……。


 それをしなかったのは、現状へ至るまでの苦労を無にしたくないと考え、ここを守ることに固執してしまったからだろう。

 投じたモノを無為にしたくない……それは、あらゆる理知的思考に勝る強烈な欲求である。

 だが、それこそは賭博における必敗の考え方であるのだ。


「……む!?」


 そうやって、子供がそうするように地団駄を踏んでいたその時だ。

 他に頼るべき『目』を失った魔人の肉眼が、信じられないものを発見した。


 それまでは、建物の陰から陰へと潜み接近してきたのだろう……。

 だが、今まさに最後の死角となっていた倉庫の陰から姿を現し、大灯台に至るまでの道へ姿を現したのは……!


「ブラック……ホッパー……だと……!?」


 その姿を見まごうはずもない。


 全身は昆虫のそれを思わせる漆黒の甲殻に覆われており……。

 関節部で剥き出しの筋繊維がみりみりと音を立てているのが、距離を置いてなお聞こえてくるかのようだ……。

 人間の頭部へバッタのそれをデタラメに貼り合わせたかのような頭部は、魔人よりもよほど魔人らしいとすら感じさせる異貌いぼうであり、見ようによっては頭蓋骨のようにも見える……。

 それが真っ赤な目を輝かせて歩む様は、さながら魔界よりなお深き地獄の底から死神が現出してきたかのようであった……。

 そう思えば、首元に巻かれた真紅のマフラーも、これまで葬ってきた魔人たちの返り血によってそうなったのではないかと錯覚させられる……。


 ――勇者ブラックホッパー!


 遠方からゆらりと歩み寄る姿は、いかなる名乗り口上よりも雄弁にその素性を物語っていた。

 一点、常との相違があるとすれば、それが勇者が右手に握った一振りの斧だろう。


 魔人であるバクラが芸術など解するはずもないが、武具として見事な仕上がりであることは理解できる。

 柄ごしらえのたくましさといい、刃の鋭さと分厚さといい、まず第一義に破壊力と殺傷力を追及して鍛えられた仕上がりであった。

 それに金細工を張り巡らせているのは理解に苦しむところであったが、それが人間なりの醜悪しゅうあくな芸術観であるのかもしれぬ。

 さておき、何を思って持ち出したのかは知らぬが今問題とすべきはそれではない。


「何を……しに来た……この距離ならば……『目』などなくとも……必中あたう……」


 走り出すわけでもなく……。

 ハマラを葬ったという聖竜の変身体にまたがるわけでもない……。

 ただ、ゆらり……ゆらりと歩み寄って来る様は全くもって理解に苦しむものであった。

 確かに、勇者は挨拶代わりに不意打ちで放った一撃を迎撃せしめている。

 だが、至近距離から諜花ちょうかで得られた情報によればそれは地に足を着けた渾身の殴打によるものであり、連射すれば防ぎ切るのは困難であるはずだ。


「まさか……あの妙な斧で……切り払うとでも……?

 ――バカにするなあっ!」


 バクラにとって、もはやよすがとするべきは魔人王から授けられし砲の能力しかない。

 そんな彼にとって、勇者のあまりに無防備なその姿は、最後の拠り所に対する無言にして最大級の侮辱であった。


 瞬時に弾頭を生み出し、装填する。

 魔人の膂力りょりょくによって行われるそれは、地球の兵士が見たならば早回しの映像を見ているかのようであろう……。


「――発射ファイア!」


 そして、すぐさまそれを肩に担ぎ上げ――引き金を引いた!

 白煙と共に弾頭が消え失せ、いささかの間も置かずブラックホッパーへと直撃する!


「……命中ヒット


 確かな手応えと共に、バクラはそう呟いた。


「ふ……ふふっ……!

 切り払う……どころか……反応すら……できぬではないか……!?」


 あまりに無様なその様に、嘲笑ちょうしょうを漏らす。

 だが、爆発によって発生した煙が風に流されると同時、彼は驚愕の叫びを上げることになったのである。


「なん……だと……!?」


 煙が晴れたその場所に立っていたのは、ホッパーであってホッパーではない……。

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