Bパート 7

 ――説明せねばならないだろう!


 レッカが息を引き取りつつあった、あの時……。

 ホッパーの体内で全神経と結合し力の源となっている輝石きせきリブラは、宿主の深い悲しみを感知しそれに応じた。

 では、具体的に何をしたのか――?

 自らと同質の力を持つレッカと共鳴反応を引き起こし、長い戦いの中で蓄積ちくせきされてきた膨大な情報を彼女の免疫系に伝達したのである。

 これにより、レッカの有する変換モーフィング能力がすぐさま発揮され、ドルドネスの恐るべき猛毒を分解可能な抗体が生み出されたのだ。


 レッカは元より、尋常ならざる生命力を誇る聖竜である。

 毒さえ分解してしまえば、たかがキルゴブリンごときの放った矢が命に届く道理などあるはずなかった。

 今代における勇者と聖竜が、共に同質の能力を持っていたからこそ起きた奇跡であると言えよう。


 だが、奇跡はそれだけに留まらない……。

 リブラは共鳴を起こした際、宿主であるイズミ・ショウの脳に深く刻まれた記憶と戦闘経験をもレッカに伝達していたのである。

 これにより、彼女はホッパーに最も適した形態への変身能力を獲得した。

 それこそが、聖竜本来の姿とも少女の姿とも異なる第三の姿……。


 ――竜翔機りゅうしょうきドラグローダーなのだ!


「はあ!? 生まれ変わりだと!? ふざけやがって!」


 ようやく、最後の火球を避け切ったハマラが、いら立ちを隠そうともせず毒づく。

 無理もあるまい……。

 敬愛する大将軍ザギが作戦を立案し、幽鬼将ルスカが入念に情報を収集し、万難を排した状態で事に及んだのだ。

 それがご破算となったばかりか、この世界に存在することわりを明らかに超えた姿となってこの場に現れたのである。

 魔人戦士としては若年じゃくねんに位置するハマラが、感情を抑えきれないのは当然であった。


「ふざけているのは、貴様だ。

 これ以上の好き勝手は、このおれと――」


『――ワシが許さんぞ!』


 ローダーが鎌首をもたげ、そのあぎとを大きく開く。

 機械化されたようにも見える喉奥からちりり……ちりりと漏れるのは、火花である。

 それは瞬く間に火となり炎となり……バスケットボール程もある大きさの火球と化した!


『食らえ!』


 先程と同様、連続して火球が撃ち放たれる。

 しかし、今度のそれは遠方からけん制のために放たれたわけではない。

 十二分に動きを視認できる距離から、必殺を期して放たれた攻撃なのだ。


「ううおおおおおっ!?」


 先よりもはるかに正確さを増した火球の前に、ハマラは再び回避軌道を取る羽目になった。

 一撃、二撃と立て続けにこれをかわし続ける。

 時にハヤブサのように高速で飛翔し、時にはハチドリのごとく巧みな急停止を織り交ぜた動きは見事と言えるだろう。

 だが、ドラグローダーには聖竜としての狩猟本能が備わっている。

 しかも、主がつちかってきた戦闘経験すらも今では共有されているのだ。

 やみくもに撃ち放っていると見せかけて火球には緩急が設けられており、自在に空を舞う斬風隼魔ざんぷうじゅんまの未来位置を徐々に、徐々に狭めていた。


「うぐおっ!?」


 そして、ついに応手おうしゅを失ったハマラは火球の直撃を受けることになったのだ。


「ぐうううううっ!?」


 全身からぶすぶすと煙を上げながら、ハマラはどうにか空中で体勢を立て直す。


「調子に乗りやがってえっ!」


 魔人の表情などうかがい知る余地もないが、その声は得意とする戦場で直撃を受けた屈辱と怒りに満ち満ちていた。


「舐めるなあっ!」


 そして瞬時に――その場から姿を消す!

 否……そう見えるほどの超高速で飛翔しているのだ。

 一秒にも満たず最高速へ到達する加速力と、矢弾すら凌駕する飛翔速度はさすがというべきであろう。

 だが、


「――死いいいいいねよやあああああっ!」


 ――それを備えるのは、こちらとて同じ。


『甘いわあっ!』


 自らを一条の矢と化して放ったハマラの飛び蹴りは、しかし、空振りに終わる。

 まさにハマラが肉薄したその瞬間、ドラグローダーは背部の翼からおびただしい量の粒子を放ち、後方へと一気に飛びのいたのだ!


「何いっ!?」


 斬風隼魔ざんぷうじゅんま最速の一撃を回避されたハマラが、驚愕の叫びを上げる。


「どうやら、接近戦がお望みのようだな……」


『ならば、応じてやるまでよ!』


 主の声にローダーが答え、その両翼から更に光の粒子を生み出す。

 次の瞬間、生まれ変わった聖竜が見せた飛翔の何と鋭いことだろうか!

 ハマラのそれにも劣らぬ速度で肉薄すると、鋼の爪が備わった前脚を振り下ろす!


「ちいいっ!?」


 すんでのところでハマラはこれを回避し、先ほどと同様に瞬間移動じみた速度で直上へ逃れようとする。


『まだまだあっ!』


 しかし、ローダーも同じく瞬間移動じみた速さで飛翔しこれを追いかけた。


「くうううううっ!?」


 ハマラが全力で翼を羽ばたかせ、超高速かつ不規則な軌道でこれを翻弄しようとする。

 だが、ローダーはそのことごとくに追いすがり、決して距離を離させない!


 縦横無尽に空を駆け回るハヤブサ魔人の後を、光の軌跡を残しながらローダーが追い続ける。

 それはさながら、地球におけるVTOL機の動きを更に進化させたかのごときものであり、いかにハマラと言えど逃れ続けることは不可能であった。


「ローダー――」


『――テイルアタック!』


 そしてついに、ドラグローダーが誇る鋼鉄の尾がハマラを打ち据える!


「ぐあああああっ!?」


 小型化したとはいえ、その威力は聖竜であった時と比べてもそん色はない。

 ホッパーですらどしりと腰を据えなければ受け止めきれなかった一撃を受け、ハマラはたまらず吹き飛ばされる。


「こ、このおおおおおっ!」


 しかし、敵もさる者……。

 ハマラは痛みに悶えながらも、その両翼に宿る闇の魔力を極限まで高めていた。

 再び体勢を立て直したところから放たれるのは、斬風隼魔ざんぷうじゅんま必殺の一撃――カマイタチだ!


「食らいやがれっ!」


 帆船のマストすらたやすく両断する真空の刃が、ローダーへ騎乗するホッパーに迫る。

 ……だが、


「ホッパアァ――――――――――チョオップ!」


 ホッパーが放った必殺の手刀はこれにも劣らぬ衝撃波と真空波を生み出し、たやすく相殺してのけた。


「くは、はあ……」


 もはや打つ手はないかに思えたハマラが、しかし諦めずに周囲を見回す。

 果たして猛禽の視力で捉えたのは、港湾部に存在する打ち捨てられた造船所であった。

 魔人が知る由もないことであるが、港湾施設群再整備計画にのっとり廃棄された施設である。

 そこにハマラは、勝機を見い出した。


「認めてやるよ!

 どうやらテメーらは、空の上でちっとばかりオレを上回ったようだぜ!

 だが、狭い場所ならどーかなあっ!?」


 そしてハマラは素早く翼を羽ばたかせると、廃棄された造船所へ飛び込んでいく!


『どうやら、敵は狭い所ならこちらを翻弄できると思っておるようじゃのう……主殿?』


「ならば、それが逆であることを教えてやるまでだ」


 あえてそれを見逃していた主従は、勝利の確信と共に自らも造船所へと飛び込んでいく……。

 ただし、機械竜と化したままではない。


「ローダー――」


『――バイクモード!』

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