Aパート 6

 騎士団長ヒルダの寝姿と言えばこれは、昼間の凛々しき出で立ちや振る舞いとは隔絶したなまめかしさである。

 鎧も制服も脱ぎ捨てた下着姿を見れば、戦人いくさびととしての装いがどれだけ彼女の豊満な肉体を抑圧していたかが知れるだろう……。

 枝毛一つない金髪を寝台の上で振り乱し、無防備な寝姿を晒したその姿は画家が見たならば間違いなく絵画の題材とするに違いない。


「く……うぅ……」


 かような有様でありながら煽情せんじょう性よりも芸術的な美しさを感じさせるヒルダであるが、しかし、その寝顔は苦悶に満ちていた。

 険しく閉じられたまぶたの裏……彼女の夢に現れているのは、他でもない――勇者イズミ・ショウの姿である。

 うら若き女性の夢に男性が登場するというのはややもすれば恋慕の表れにも思えるが、その内容はといえば騎士団長という職に就く者にふさわしいものであった。


 そう……夢の中で、ヒルダは何度も何度も勇者ショウと木剣を打ち交わしていたのである。

 いや、打ち交わしていた、では語弊ごへいがあるだろう……。

 何故ならば、昼間の立ち合いと同様、夢の中でヒルダは一方的に打ち負かされていたのだから……。


『――しっ!』


 この夢で既に幾度となく放たれたヒルダの得意技――中段の突きが、勇者ショウのみぞおちに迫る。


『――ぬん!』


 しかし、それは彼が構えた木剣の腹で難なく受け流される事となった。

 その手応えの、なさといったら……。

 果たして、自分が相手をしているのは実体を持つ生身の人間なのだろうか……?

 まるで、立てかけた木の板へ水を流すかのような……。

 何の抵抗も淀みもないなめらかさで彼女の切っ先は逸らされ、踏み込みによる力の全てが泳がされてしまうのだ。


『――うあっ!?』


 まるで幽霊にでも化かされているかのような驚きと共に、泳がされた力のまま夢の中にいるヒルダは地に倒れる。


『――くそっ!?』


 すぐさま立ち上がった時、彼女は騎士鎧を身にまとい愛剣を手にしていた。

 場所も、練兵に用いられる城の中庭ではない。

 敬愛する主である巫女姫ティーナが、儀式魔法を遂行する際に用いられるラグネア城尖塔せんとう……そこと城とを結ぶ空中廊下であった。


『う……うう……』


『……がはっ!?』


 周囲を見やれば、自分の部下である騎士たちが倒れ伏している。

 ならばこれは、あの日の再現……。

 夢の中ながらヒルダがそれに気づいた時、目の前に対手たいしゅとなる存在が突如として現れていた。

 全身の至る所から鉱物の結晶を突き出させ……。

 四肢はおろか頭部でさえも鉱物が結集して構築され、およそあらゆる感覚器官が存在せぬ異形の存在……。

 忘れもしないその姿は――鉱物魔人ミネラゴレムである。


『く……っ!』


 ぎりり……と、巻かれた鮫の皮で手のひらが破けかねぬほど力強く柄を握りしめた。


『――つぁっ!』


 そして、裂ぱくの気合と共に跳びかかる。 実際に戦った時のように、部下たちと連携しての攻撃ではない。

 ヒルダ単身による、大上段からの一撃だ。

 光の魔力で身体能力を強化した彼女ならば、それは鉄兜すら両断することがかなう威力を持つ。

 しかし、


『――くっ!?』


 彼女の剣は無防備にこれを喰らったミネラゴレムの頭部にかすり傷一つ与えられず、逆に刃こぼれを生じさせてしまったのである。


『……』


『――ぐはっ!?』


 無言のままに振るわれた反撃の拳を腹に受け、臓物が全て口から飛び出すのではないかという衝撃と共に床を転がされた。


『く……あうっ……』


 床を舐めるヒルダを見下ろしながら、ようやくミネラゴレムが言葉を発する。


『てめえは――』


 ――弱い。


 その言葉が、ヒルダの脳裏で何度も繰り返し反響していく。


 ――弱い。


 ――弱い弱い。


 ――弱い弱い弱い。


「やめ……ろ……」


 現実のヒルダが、寝台の上で苦悶くもんの声を漏らす。

 その時である。


 ――凄まじい轟音が、城下町の彼方から響き渡った。




--




 その音が城内の自室に届くと同時、おれはバネ仕掛けのようにベッドから跳ね起きた。


「――砲撃音だと!?」


 同時に、音の正体に対する推測を口に出す。

 推測ではあるが、これはなかば確信である。

 おれがこの音について、聞き間違えるはずなどない。

 何となれば、この世界に来る前――紛争地帯で幾度となく耳にした音なのである。


「――馬鹿な!?」


 だが、同時にその推測を否定する言葉も口から漏れた。

 おれは普段から、ヒルダさんを始めとする要人たちと魔人に対する対抗策を協議している。

 その際、真っ先に確認したのがこの世界における火薬関係の技術なのだ。


 こう見えておれは工科大の研究者をやっていた人間であるし、改造人間にされてしまってからも専門情報誌や最新の論文は趣味で読み続けていた。

 知識だけでなく実践的な製作技術にも一家言はあるし、専門外とはいえ上手くすれば初歩的なフリントロック式銃くらいは作れるかも知れぬと目論んだのである。

 手合わせした感触からすればミネラゴレムを始めとする魔人戦士には到底通用せぬだろうが、キルゴブリン程度ならば十分に有意であると期待したのだが……これは駄目だった。


 黒色火薬は発明されているものの畜産が盛んでないレクシア王国では十分な量の供給が見込めし、産出される火打石の品質も悪い。

 その他様々な基礎技術も、おれが要求する水準には達していなかったのである。

 年スパンで技術啓蒙けいもうすれば何とかなるかもしれないが、そんな余裕などあるはずもなかった。


 貿易も盛んなレクシア王国であるから諸外国の火薬技術に関する話も収集できたのだが、そこから導き出された結論はあって火縄銃――これは神出鬼没な魔人族に対し役立つまい――程度であろうというのが導き出した結論である。


 そこにきて、この砲撃音だ。

 断言はできぬが、黒色火薬程度で起こせる音ではない。

 どう楽観的に見積もってもロケットランチャーと同程度か……それを上回る被害が発生していると、おれの経験が告げていた。


「レッカ! 起きろ!」


 素早く身支度を整えると隣室の扉を開け、この音にも動じず図太く寝続ける聖竜少女を抱きかかえる。

 寝る時何も着ない主義なのか、すっぽんぽんの女の子をかかえる格好となってしまったが、この際そこを気にしている暇はなかった。


「むにゃむにゃ……もう食べられないよ……」


「いいから起きろっ! おそらく魔人族だ!」


「――にゃにっ!? 魔人族じゃと!?」


 ようやく目を覚ました始めた裸のレッカをかかえながら、一目散に城内を駆け抜ける。

 侍女や同じく緊急事態を察した騎士たちにぎょっとされながら目指したのは、竜騎士の騎竜が集う厩舎きゅうしゃだ。

 城の本棟から離れた場所に存在するそこには、ヘリポートじみた発着場が存在しており、竜騎士たちはここから出撃するのである。


「勇者殿!」


「遅れた!」


 そこではすでに、ヒルダさんや騎士スタンレーを始めとする竜騎士たちがスクランブル体勢を取りつつあった。


「よし――変身じゃ!」


 おれの手から飛び出したレッカが、爆圧的な光に包まれながらドラグローダーの飛翔形態へと変身する。

 それに飛び乗り、竜騎士たち共々ひと息に上空へと舞い上がったのだが、


「……ひどい」


 改造人間としての視力が捉えたのは、予想通りの惨状であったのだ。

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