Aパート 4

 優れた刀剣というものは、その刃に気を宿すという。

 聖剣の類であるならば、清らかなる気を……。

 そして魔剣邪剣の類であるならば、禍々しき気を宿すのだ。


 だが、大将軍ザギが二将の前で引き抜いてみせた魔剣に宿るそれは――ものが違う。


 気、などという曖昧な代物ではない。

 その刀身には赤々とした燐光りんこう陽炎かげろうのように揺らめきまとわりついており、見る者の網膜へはっきりと映し出されているのである。


「ほお……」


「これは……」


 魔城ガーデムは玉座の間でこれを見せられた幽鬼将ルスカと獣烈将ラトラは、その見事さに思わずうなり声を上げた。

 ザギは二人の反応へ満足げにうなずくと、魔剣を鞘へ引き戻す。


此度こたび、ハマラめが見せた活躍により負の感情が大きく集まった。

 ――ラトラよ、これも奴を推挙したお前の手柄だ」


「いやいや、オレは何もしちゃあいませんや。

 ブラックホッパーの話を聞いたあいつが、勢い込んで自分を売り込んできたから推挙してやったまでです」


「ふっふ……そう謙遜けんそんしたものではあるまい?

 これだけのことができる配下を従え、きちんとその意を汲めてやれるのがお主の良いところよ」


 魔人にも、照れという感情は存在するものなのだろうか……。

 親友であるルスカにそう言われたラトラは、むずがゆい心をなだめるように頭をかきながらそっぽを向いた。

 その様子を見てうす笑いを浮かべたザギが、ルスカの方を見やる。


「それで、その功労者の様子はどうだ?」


「はっ……!

 いつでも話ができるよう、万事整えてございます」


「よし、映せ」


 ザギの言葉にルスカがうなずき、三将軍の間に魔力の虚像を作り出す。

 これは、魔力の経路パスを通じ地上で使役しているカラスの視界をそのまま映し出したものだ。

 虚像の中にあるのは、どこぞの山中で力なくうずくまる斬風隼魔ざんぷうじゅんまハマラの姿であった。

 そばには力尽きる前に仕留めておいたのだろう……数羽のウサギが屍を晒している。


「……ヘヘ、お見苦しい姿で失礼いたしますぜ」


 その姿を見て、取り乱したのはラトラだ。

 何しろハマラは、彼が引き立てている直属の魔人戦士が一人である。

 普段の姿をよく知っている彼からすれば、あれだけ豊かな声量を誇るこやつの声に力がこもっていない時点で負傷の深刻さは明らかであった。


「おい、大丈夫か!?

 ブラックホッパーの技をまともに受けたと聞いちゃいたが……」


 その言葉に、ハマラはこらえていたのだろう咳をごほりごほりと二、三度吐き出してみせる。


「強がってみせても、大将たちにゃあ隠し通せねえや……。

 面目ねえ。奴の蹴りで、背骨を叩き折られちまってます」


「ハマラよ、楽な姿勢になることを許可する」


 ザギが素早くそう命じると、ハマラも素直に体を横たえた。


「ルスカ! お前の術でどうにかしてやれねえのか!?」


「ラトラよ、お主もよく知っていよう?

 それは、無理なのだ。

 ワシらが操れるのは破壊と混沌をもたらす闇の魔力……。

 他者を癒し、守護するのは人間共が操る光の魔力に他ならぬ」


「……そうか」


 肉なきガイコツそのものであるルスカの表情など、うかがい知れる者はこの世にいない。

 だが、親友であるラトラはその胸中にあるものを正確に汲み取り、それ以上の無理は言わなかった。


「ラトラ様、心配しないでやって下さい……。

 食ってみて分かりましたが、地上の獣は魔界のそれとは別格の味でさあ。

 こいつらを食ってれば、すぐに治ります。

 五日もあれば――」


「――無理をするな。十日は必要であろう?」


 ハマラの言葉を遮ったのは、誰あろうザギである。

 魔界最強の使い手がそうと見立てた以上は、ハマラ本人でさえも否と言うことはまかりならぬ。


「ハマラよ。お前の働きに我らは十分満足している。

 ――十日だ。

 十日間、傷を癒すことに専念し万全の状態を取り戻すのだ」


「……承知」


 ハマラが返事をすると同時、使い魔を通じた交信は打ち切られた。


「人間共が対策を立てられぬ内に再度の攻撃を行えれば万全であったが、物事はままならぬものよ……」


 独りごちるようにそう言い放つザギであったが、その本音を押し隠して休養を命じられた辺りはさすがに大将軍であると言えるだろう。

 それはまた、地の利ならぬ空の利があろうと、万全の状態でなければ太刀打ちできぬという勇者への冷静な評価でもあった。


「対策、か……。

 果たして連中、何を持ち出してきますかね?」


 ラトラがそう言ってみせたが、ここにいる三人共がすでに同じ結論を出している。


「……聖竜。

 我らが知るあれが存命かは知りませぬが、その子孫なりを持ち出してくるのはまず間違いありますまい」


「うむ……」


 ルスカの言葉に、ザギがうなずく。


 ――聖竜。


 ここにいる三人にとっては、先代勇者と並ぶ怨敵である。

 先代勇者と主従の誓いを交わし大空を自由に駆け回ったあやつの牙と吐息ブレスによって、どれほどの魔人戦士が犠牲になったかは知れぬ。


「聖竜の実力は、騎士共が乗る吐息ブレスすら吐けねえトカゲとはわけが違う。

 もし持ち出されたら……いや、ブラックホッパーなら間違いなく主従の誓いを交わせるだろうな。

 ――そうなると、ハマラが万全に戻っても厳しいぜ」


 豪放磊落ごうほうらいらくさで知られるラトラであるが、こと戦いにおいては野生の獣さながらの合理的思考を見せる。

 楽観的思考を弾いたその意見に、残る二将もうなずいた。


「……ならば、聖竜を仕留めるまでのこと。

 逆に言うならば、聖竜という翼さえ得られなければハマラめの優位は揺るぎませんのでな」


「ルスカよ、何か一計があるのか?」


「はい……」


 ザギの言葉にうなずいたルスカは、ごそごそと自らの懐を探る。

 そして取り出してみせたのは、小さなビンであった。

 ビンそのものは何の変哲もない代物であるが、その中身が問題である。

 そこに入れられていたのは、一見すればコールタールのようにも見えるドロドロの黒い粘液であった。


「そいつは、まさか……?」


「うむ……。

 先日ブラックホッパーめに倒されたドルドネス……。

 あやつから採取しておいた毒液だ」


「へえ、そいつは面白え……」


 中身の正体を知ったラトラが、獅子そのものと言える顔を獰猛どうもうに歪める。


「確かに、面白い。

 ブラックホッパーには通用しなかったが、果たして聖竜までもこれに耐えることができるか、どうか……」


 少し思案したザギが、即座に次の策を決定した。


「よろしい!

 我が虎の子の狙撃部隊を増援として送り込むこととする!

 ルスカよ! お前は持てる力の全てを使って聖竜の居所を突き止めるのだ!」


「ははっ!」


 大将軍が号令の下、魔人たちが動き始めた。

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