Bパート 2
『では、かかってくるがいい!
――ただし、この我に追いつくことができるのならばな!』
そう言い放つと同時に、聖龍が背中の翼を大きくひるがえす。
すると……おお! 何という飛翔力だろうか!?
たちまちの内に最高速度へ達した
優れた動体視力を持たぬ者であったならば、まるで瞬間移動したかのように見えたことであろう。
あれだけの巨体を誇りながら、
間違いない! 彼女の助力を得られたならば、確実にハマラを倒せる!
おれはティーナたちとうなずき合った後、素早く追撃の体勢へと移った。
――変身だ!
「変ンンンンン――――――――――」
変身を決意した時、おれの体は自然と一定の動作へ移行する。
ゴルフにおけるプリショットルーティンと性質は似ているが、しかし、その実態はまた異なるものだ。
この力を解放しようとする時、肉体に埋め込まれた
秘密結社コブラの超科学ですら全容を解明できなかった不可思議かつ圧倒的な力の奔流におれの全細胞は突き動かされ、意識せぬままにこの動きを取るのだ。
おそらくこれこそが、力を解放するにあたって肉体に負荷を与えぬための最適な所作であるに違いない。
そして最後に、こう叫ぶことで力の解放は完了するのである。
「――――――――――身ッ!」
同時に、全身が爆圧的な光に包まれた。
その光は衣類を含むおれという存在そのものを
「――とおっ!」
まだ変身光も消えやらぬままに、聖竜を追って高々と跳躍する。
おそらく生身の部分が超強化された身体能力に耐え切れぬからだろう……肉体の一部だけを変化させるような真似はできないが、身に着けてる品に関しては自由がきく。
今回の鍵を握る先代聖竜の牙と絆のマフラーは、
「いくぞっ!」
伝説の竜――いざ勝負!
--
「では、わたしたちは撤収しましょう」
巫女姫ティーナはこの場で争わなかった聖竜の意図を正確に察知し、ヒルダたちにそう告げた。
「よろしいのですか?」
「恐れながら……我らも、何か力添えをするべきでは?」
ヒルダと騎士スタンレーがそう申し出るものの、これにはかぶりを振る。
「これは戦いにあって戦いにあらず……神聖不可侵な儀式です。
わたしたち余人が手を出すなど、あってはならぬこと。
それより、わたしたちは今すぐ城へ戻り、ハマラなる魔人に対してできるだけの対抗策を講じねばなりません」
「はっ!」
「承知いたしました!」
直立不動となっった二人に、しかしティーナは優しく微笑みかけた。
「それにしても、自然に援護を願い出たことは嬉しく思います。
今はもう、ショウ様を心から信じてくれているのですね?」
「それは……」
「……かつての不明を恥じ入るばかりです」
少し照れたようにする騎士たちから視線を天井の穴へ移し、最後にティーナはこう告げたのである。
「今は信じましょう。皆の勇者が、やり遂げてくださることを……」
--
――フフン。人の身で追ってくるなど出来るものかよ。
住居たる洞窟を飛び出し、少し離れた場所で滞空しながら聖竜は得意げに鼻を鳴らしていた。
ティーナには悪いと思うが、元来、聖竜が人間の苦難に力を貸さねばならぬ道理など存在しない。
復活した魔人族は、自分たちの力でどうにかしてもらいたいというのが偽らざる彼女の本音であった。
祖母たる先々代の聖竜が先代勇者に力を貸したのは、試練を乗り越えたというのもあるが、好意によるところも大だったのである。
――まあ、そう簡単に諦めるとも思えないがそれは適当にあしらって……。
聖竜がそう考えた時だ。
太陽そのものと見まがうような巨大な光の塊が、たった今出て来た大穴から飛び出してきた。
それは、自分が本来の姿へ戻る時に発するのとよく似た力に満ちており、果たしてそれが薄れた先に現れたのは――、
『――き、貴様!? 何者だ!?』
思わずそう
おののくべき跳躍力を発揮して自分を追いかけて来たのは、およそ見たことも聞いたこともない奇怪な生物であった。
全身は昆虫じみた漆黒の甲殻に覆われており……。
関節部では剥き出しの筋繊維がみりみりと音を立てている……。
頭部はまるで人間の顔にバッタのそれをデタラメに張り付けたかのような造作であり、両の
――魔人族!?
ふいに頭をよぎったのはその単語であるが、しかし、その考えは自ら打ち捨てる。
怪奇極まりないバッタ人間が手にしているのは紛れもなく彼女の母――先代聖竜が遺した牙であり、また、首元にまかれている真紅のマフラーにも見覚えがあったからだ。
ならば、こやつの正体は……。
「おれは勇者――ブラックホッパー!」
『勇者!? 勇者じゃと!?』
驚愕の言葉を口にする。
『そんな勇者がいてたまるか!? 姿を変えるなど、奇怪極まりない!』
「お前に言われる筋合いはない!
――そして、是が非でも力を貸してもらうぞ!」
叫びながら地上に落下した勇者が、再び地を蹴り跳躍した。
すると……おお! 何という脚力の凄まじさよ!?
何も、姿形だけがバッタのそれに類似しているわけではない……。
その能力に至るまで、かの昆虫が持つ特性を付与されていると見て相違なかった。
おそらく、跳躍可能高度までの加速力と最高速度では自分以上のものがあるだろう。
だが、所詮跳躍は跳躍に過ぎず……。
飛翔している者が、それに遅れを取る道理などありはしない。
『――フン!』
全力で羽ばたき、一息にその場から離脱する。
およそ数百メートルは距離を置くと、すでに勇者は落下したのか空中にその姿を認めることはできなかった。
『――フフン!
少し驚かされたが、どうということも……』
「――是が非でも力を貸してもらうと、言ったはずだ!」
地獄の底から響くような声にぞくりと身を震わせると……すでにホッパーは、聖竜の直下で跳躍の貯めに入っているではないか!?
『うひいいいいいいいいいいっ!?』
もはや聖竜の威厳も何もなく、再び全力で羽ばたいてその場を離脱する。
空振りに終わったブラックホッパーはしかし、空中から執念深い眼差しをこちらに向けていた。
バッタの頭部がかけ合わさっている顔は見ようによっては頭蓋骨のようでもあり、あるいは死神のようでもある……。
実際、死神以上のしつこさを見せるブラックホッパーとの、壮絶な鬼ごっこが幕を開けたのであった。
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