Bパート 3

 ホッパーが帰還先として選んだのは、ラグネア城に存在する騎竜の発着場であった。


「勇者殿だ!」


「魔人を倒されたのか!?」


「いや……あれは!? 負傷しておられるぞ!」


「団長も一緒だ!」


 竜騎士たちの緊急出動に応じて動員されていた騎士見習いや神官たちが、口々に言い合いながら上空のドラグローダーを指差す。

 そんな彼らに見守られながら、勇者と騎士団長を乗せたドラグローダーはゆっくりと発着場に降り立ったのである。


「……ぐはっ」


 人間で言うならば口に当たるクラッシャーから多量の血を吐き出しながら、ルミナスホッパーがどうにか地上へ降り立つ……が、その足元がふらついた。

 これを騎士見習いの少年たちが支えられたのは、日頃から積んできた訓練の賜物たまものと言えるだろう。


「私は平気だ!」


 同じように支えるべく近寄って来た騎士見習いたちへ、しかし、これを固辞しながら騎士団長ヒルダも降り立った。


「主殿! 平気か!?」


 ドラグローダーが変身を解除し、少女の姿――レッカに戻る。

 裸で寝ていたところを連れ出されたため、その身には一糸まとっておらず、これには耐性のない見習い少年たちが顔を赤らめながら目を逸らす事態となった。


「平気……ではないが……」


 見習いたちに両脇から支えられながら、ホッパーが右手を天にかざす。


「――ルミナスロッド!」


 すると……おお……一心同体となった聖杖せいじょうはいかなる状態からでも主のもとへ駆けつけるのか!?

 ヒルダ救出の際に放り投げられたはずのロッドは、遥か彼方から念動力で飛来しホッパーの手に握られたのである。


 ――ガキン!


 普段に比べれば明らかに緩慢かんまんな動きでホッパーがレバーを一度動作させ、秘められた光の魔力を開放した。


「ルミナス――――――――――ヒーリング・プリズム」


 ロッドの先端から見るも清らかな光の粒子が生み出され、それが術を発動したホッパー自身を包み込む!

 しばらくして粒子が消え去ると、ひび割れていた胸部の甲殻は完全に修復され、一見したならば万全な状態のルミナスホッパーへ戻っていた。

 だが……、


「く……っ!?」


 変身を解除し人間の姿に戻ったショウが、力なくうなだれる。


「主殿!?」


「魔法で傷は治せても……失った血までは戻らないようだな……」


 どうにか苦笑してみせたが……それも、最後の力を振り絞ってのことだったのだろう。

 勇者ショウはがくりとこうべを垂れ、そのまま気を失ってしまったのである。


「勇者殿!?」


「すぐさま運び込むのだ!」


「誰か! 担架を用意しろ!」


 騒然としながら対処する見習いや神官たちをよそに……。

 ヒルダはただ、黙ってそれを見ていることしかできなかった。




--




 『目』からもたらされる情報をもとに、砲――ロケットランチャーを構える。


「……発射ファイア


 夢枕へ立った魔人王から教わった通りにそうつぶやき、引き金を引く。

 すると、ランチャーの砲口に装填されていたロケット弾頭が瞬間移動したかのように忽然こつぜんと消え失せ、


 ――遠方から、轟音が鳴り響く。


 砲口と尾部から白煙の吹き上がるランチャーを手にしばし瞑目めいもくしていたバクラであったが、


「……命中ヒット


 やがて、満足そうにそうつぶやいた。

 『目』からもたらされる情報により、目標へ命中したことを確認したのである。

 『目』と言っても、それは彼に視覚情報をもたらしているわけではない。

 しかし、風の流れや周囲の温度……そして、『目』そのものを震わす音の振動は、なまかな視覚以上に膨大ぼうだいな情報を彼に与えてくれるのだ。



「どうやら……人間共の避難は……順調に進んでいるようだな……」


 他の『目』からもたらされる情報をも分析し、そう結論付けてうなずく。

 初動における勇者らの指示も良かったのだろうし、かねてより魔人の襲来に備えて住民の訓練も進めていたのだろう……。

 王都南部に住む人々の避難は、バクラが期待していたよりもはるかに迅速なものであった。


 ――いいか、バクラ? 殺すのは簡単だ。だが、殺すな。


 夢に現れた、魔人王の言葉を思い出す。


 ――奴らが生み出す負の感情こそ、俺の復活を早めてくれる。わざわざ、こちらからそれを目減りさせる必要はねえ。


 もしも、その言葉がなかったなら、バクラは新たに得た力を試したい衝動のまま、数多くの人間を殺害せしめていたであろう。


 ――その代わり、港がある南部の施設や船を集中的に狙え。


 しかも、魔人王はただ人間らを生き永らえさせようとしているわけではなかった。

 むしろ、そうすることでより効率的に負の感情を高めようと考えていたのである。


 ――あの街で暮らす連中はな? 生きる糧のほとんどをそこに頼っている。


 ――そこをお前が占拠してみろ? 食うや食わずやで、たちどころに大騒ぎだ。


 ――しかも、避難先……まあ城になるだろうが、そこではそういった連中が不平不満を漏らしまくるわけだ。


 ――ストレス……まあ負の感情だ。それは人から人へどんな病気よりも早く伝播でんぱする。こういうのを、一石二鳥と呼ぶんだぜ?


「まっこと……我が主の慧眼けいがんぶりには……頭が上がらぬ……」


 新たな標的――どうやら穀物を蓄えておく倉庫のようだ――の近くに植えた『目』から情報を吸い出しつつ、感嘆かんたんのため息を漏らす。

 一発の砲撃をただの砲撃で終わらせず、そこから連鎖的に負の感情を生み出させる流れを作り出す……。

 敬愛する主が最強最大の戦士であることは疑いようもないが、その実、彼は最も偉大な建築家であり演奏者でもあるということである。


「……む?」


 今まさに引き金を引こうとしていた時、『目』の一つから警告が放たれた。

 それに従い、狙いを変更する。


「……発射ファイア


 主の偉大さに感激しながらも新たに装填していたロケット弾頭は、狙いあやまたず、建物の陰から陰へと隠れ潜み接近を試みていた騎士たちの鼻先を抑えた。

 殺したわけではない。

 ただ、彼らが進もうとしていた先の建物を破壊しただけである。

 だが、騎士たちの勇気をくじくにはそれだけで十分であり、事実、彼らは尻をまくって撤退し始めていた。


「貴様らの姿など……見えている……。

 そして……それ以上近づかば……貴様ら自身もそうなる……。

 クク……我が砲撃は……言葉以上に雄弁なり……」


 慌てて逃げる騎士らの様子を面白おかしく『目』で観察しながら、つぶやく。


「亀は万年……その言葉通り……例え一万年であろうと……南部は俺が塞いでみせるぞ……」


 そしてその左手に、新たなロケット弾頭を生み出した。


「さあ……人間共よ……枯死こしするも良し……互いに相争うも良し……好きな道を選ぶがいい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る