Bパート 8

 そこはおそらく、船を造り出す施設だったのだろう……。

 もろい壁をぶち破り、巨大な建物内に入ったハマラは内部を素早く見回し、そう結論付けた。


 船と言っても、自分が先日マストを叩き切ってやったような大型の帆船ではあるまい。

 おそらくは、それよりも小型の漕ぎ手を用いて航行する船を造っていたのだと思えた。


 とはいえ、今重要なのはこの施設がどのような役割を持っていたかではない。

 この場所が決戦の地として、相応しいか否かである。

 その点で言うならここは……満点であった。


 元より様々な資材を用いる施設だったこともあり、内部の至る所には破棄され片づけを待つばかりのそれや木箱が散乱している。

 しかも、帳簿仕事などをしていた部屋や作業者の宿泊施設でもあったのか、数階建ての構造となっており、階段や狭い通路にも事欠かぬことがうかがえた。


 ――ここならば、小回りの利く自分が有利!


 即席で立てた作戦が正しいことを確信する。

 空を主戦場とするハマラであるが、地上戦が苦手かといえば決してそのようなことはない。

 身の軽さと両翼から発生する魔風を活かしての軽快な戦い方は、ラトラ傘下でも一目置かれているのだ。


「さあ……来やがれ!」


 気合と共にそう叫ぶと、果たして勇者とその騎竜は現れた。

 否、勇者は現れたが、乗っているのは竜と称するべきだろうか……?

 何と、ハマラが作り出した穴をくぐり抜けると共に、鋼の竜はその姿形をさせていたのである。

 騎乗するブラックホッパーはそのままに……。

 竜を精巧な模型に落とし込んだかのような各部が格納、あるいは折り畳まれていく……。

 代わって腹部からは一対の車輪が現れ、見るも奇妙な乗り物の姿へと生まれ変わった。

 最後に、首が伸縮し頭部を前輪の上部へと据え置いていく……。


「な、なんだあ……そりゃあ!?」


『ククク……無知な貴様に教えてやろう!』


 頓狂とんきょうな声を上げるハマラに、変形を終えたドラグローダーが答える。


『これこそ、遥か異世界に存在するバイクなる乗り物の力を得た我が更なる姿!

 ――ドラグローダー・バイクモードじゃ!』


「いや、お前も知ったのは昨夜なんだがな……」


 こつんとローダーの頭部を叩きながら、ホッパーが軽口を叩く。


「ともかくこれで、貴様の目論見は潰えたわけだ」


「ば、バイクだか何だか知らねえが、追いつけるもんなら追いついてみやがれ!」


 あまりに衝撃的なものを見せられたので一瞬怯んでしまったが、よくよく考えれば自分の優位に変わりはない。

 あんないかにも不安定そうな二輪の乗り物でこの斬風隼魔ざんぷうじゅんまと渡り合うなど、できるはずないのだ。


「そら! そら!」


 広々とした造船所内部にうず高く積まれた資材と木箱の山へ、軽快に飛び乗ってみせる。

 車輪を持つ乗り物が平坦な場所しか動けぬのは世の真理! 要するに立体的な戦い方を展開すれば良いのだ。

 だが……、


「どれ……」


 ――グオン。


 ――グオン! グオン! グオン!


 ホッパーが握り手を捻ると、魔界に生息する猛獣ですらも及ばぬ凶暴な唸り声がローダーの内部から響き渡る。

 同時に後輪が激しく回転し、おお……何ということか!?

 ホッパーの操るドラグローダーは後輪の回転力をそのまま跳躍力へと変え、断崖絶壁を跳ね回る偶蹄ぐうてい類がごとき鮮やかさで木箱と資材の山を駆け上ってくるのだ!

 ローダーの車輪に宿る回転力もさることながら、それを完璧に制御するホッパーの重心移動及び姿勢制御こそ賞賛されてしかるべきであろう。


「な、何!?」


 こうなればもう、立場は完全に逆転する。

 先ほどまでハマラは、自分こそが有利な戦場へ獲物を誘いこんだのだと考えていた。

 しかし、実際にはホッパーの方こそが虎穴へハマラを追い込んでいたのだ。


「く、くそ!」


 時に滑空も織り交ぜながら、資材と木箱で構成された密林を駆け回る。

 ホッパーが操るドラグローダーは、跳ね馬を思わせる軽快さでそれらに跳び乗り、あるいはくぐり抜け、これに追いすがっていく……。

 しかも、ごくわずかな直線を見つけては恐るべき加速力と走力でハマラとの距離を詰めてくるのだ。

 しかし、いかに巨大な造船所と言えど建築物であるからには内部空間も限りがある。


「これはどうだ!?」


 いよいよ壁際まで追いやられたハマラは身を翻し、すぐ脇の階段を駆け登った。


 ――これだけの速度ならば急停止はできまい!


 ――あるいは、壁に激突でもするか!?


 だが、ホッパーの熟達した操縦手腕はハマラの予想を遥かに上回った!


「むうん!」


 彼は速度をほとんど落とさないまま後輪だけで車体を持ち上げると、そのまま巧みな重心移動によって壁際で後方一八〇度への急ターンを決めたのだ!


「逃がすものか!」


「――ちぃっ!?」


 ハマラを追い、ホッパーが操るドラグローダーも階段を駆け上がる。

 先ほどまで追いかけっこを演じていた資材や木箱の山と比べれば階段の段差など有って無きがごときものであり、高い走破性も相まってますますこちらとの距離が詰められていく。


『追う側になると気分イイのう!』


 ドラグローダーが訳の分からぬことを言っている間に、ハマラは何かの帳簿仕事をしていたと思しき部屋へと追い詰められてしまったのである。


 ――グオン!


 ――グオン! グオン! グオン!


 ハマラを追い詰めたドラグローダーの内部から、爆音が響き渡った。

 今度のそれは、ただ速力を生み出すためだけのものではない。

 あらゆる肉食獣に勝る凶暴な殺気がそこに宿っているのだ。


「こうなったら……やってやるぜ!」


 もはや逃げ場もなく……。

 覚悟を決め、自慢の両翼を大きく開く。


「…………………………」


 騎乗するローダーとは裏腹に、ホッパーはただ沈黙と共にハマラを睨み据えていた。


「――オオオオオラアッ!」


「――ぬうんっ!」


 両翼が生み出した魔風に乗り、ハマラが大きく飛び上がる。

 ホッパーも負けじと後輪の回転力を利用して跳び上がり、両者が空中で交錯した。

 空中戦の結末は……引き分けだ。

 両者共に有効打を与えられず、互いの位置を入れ替えるように着地する――と思えたその時だ!


「――はあっ!」


 ホッパーは前輪のみで着地するとローダーの車体をコマのように回転させ、残る後輪で着地直後のハマラを打ち据えたのである!


「ぐわはっ!?」


 この一撃は、たまらない。

 ローダーの車輪に宿る回転力を余すことなく生かした回転撃! これはいかなる軍馬の蹴りにも勝る威力であろう。


 これを受けたハマラは壁に打ち付けられこれを破り、屋外へと放り出されることになった。

 それを追い、ホッパーを乗せたローダーも外に出る。


 数階分の高さを難なく降り立ったローダーが向き合うのは、人気のない港でどうにか立ち上がろうとするハマラであった。

 この機を逃す勇者ではない!


「ローダー――――――――――」


『――――――――――バーニング・ストーム!』


 これまでにも勝る加速力で突撃するドラグローダーが伸縮していた首を元に戻し、機械竜本来の姿を部分的に取り戻す。

 そして大きく開いた口腔こうくうから、いくつもの火球を吐き出した!


「くうっ!? うおおっ!?」


 ハマラの周囲に着弾した火球は爆風と熱波でこれを包み込んでおり、もはや回避することも飛翔することもあたわぬ。

 そこへ再び首を納めたドラグローダーが、最高速での体当たりをぶちかました!


「ぐっはあっ!?」


 生まれ変わった聖竜必殺の一撃を受け、ハマラが再び吹き飛ぶ。

 ボロボロとなり無様に転がり回るハマラを見ながら、勇者がついに地へ降り立った。

 両腕をだらりと下げ、わずかに腰を落としたその姿はブラックホッパー必勝の形!


「ホッパアアアァァ――――――――――」


 地を蹴り宙に舞うホッパーが、華麗な空中前転をおこなう!

 見るも美しきその動きこそは跳躍力を拳打に余すことなく伝える極意であり、さながら死の舞踏そのものである。


「――――――――――パアアアァァンチッ!」


 そして、必殺の拳が立ち上がり逃れようとするハマラの真芯を打ち抜いた!


「――テ、テンキュー!」


 自身、何に感謝を捧げているのか分からぬだろう断末魔と同時、海上へ吹き飛ばされたハマラの肉体から魔力が漏れ出し、爆発する!


 ブラックホッパーと……そしてドラグローダーの勝利だ!

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