Bパート 1

「それで! それで! 今日は何をするんじゃ!?

 お菓子でも食べるのか!? 何か遊び道具でもあるのか!?

 それとも、いつぞやのように耽美たんびな――」


「――聖竜様、少しあちらへよろしいでしょうか?」


「うん? なんじゃ?」


 全裸の少女が何か言いかけたところで、ティーナがにこやかな笑顔でそれをさえぎった。

 そしてそのまま少女をともなうと、洞窟の中にある岩陰へ二人で隠れてしまったのである。




--




(少女のおびえる声)




--




「ほお……こんな標高の高い所でもいるにはいるものだな……」


 おれたちが通りすがりのクワガタとカマキリとバッタを愛でている間に用件は終わったらしく、二人が連れ立って岩陰から出て来た。


 ティーナは元のまま……高空の寒さを意識した厚手の出で立ちであるが、少女は先ほどとは雲泥うんでいの差がある姿だ。

 簡潔に述べるならば、服を着ている。


 ティーナが普段着ている巫女装束を赤く染め抜いたような仕立てのそれは、髪色ともフィットしてよく似合っていた。

 この短い時間で簡単に整えたらしく、手入れもされず伸び放題だった髪が心持ち真っ直ぐにされているのも見る印象を変えている要因だろう。

 何故か死んだ魚のように虚ろな目をしているのは謎であるが、ともかく服を着てくれたのはありがたい。

 おれやヒルダさんは特に気にしていなかったが、おれを乗せて来た若い青年騎士が目のやり場に困っていたからな……。


「もう、あれほど人を出迎える時は服を着ておいて下さいとお願いしたじゃありませんか……。

 せっかく、手入れいらずの特別な仕立てをお贈りしてあるのですから」


「はい、ワシは幸福です」


「わたしとのお願い、今後は守ってくださいますよね?」


「はい、ワシは幸福です」


 なんだかよく分からないやり取りをしながら二人が戻り、場は仕切り直しとなった。


「それで……あらためて聞くのはどうかと思うが。

 ――本当にこの子が、聖竜の末裔なのか?」


「む!? なんじゃお主!? さきほどそう名乗ったではないか!?」


 おれの質問に我を取り戻したらしく、少女がぷんすかと怒ってみせる。

 しかし、そう言われてもなあ……。

 名乗るだけならば、おれとて今すぐアメリカ大統領になれるというものだ。


「聖竜様は、魔力を使って己の姿を変じることもできるのです。

 要は、ショウ様ご自身と同じようなものだと思っていただければ……」


「そういうものか……」


 ティーナの言葉に、ひとまずうなずいておく。

 確かにそう言われてしまっては、おれなどにどうこう言う資格はないというものだ。


「それで、この失礼な赤マフラーとそこの男はなんなのじゃ!?

 いつもは、お主とヒルダだけではないか?

 ここは我が母から受け継いだ神聖なる土地。みだりに人を寄越すものではないぞ?」


 失礼な赤マフラーであるおれと青年騎士とがうなずき合い、ひとまず彼の方から名乗ってもらう。


「申し遅れました。

 自分は騎士スタンレーと申します!」


「同じく名乗り遅れた。

 おれはイズミ・ショウ。

 ――ティーナに召喚されてこの地へやって来た、勇者だ」


「勇者!? 勇者じゃと!?」


 おれの言葉に、聖竜がくわと目を見開く。


「聖竜様、それこそが今回ここを訪れたる義……」


 ティーナがうやうやしく聖竜へひざまずき、キリリとした眼差しを向けた。


「予言通り、再び魔人族の侵攻が始まっております。

 どうか今代の勇者ショウと主従の契約を交わし、戦ってください」


「ううむ……」


 聖竜は、その願いにわずかたじろいだ。


「少し、いいだろうか?」


 二人の会話に待ったをかけたのは、他ならぬおれである。


「この子が聖竜の末裔だと、確かに納得はした。

 だが、実際がどういう姿なのかは知らないが子供ではないか?

 他に大人の聖竜はいないのか?」


 おれの質問に、ティーナがかぶりを振る。


「ショウ様がそうおっしゃるのは予想していました。

 ですが、聖竜は常にただお一人……。

 寿命を迎えようとする時に卵を産み、生まれてきた我が子に知恵を授けお隠れになられるのです」


 単為たんい生殖ということか……?

 本来の姿がいかなるものかはまだ分からぬが、大型生物がそのような生殖方法を取るなど地球の自然界では考えられぬ。

 魔法といい、やはりおれの常識が及ばぬところのある世界であるらしい……。


「それに、子供とはなんじゃ!?

 ワシはこれでも五十を……多分! 超えておる!

 二十そこそこの若造に子供扱いされるいわれはないわ!」


「何?」


 そう言われてまじまじと聖竜の顔を見つめ、次いでティーナたちの方を見やる。


「事実だ」


 ヒルダさんがうなずいた。


「信じておらぬという顔じゃな……?」


「いや……信じるさ」


 薄く笑みを浮かべながら、思わず胸元に手を当てた。

 この世界に来てから地球の品々は預けてしまったが、一葉の写真だけは変わらず懐にしまってある。

 そこには、四九年前に撮った――今と変わらぬイズミ・ショウの姿が映し出されているのだ。

 なるほど、おれに彼女をどうこう言う資格はあらゆる意味で存在しない。


「ふうむ……何やらおかしな勇者じゃのう。

 ――さておき、魔人族が再び現れたか……そうか……」


 聖竜はあごに手を当て、何やら思案していたが……。


「――是非もなし、じゃのう。

 お婆様と先代勇者の盟約がある以上、今代の聖竜であるワシも戦わねばなるまいよ。

 ――ただし!」


 そう言い置いた後、今度は一人で岩陰の方へと歩いていく。


「ええと……あれでもない……これでもない……」


 何やらぶつくさ言いながら、がさごそと音を立てる聖竜……。

 およそ五分ほどで、ようやく探し物が見つかったらしくこちらへと戻って来た。

 その手に持っているのは、大振りな短剣ほどの長さがある――肉食獣の牙である。


「これはワシの母君……先代の聖竜が遺した牙じゃ。

 ――お主らも知っておろう?

 先代勇者は我が祖母と激闘の果てにこれを突き立て、主従の誓いを交わしたという……。

 これこそが、聖竜を従えんとする者の儀!

 我が力を欲するならば、その資格があることを示さねばならぬ。

 ――勇者ショウよ? 汝にその覚悟はあるか?」


「――無論だ」


 事前にこの儀式について聞かされていたおれは、聖竜の言葉に即答を返した。


「ならばよし!」


 そして両手でこれを差し出した彼女から、受け取る。

 聖竜の牙は今でも生命を宿しているかのごとく、ほのかな暖かさを感じさせた。


「とはいえ、だ……」


 牙をおれに渡した聖竜は、とことこと洞窟の中央へ歩きながらつぶやく。


「お主たちには悪いが、あいにくワシは矮小わいしょうな人の身に仕える気など毛頭ない」


 十分な距離を置いた後、彼女はこちらを振り向いた。

 そこに居たのは、先までの愛らしい少女ではない。

 姿、形を変えたわけではないが……。

 その身にまとう空気、気配、そして内に宿る本質までも変容しているのが距離を置いてなお感じられるのである。


 間違いなくこれは――獣の気配!

 それも、ライオンやトラなどといったチャチな獣のそれではない。

 地球に存在したいかなる肉食獣も及ばぬ獰猛どうもうさと、圧倒的な存在感を彼女が放っているのだ。


 同時におれは、自分の体内で発生している異変を感じ取っていた。

 改造手術で体内に埋め込まれ全神経と結合し、第二の心臓と呼ぶべき働きをなしている輝石きせきリブラ……。

 おれはおろか、秘密結社コブラの科学者たちですらその全容を明らかにできていなかったオーパーツたるこれが――鳴動している!?


 まるで、聖竜の変化へ呼応しているかのように……。


「見るがいい――!

 そして知るがいい――!

 人の身で、我を臣下に置こうとする傲慢ごうまんさを……!」


 気合を入れるかのように両腕を交差させた聖竜の体内から、何か得体の知れぬ……それでいて奇妙な共感を覚える不可思議な力が溢れ出す。

 それは空気を震わしながら少女の周囲にまとわりつき、やがて爆圧的な光と化してこの世界に具現化した。


 あまりの閃光に目を焼かれそうになるが、しかしこれを逸らすことはできない。

 そしてただ一人……おれだけが真っ直ぐ見据えていた先に、それは姿を現したのである。


 その全長は、およそ十メートルほどはあろうか……。

 全体的なシルエットは爬虫類のそれであるが、コウモリじみた巨大な翼といい、赤銅色の鱗といい、太くたくましい四肢と尾といい……図鑑で見た恐竜たちとすら隔絶かくぜつした特徴を備えている。


 これに比べれば、ここまで乗ってきた騎竜ですらも単なるトカゲとしか思えなくなってしまう。


『今一度名乗ろう……。

 ――我こそが、今代の聖竜なり!』


 空気と言うよりは思念を震わせているかのような威厳ある声音で、正体を現した聖竜がそう宣言した。

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