Aパート 5

 まるで静岡県のような……。

 あるいは鎌倉のような……。


 それがレクシア王国の地図を見た時に抱いた第一印象であった。

 南部にレーゲ海を抱き、北部は隆々りゅうりゅうとした山脈地帯に覆われている。

 それがレクシア王国の、ざっくりとした地形図だ。

 このような立地であるから陸路を使っての通商はなかなかに難儀するらしく、海運に力を入れるのもむべなるかな、といったところである。

 それはつまり、ハマラと名乗った魔人のもたらした被害がそれだけ大きいことを意味しているが……。


 ともあれ、ティーナはヒルダさんの鞍に……おれは男性竜騎士の鞍へ相乗りする形で馬上ならぬ竜上の人となり、王国が誇る山脈地帯の中でも一際高い標高を誇る霊峰ルギスへ訪れていた。

 何故、ここを訪れたのか……用件を今更述べるまでもあるまい。

 聖竜の末裔へ会うためである。


 ――聖竜。


 千年前に魔人族と戦い、ついにはその王を打倒したとされる先代勇者と主従の誓いを交わし、彼の戦いを大いに助けたとされている存在だ。


 かつての伝説については、こちらへ召喚されてからの数日間でざっくりと学んではいる。

 だが、本当に大まかなところしか学んでいなかったため、彼の乗っていた竜を伝承するにあたって大げさに脚色したのだろうと判断したのは軽率だった。


 どうにもおれは、魔法だとか伝説だとかそういうものを軽んじている傾向にある気がするな。

 振り返ってみると、合同葬儀の件で人々の見る目が変わってからも議員や幕僚の方々との顔つなぎにほぼ専念してしまったし……。


 閑話休題だ。


 話を聖竜について戻そう。

 あの後、あらためてティーナから聞いた話によればそもそも同じ『竜』と言えど、こうして俺が相乗りさせてもらっているそれとは根本的に異なる種族であるらしい。


 体躯からして騎士たちが乗る竜とは比べ物にならないほど大きく、飛行速度に関しては比べ物にならないという。

 そして――火を吹く。

 言われてみれば、典型的な竜の特徴である。

 こう……あれだ……何だったか……タドルなんとかというゲームのCMを思い出させるな。


 まあ、地球でのイメージはイメージであり、ティーナの魔法――言葉を覚えた今はもう解いてもらっているが――で勝手に竜と翻訳されただけなので、あまり気にしてはいなかったが。

 ともかく地球でイメージされる竜と近い特徴を備える聖竜であるが、大きな違いが一つ存在する。


 聖竜は、人語を話すという……。

 故に、魔人との戦いが終わった後も人間とはハッキリと友好関係が築かれており、ティーナなどは巫女の務めとして縄張りであるここを訪れたことがあるらしい。

 これを説明するに辺り、少し茶目っ気というか含みのある表情を彼女が浮かべていたのは気になるが……。

 まあ、さしものおれといえど、一見では驚かされるに違いないほど格の違う生物であるということだろう。


 にわかに仕込まれた知識を思い返している間にも二騎の竜はぐんぐんと速度を上げ、瞬く間に目的地たる霊峰へと近づいていく。

 さすがに地球の飛行機には及ぶべくもない速度であるが、それでも時速にして五〇キロ程度は固いだろう。

 地上を見やれば地球のそれとは違い、まだまだ人の手が及んでいない草原や森林がロール映像のように行き過ぎていく……。

 その光景は、おれの胸に何とも形容しがたい感動をもたらしていた。

 高高度故の身を切るような風も、何もかもが素晴らしい。


 昔の……そう、まだ人間だった頃、初めてバイクに乗ったと時の記憶を思い出す。

 暴力的な馬力を誇る機械と一体になり、この世の何よりも速く地を駆ける爽快感……!

 あれとはまた、似て非なる感動におれはこの身を打ち震わせていたのである。


 普通の竜でもこれほどなのだ。

 果たして聖竜ともなれば、いかほどのものなのか……?


 まだ見ぬ聖竜の姿を夢想するおれを背に乗せ、二騎の竜は霊峰ルギスの山頂部へと向け、翼を羽ばたかせる。




--




 果たして、聖竜の姿はおれのド肝を抜くのにふさわしいものであった……。

 いや、そもそも彼女を聖『竜』と称して良いものなのか、どうか……。


「久しいのう! ティーナ! 今日は何しに来たのじゃ!?」


 ルギス山頂部に存在する、巨大な洞窟……。

 天井部に開いたこれも巨大な穴から差し込む日光に照らされておれたちを出迎えたのは――一糸まとわぬ裸の少女であった。

 年の頃は、十を少し過ぎたくらいに見える。

 燃えさかる炎のような髪は手入れもされず伸び放題にされており、それがかろうじて胸元を隠してはいるがそれがどうしたというのだろうか?

 顔の造作は猫科の小動物を思わせる愛くるしいもので、ティーナの姿を認めた今は瞳を星のように輝かせていた。


 うむ、どこからどう見てもただの女の子である――裸の。


 唯一、気になる点があるとすれば耳の先がわずかに尖っているのと、瞳孔が夜行性の爬虫類同様に縦長であるという点だろうか?


 ティーナと顔を見合わせる。

 彼女は、イタズラが成功した子供そのものといった得意げな笑みを浮かべていた。


「ショウ様、紹介いたします。

 ――こちらが、千年前に先代勇者様と共に戦った聖竜の末裔。

 当代の聖竜様です」


 そう言われて、再び裸の少女を見やる。

 彼女は発育のはの字もない薄い胸をえへんと張りながら、声高にこう宣言した。


「うむ! 聞いて驚くがよい!

 ワシこそが、当代の聖竜よ!」


 ……まあ、なんというかだ。

 本当に聞いて驚いたのは、案外生まれて初めての体験かも知れぬ。

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