Aパート 3
「勇者殿! つかまれ!」
竜騎士の一人が、自由落下に身を任せるおれのもとへと愛竜を寄せる。
「助かる!」
礼を述べながら、彼が騎乗する竜のたくましい後ろ足へつかまった。
それにしても……こんな時に思うことではないが、竜につかまって空を飛ぶというのは過去に例のない体験である。
自分自身で跳躍したことは数知れぬし、ハンググライダーなども経験したことはあった。
しかしながらこれは、純然たる自由落下や風に身を任せての滑空とは全く異なる感覚なのだ。
自らの体を大空に晒しながらも、重力も風も振り切り自由にこれを飛び回る……。
まさしくこれこそは地球人類が胸に描き続けてきた夢であり、ただつかまっているだけでも感銘を受けるほどなのだから、実際に竜と心を通わし自在に飛ぶというのはどれほどの喜びかと思わされたのである。
「すまん! 取り逃した!」
愛竜を巧みに操りこちらへ戻るヒルダさんを迎えがら、つまらぬ考えを振り払う。
今考えるべきは、竜騎士という未知の体験への
……
「仕方があるまい。確かに背を砕いたが、それでもなお、あれだけの飛行能力を発揮できるとはな……」
「ハマラか……恐るべき魔人を送り出してきたものだ」
おれの言葉に、鞍上のヒルダさんも
――デスコンドル。
――スカルスクワール。
――スナイプワスプ。
かつて戦った、コブラの改造人間らを思い出す。
いずれも強敵であり、共通しているのは――空を飛ぶことだ。
自らの戦歴を紐解けば明白な事実だが……ブラックホッパーは、空を飛ぶ敵に弱い。
いみじくも今回がそうであったように、足場なき空中では最大の持ち味である脚力も腕力も宝の持ちぐされとなる。
だからおれは奴らと戦った時、おやっさんやナガレを始めとする仲間たちと共に作戦を練り、地形を利用し、時には罠を張り……どうにか勝利をもぎ取ったのだ。
しかしそれも、地球における話……。
ここは中世程度の技術力しかない、異世界なのだ。
インターポールが独自に開発したトリモチ弾やビル建設用のタワークレーンなど望むべくもないし、そもそもおれが跳び回るための高層建築物そのものが存在しない。
かつての強敵たちを下した時よりも、はるかに厳しい戦いとなるのは火を見るよりも明らかであった。
「――ともかく、今は人々の救助が先だ」
暗い考えを振り払いながら、眼下の惨状を見やる。
特に崩れた建物などは、一刻も早く要救助者の有無を確認せねばならないだろう。
「頼めるか!?」
「任せておけ!」
ヒルダさんに答えながら手を放し、港へと降り立つ。
そしておれは、追って駆けつけた騎士隊や神官団と共に、人々の救助へ改造人間としての力を振るったのである。
--
「――以上が今回もたらされた被害の一次調査結果と、それを補填するための費用概算となります」
官僚というものは、いかなる世界においても同じような雰囲気をかもし出すものなのだろうか……。
少々色つやが抜けてきた感のある黒髪を七三に分け、実用性一点張りな眼鏡をかけた中年男を見ながら、おれはそのような感想を抱いた。
だが、彼が告げた報告は極めて重たい内容であり、そのようにのん気な感想など吹き飛んでしまう。
ティーナやヒルダさんを始めとして、この会議室にはそうそうたる面子が揃っているわけだが、そのいずれもが深刻な表情を浮かべていることからもそれは明らかだ。
そして深刻な表情を浮かべているのは、おそらくおれも同じである。
――あの後。
おれは歩く重機と化し、持てる力の全てを救助活動に注ぎ込んだ。
それは駆けつけた騎士や神官たち……果ては港を生くる場とする人夫たちも同様であり、皆が皆、懸命にこれへいそしんだものである。
おれは尋常な人間には動かせないような瓦礫を主に撤去し、騎士や人夫もこれをサポートしてくれた。
神官たちが使っていた魔法は、さすがにティーナのそれには劣るものの、本来散りゆくはずだった命を数多く救い上げたであろう。
海上での救助に関してはヒルダさんを始めとした竜騎士たちの独壇場であった。
海面すれすれを波立てず滞空し、投げ出された人々を救う様は地球のヘリ救助すら超えている。
それらの光景を現地で見た者として、率直な意見を述べよう。
――
……と。
それをこうして数字という形で表されると、自ら体感以上に事態が深刻であることを知れる。
おれはこの一週間、ここに居並ぶ王国重鎮らと顔を繋ぎ、彼らとの話を通じて書物で得られる知識以上にこの国への理解を深めていた。
だから分かる。
もたらされた被害の大きさと、それを埋め合わせるための重い負担を……。
「ともかく、
それに対する対策を練らなければなりません。
明日の朝食よりも、まずは今日のお夕食ですから」
ティーナの言葉に、全員がうなずく。
「勇者殿、率直な意見をうかがいたい。
あの魔人――どのくらいで再び来襲すると考える?」
「どれだけ短くとも、十日と見ている」
ヒルダさんの問いかけに、おれは即座にそう答えた。
これに目をむいたのは、他の重鎮たちである。
それもそうであろう。
何を根拠に、そこまで断じるのかという話だ。
おれはあの日少女にもらったマフラーの先を指でいじりながら、続く言葉を考える。
「いや、勘働きと言ってしまえばそれまでなのだが……。
おれは元居た世界で、魔人とよく似た連中と幾度も……そう、幾度も戦った。
それらの経験と、あの時感じた手応えからの結論だと思ってもらいたい」
「ならば、十日と見ましょう」
おれの言葉へ、真っ先にティーナが賛同の意を示す。
「わたしもここにいるヒルダも、ショウ様のお手前は十分に承知していますし、皆の者も聞き知っているところでしょう?
ならば、疑う余地はないと考えます」
続く言葉で疑念を抱く者がいなくなった辺りは、さすがにこの国の象徴であると言えよう。
「問題は、十日でいかなる準備をするかだが……」
口にしながら、とりあえず今思い浮かぶ作戦について検討する。
おれ自らが竜に乗るというのはどうか?
……憧れはしているが、ハマラの機動力は竜のそれを遥かに凌駕している。
しかも、竜の上から必殺技を使おうとすれば、作用反作用の法則に従い彼らまで蹴り殺してしまうのだ。
では、竜騎士らに投網を投げてもらうのはどうだ?
……炭素繊維でも使っていない限りたやすく引きちぎられるだろう。
というより、炭素繊維を使っても引きちぎられるだろう。おれはできる。
ならば、かつてのようにトリモチを作るのはどうか?
……当時ナガレから見せてもらった資料はそらんじているが、材料も設備も圧倒的に不足している。
となれば、魔法はどうか?
……防護というかバリアを張る魔法は存在するし実際に見せてもらったが、神官が気合を入れて張ったそれは変身せずとも蹴り割れた。
ティーナならもっと頑丈なバリアをいくつか生み出して檻のようにできるかもしれないが、彼女を前線に引き連れるなどナンセンスの極みである。
こうなると、おれ自らが投石でもしてみるか……?
考えあぐねるおれに、真っ直ぐな視線を向けていたのは――またもやティーナであった。
その視線は少女らしからぬ自信に満ちており、これから口にする言葉が事態の打開策になると確信していたのである。
「ショウ様。
あなたにはこの十日で、先代勇者が供とした聖竜……その末裔を乗りこなしていただきます」
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