Bパート 9
戦勝というものに宴が付き物なのは、地球においてもこの世界においても変わらぬ真理である。
特に今回はこの国における主要産業たる漁業及び海運業に関する被害が多く、それらの関係者はハマラの再襲来を恐れて自主的な休業をしていたり、現在でも再起を志して活動しているというのだという……。
元凶たるハマラを倒した今、そういった鬱屈の反動からバカ騒ぎに興じるというのはごく当たり前の人間心理であった。
結果として、ハマラを倒してから数時間経った現在……港湾部では至る所に即席の屋台が立ち並び、人々はなけなしの金を払って料理や酒を購入してはめいめいに盛り上がっているのである。
驚くべきは、この短時間ですぐさま屋台や品物の準備を整えてしまった商人たちの手腕で、商売人というものの目ざとさと情熱もまた、世界の垣根を超えた共通項であると言えるだろう。
「ゆうしゃさまー! あくしゅしてー!」
「ああ、いいとも!」
「勇者様! 遠い親戚が作ってる酒でさ! どうか試してみてくだせえ!
……あ、酔わないんだっけか!?」
「なあに、味は分かるさ……ほう、香りが違うな? 樽を工夫しているのか?」
「さすが! お目が高い!」
「酒にはつまみがなくっちゃ!
勇者様! どうかこれも食べて下さい!」
「ありがたく……この料理、大好物だ」
そんな中でおれはと言えば、端的に言ってもみくちゃにされていた。
行ったことはないので聞きかじりに過ぎないが、ライブ中に客席の中へ降り立ったアイドルがこんな感じなのだろうか……?
集まってきた人々から握手をねだられたり、酒や料理をすすめられたりで、ハッキリ言ってせわしないことこの上ない。
ティーナめ……城へ帰還した後、やたら熱心にここへ来ることをすすめて来たから何かと思っていたが、完全に人々への慰安効果狙いだな?
まあ、彼女自身も同じく人々への応対に忙しくしているので、文句を言うべきでもないだろう。
それにまあ、およそ十日ぶりに味わう酒と料理は空腹というのを加味しても掛け値なしに美味い。特に、今食べてるこの揚げ物は最高だ。
エビのすり身をパンに挟み、一旦蒸してから揚げたこれはハトシ――長崎県の郷土料理――に近いだろう。
魚醤仕立てのピリ辛なタレで味わうのが差異で、なかなかどうしてやみつきになる……王都ラグネアが誇る名物料理だ。
こうやって新鮮な海の幸を味わっていると、人々を救えた達成感と充実感が胃袋から湧き上がってくるのである。
「せいりゅうさまー! せなかにのっていいー?」
『良いとも! 危ないから、落ちないように気をつけるのじゃぞ?』
「せいりゅうさまー! あたまさわってもいいー?」
『ワッハッハ! どんどん触るがいい! ワッハッハ!』
「おはねがピカピカしてるー!」
『うむ! このピカピカをたくさん出すと飛べるのじゃ! どういう理屈かはワシにも分からん!』
ちなみに、この宴でおれ以上に人気なのは他でもない……ドラグローダーであった。
おれを乗せ、ティーナの乗った馬車や騎士たちの騎馬と共にバイクモードで街路を進む姿は、歓声と共に人々から迎えられたものである。
こうして現地に到着し、ドラゴンモードになってからはもう、子供たちの注目を一身に集めていた。
今のレッカはロボット竜そのものといった姿であり、メカやドラゴンが子供に人気なのもまた、世界を問わぬ真理であるのかもしれない。
もぐもぐと料理を食べながら微笑ましく見守っていたおれの隣に、ヒルダさんがやって来る。
「勇者殿、ずっと気になっていることがあるのだが……。
聖竜様――今はレッカ様か。戦いからずっとあのままの姿でおられるが、ちゃんと元に戻れるのか?」
「ええ、それは問題ないはずです。
あれはあくまで新しく変身できるようになった姿で、今まで通りの姿にもなれるはずですから」
『なんじゃ、ヒルダよ? 心配性じゃのう』
話を聞きつけたのだろう。
乗せていた子供を下ろしたドラグローダーが、のっしのっしとこちらへ歩み寄ってくる。
『おや、主殿? ずいぶんと美味そうなものを食べているではないか?
そういえば、ワシもこの十日間ろくにものを食べていないんじゃった。
どれ、ヒルダへの証明がてら人間態になって、ご相伴にあずかるとするかのう』
言われてみれば、レッカもおれに追いかけ回されていたせいで満足な食事を取れていない。
さぞかし腹が減っているのだろう……ぐっと身をかがませると、変身するために意識を集中し始めた。
……が、
『ぬぬぬぬぬ……!』
おれやレッカが変身時に発する光が、一向に出てこない。
『ぬぬぬぬぬ……! ほあああああ……!』
更に気合を入れるローダーだが、光は全然出てこない。
『今こそ燃え上がれ! ワシの中の何かよ!』
どこかで聞いたような台詞を言ってみても、サッパリ出てこない。
というか、機械の姿だからセーフだがパッと見は
「勇者殿、これは……?」
「いや、直感で分かるが変身能力はそのままです。
……単に慣れてないだけだな」
その後も何とか変身しようとあがくローダーを、皆で笑いながら見守り続ける。
頬を撫でる潮風は暖かみを帯びており、新しい季節の到来を予感させた。
『笑っとらんで、なんとかしとくれー!』
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