Bパート 1

 もうもうとした黒煙が立ち昇るのは、ラグネア南部に存在する長屋街の片隅であった。


「ローダー! あちらだ!」


『おうよ!』


 ドラグローダーの機械翼から光の粒子が放たれ、そちらへと急行する。

 竜翔機りゅうしょうきのすさまじい加速力により、おれたちは他の竜騎士に先んじてその場へ到着することとなった。


「あ、あれを見ろ!」


「鋼の竜だ!」


「てことは、勇者様か!?」


 黒煙立ち昇る建物の様子を見に来たのだろう……。

 付近の住民とおぼしき人々に指差されながら、その場に降り立つ。


「一体、何があったんですか?」


 どうやら負傷者の類が出ていないらしいことに安堵しながら、その中で最も年かさの男にそう尋ねた。


「いや、わたしらにも何が何だか……。

 いきなり、ものすごい音がしたと思ったら、この小屋……防災倉庫に使っているんですが、ともかくそれがこんな有様なもんで……」


「ふむ……とにかく危ないので、皆さんは少し離れていてください」


 おれの指示に従い距離を取る人々を尻目に、防災倉庫に使われていたというその小屋を検分する。

 ごく簡素な造りの木造小屋は屋根の一部に大穴が穿うがたれており、内部から火の手が立ち昇っていた。

 小屋のすぐ近くに、彼岸花にも似た紫色の花が咲いているのは何とも言えぬ不吉さと言えよう。


「この壊れ方は、やはり……」


 改造人間としての腕力を活かし、がたがたになっている扉を力づくでこじ開ける。

 予想通り、小屋内の床には何かが爆発を起こしたような痕跡があり、この防災倉庫が内部からの爆発によって燃え上がっていることが明らかとなった。


『何やら、ワシの吐く火球でも当てたかのようじゃのう?』


「いや……似ているが、性質は異なる。

 これはより貫通力のある攻撃が、内部で炸裂したことにより引き起こされたものだ」


 大事なマフラーに火の粉が飛ばないよう注意しながら、背後のドラグローダーにそう説明する。

 着目すべきは、着弾箇所と思われる床に穿うがたれた穴であろう。


「……深い」


 一見して、その底を見通すことができぬ。

 これは防災倉庫を破壊した一撃が、広範囲への被害よりも貫通力を重視している証左でもあった。

 もう、疑う余地はない。

 ロケットランチャーか、それに準ずる何かによってこの倉庫は破壊されたのだ。

 しかも、恐るべきはその射程距離である。


 かつて戦ったハマラやブロゴーンもまた、それぞれ遠距離からの攻撃を可能としていた……。

 だが、ハマラの射程はせいぜいが弓矢と同等程度であり、使用すればその姿を対手たいしゅの目に晒すこととなる。

 そしてブロゴーンは、大規模な術を使えばその限りではないが、話に聞く限りでは衆目の目を集めぬことなど不可能なはずだ。


 ひるがえって、今回の敵はどうか……?

 この倉庫を破壊した下手人は、その姿を付近の住民から見咎められていないのである。


 一体、どれほどの距離から砲撃を成功せしめたのか……?

 そう考えるのと、長年の戦闘経験で培われた直感が警鐘けいしょうを鳴らしたのは同時のことであった。


「変ンンンンン――――――――――身ッ!」


 直感に身を従え、なかば自動的に体が変身動作を実行する。

 爆圧的な光に身を包まれながら、おれは必殺技の構えを取った。


踏地とうち――――――――――ホッパーパンチ!」


 大地を踏みしめる力を無駄なく腰から上腕部へ伝わせ、右ストレートを放つ!

 発勁はっけいの技術を応用したこの技は、通常のホッパーパンチに比べれば劣るものの、装甲車を一撃で破壊するくらいの威力は有していた。


 ――狙いあやまたず!


 やや上空へ突き出し気味に放った右拳は、不意を打って飛来したと正面からぶつかり合い……。


 ――轟音が、鳴り響いた。


「ぐうううううっ!?」


 びりびりとした振動が拳のみならず全身を振るえさせ、その痛みに悶える。

 パンチによって迎撃されたが、接触と同時に小爆発を巻き起こした結果であった。


『主殿!?』


「ゆ、勇者様!?」


 突然の事態に対応しきれなかったローダーと住民たちが、驚きの声でおれを見やる。


「……問題ない」


 手をぷらぷらと振りながら、努めて平静な声でそう答えた。

 咄嗟とっさの迎撃が功を奏する形となったが……おれのパンチと同等とは、何という威力!

 まともに喰らえば、いかなおれとてタダでは済むまい。


「それより、皆さんは北へ……城の方へ避難してください!

 他の人たちを見かけたら、このことを伝えながらお願いします!」


「わ、分かりました!」


 ヒルダさんによる取り組みのおかげだろう……。

 事前の通達や避難訓練通り、住民たちは家財に頓着とんちゃくすることなく一目散にその場を逃げ出していく。


「ローダー!」


『任せろ!』


 おれはローダーに騎乗し、瞬く間に上空へと飛び上がった。


「勇者殿!? 今のは!?」


 同時に、到着したヒルダさん率いる竜騎士隊とも合流することができた。


「遠距離からの攻撃だ! 発射地点は見えましたか!?」


「――あちらだ!」


 ヒルダさんが指し示したのは、港湾部に存在する大灯台である。


「よし! 皆さんは、住民を避難させてください! 城の方を目指すようにと!」


「承知した。スタンレーたちは勇者殿の指示通りに! 私は勇者殿へ追従する!」


「……む?」


 ヒルダさんの指示に物申したいところはあるが、今はそのような場合ではない。

 おれはローダーの操縦桿を握り、全速力で大灯台を目指した!




--




「今のを防ぐとは……さすが、他の魔人戦士を倒しただけのことはある……」


 大灯台の頂上……。

 海を行く船舶が目印とするかがり火を背にしながら、装魔砲亀そうまほうきバクラは『目』から送られる情報により、先の不意打ちが失敗に終わったことを察していた。

 彼が右肩にかけながら構えている砲は、砲口と尾部からしゅうしゅうと白煙を吹き上げており、ホッパーを襲った一撃がこれによりもたらされたことを雄弁に物語っている。


「だが……もとより今ので倒せるとは思っておらぬ……」


 この場でかがり火を守っているはずの灯台守たちは、バクラが隠形おんぎょう術を解きながら姿を現した途端に腰を抜かしつつ逃げ去っており、この言葉を聞く者は存在しない。


 ――もしかしたならば……逃がさず観戦させてやった方が面白かったやも知れぬ……。


 そのようなことを考えながら、作業に入る。

 程よく集中している時に雑事へ頭を巡らせてしまうのは人も魔人も変わらぬ性質であり、これはバクラが肩に力を入れ過ぎず、極めて自然体で事に及べていることの証である。


 さておき、バクラが挑んでいる作業とは他でもない……。

 次弾の、装填である。


「むう……ん……」


 砲を持たぬ左手を掲げながら、気合と共に闇の魔力を込めていく……。

 すると……おお……!

 一秒にも満たぬ間を置き、その手に現れたのはガラスペンのペン先を巨大にしたような物体であった。

 もしも、ホッパーがこれを見たならばこう断じるであろう。


 ――弾頭。


 ……と。

 構成する素材は、バクラ自身を覆うのと同じ亀のごとき甲殻。

 内部に込められているのは、成形炸薬ではなく爆発をもたらす闇の魔力。

 共に代替だいたい物を用いていながら、貫通力に限って言えば地球のそれを遥かに凌駕りょうがする威力を誇る。

 そう……。

 まぎれもなくこれは、魔人王からもたらされし限定的な変換モーフィング能力によって生み出されたロケット弾頭であったのだ。


 生み出した弾頭を、手慣れた動きで発射機に装填する。

 装填完了して構えたその姿は、地球で対戦車ロケットランチャーを構える歩兵そのものと言いたいところであるが、魔人の膂力りょりょくに物を言わし片手でそうしているのが差異であった。


「ふむ……予想通りこちらへ向かうか……。

 勇者単騎でないのは……ちと意外であったが……まあ、何も変わらぬ……」


 その目が捉えたのは、ハマラを倒したという竜翔機りゅうしょうきに乗りながら一直線にこちらへ迫るホッパーと、それへ大幅に遅れながら追従する女の竜騎士である。

 敵がいるのは、さえぎる物も無き上空。

 これならば、『目』を使う必要すらもなし!


「来るがよい……ホッパー……。

 いやさ……来られるかな……?

 貴様が相手にするのは……魔人王様から授けられし我が新たなる権能なり……」


 もしもバクラが人間であったのなら、舌なめずりをしていたことであろう……。

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