Aパート 2

「ンンンンンッ! 気持ちイイね~っ!」


 ハチドリのごとく滞空しつつ、四肢を大きく伸ばしながらハマラが感無量といった叫び声を上げた。


「地上は空気も風も最高だあっ! テメーら人間にはちーっとばかりもったいなさすぎるぜえっ!」


 熟練の歌い手もかくやという豊かな……しかし耳障りな金切りさを宿した声音で好き勝手なことをのたまいながら、眼下の光景を睥睨へいげいする。


 転覆した船から投げ飛ばされ、何とか海上に浮かんでいる漁師がいた。

 自慢の翼が生み出した風に吹き飛ばされ、なかなか起き上がれずにいる者がいた。

 露店も商品も売り上げも根こそぎ風に巻きあげられ、呆然自失としている商人がいた。


 いずれも共通しているのは、恐怖に震える眼差しを上空のハマラへ向けていることだったのである。


「――イイイイイイイイイイッ!」


 ぐっと握り拳を作りながら、ハヤブサ魔人が感慨に打ち震えた。


「イイねえっ! お前たちの顔ってばサイコーッ!

 でも、まだまだこんなのは序の口だあっ!

 もーっとイイ悲鳴、聞かせてくれよなあっ!?」


 そう言いながら、再び破壊の風を吹かせるべく翼をはためかせたその時だ。


「――んあ?」


 視力の鋭さも鳥類同様なのだろう……こちらへ急行しつつある、無数の飛影ひえいを認めたのである。

 視認した時は小さな点でしかなかったそれは、なかなかの速度を発揮し瞬く間にその姿を大きくしていく。

 遅れながら、地上の人間共もそれに気づいたのだろう……絶望の色は一時消え、歓声を上げながら彼らを迎えた。


「テメーらが噂の竜騎士様かあっ!?」


 そう、即座に異変へ勘づきこの短時間で魔人を討つべく急行せし者たち……。

 彼らこそ、レクシア王国が誇る竜騎士隊であった。


「魔人族! これ以上の狼藉は許さんぞ!」


 先頭を行く竜にまたがるのは、人間とは全く異なる美的価値観を持つハマラをしてなお、美しいと断じられる女騎士だ。

 金色の髪は風になびき、それそのものが旗印であるかのようである。

 だが、決して見目だけでこの役割へ抜擢されたのではなく、実力によってその地位をもぎ取ったのであろうことはまたがる竜を見事に操るその手腕からもうかがい知れた。


「皆の者! 竜騎士隊の力を見せてやれ!」


「おう!」


「魔人族なにするものぞ!」


「王国を守るのは勇者様だけではないと知れ!」


 女騎士の号令に応じ、各竜騎士が得物を構える。

 それは、長大な複合弓であった。

 おそらく、その素材として用いられているのは亡き竜の骨や皮であるのだろう……。

 一流の名工が仕上げたと見えるそれの有効射程距離は、百メートルや二百メートルではきくまい。


「放てっ!」


 女騎士の号令に従い、竜騎士らが自慢の剛弓を引き絞った。

 そしてそれが――放たれる!


「よーく訓練されてんじゃねえか!」


 ハマラが思わずこう言ってしまったのも、納得のいくところだ。

 そもそも、尋常な人間ならばこの弓を引くことすらかなわぬはずである。

 それを苦も無く成し遂げている辺り、身体を強化する魔法に長けていることがうかがえた。

 しかも、狙いが良い。

 半数は正確にハマラの急所を狙っており、残る半数は回避行動を阻害すべく予想される軌道上にばら撒かれている。

 こやつらならば、ツバメですら射殺すことがかなうであろう。


 だが、ここにいるのはツバメごとき下等な鳥類ではない。

 いやしくも斬風隼魔ざんぷうじゅんまの異名を持つ、ラトラ直属の魔人戦士なのだ。

 放たれた矢の全てが――、


「――止まって見えるぜっ!」


 自慢の翼を羽ばたかせ、世界の全てを置き去りにする。

 ハマラが持つ最大の脅威は、翼が生み出す暴風でもカマイタチでもない。


 ――速さだ。


 地上のいかなる鳥類をもしのぐ最高速度と、ひと息でそれに達することが可能な加速能力。

 両者を併せ持つハマラが全力の飛行をしたのならば、竜騎士の矢ごとき問題にならぬ。

 いかに狙いがよかろうが、自分より遅い矢弾に当たる者など存在しないということだ。


「――ヒャッハーッ!」


「ぬうっ!?」


「うあっ!?」


 あっという間に矢の雨をくぐり抜け、二の矢をつぐ暇も与えず竜騎士らの輪に潜り込む。


「遅すぎるっ! そして弱すぎるぜえっ!」


 行きがけの駄賃として交差する瞬間に竜へ蹴りをくれてやれば、無様にも魔人の脚力に耐え切れず鞍上の騎士を振り落としてしまっていた。

 どうやら、落とされた騎士は浮遊の魔法で助かったようだが、主を失った竜などトカゲにも劣るというものだ。


「一騎撃墜ってかあっ!」


「皆の者、弓を捨てよ!」


 女騎士のみはこの状況に一切動じず弓を捨てると、鞍にくくり付けられていた細身の槍を取り出した。

 他の竜騎士らもそれに続き、愛竜の腹へ蹴りをくれると一斉にハマラへ襲いかかったのである。


「おうおうっ! がんばれがんばれっ!」


 だが、彼らの空中殺法などハマラからすれば児戯にも等しい。

 自慢の翼で存分にこれを翻弄すると、ある者は先と同じように竜への攻撃で落とし、またある者は直接肩を引っつかんで引きずり落とし、またある者は至近距離から猛風を浴びせて落としたのである。


「オレ様に追いつきてえなら、先代の勇者様を乗せてたっつー聖竜でも連れてくるんだなあっ!」


 イイ気になって挑発するハマラであったが、果たして彼は気づいていなかった。

 気がつけば自分が海上を離れ、港の方へと移動させられてしまっていることに……。

 そしてそこには、踏みしめるべき大地さえあれば数十メートルの高度を意に介さぬ脚力の持ち主が控えていたのだ。


「ホッパアアア――――――――――キイィック!」


「――ぐおっ!? はあっ!?」


 地上からほとばしった一条の黒雷が、斬風隼魔ざんぷうじゅんまの背をうがつ。

 雷の正体は、ブラックホッパーである。

 彼は港湾部で変身し待機すると、竜騎士隊と見事な連携を見せて必殺の飛び蹴りを見舞ったのだ。

 その速度も威力も先に竜騎士が放った矢など比べ物にならぬものであり、さしものハマラといえど反応しきれなかったのである。


「……がはっ!?」


 背骨を蹴り砕かれた痛みにもだえながらも、どうにか空中で体勢を立て直す。


「テメエがブラックホッパーか!?」


 翼を持たぬ者の宿命として、真紅のマフラーをなびかせながら落下していく勇者を見据えながら毒づく。

 無防備な今ならばれるか? ……いや。


「テメエは、必ずこのハマラ様がぶっ殺す!

 ――覚えていやがれっ!」


 ハマラは今の一撃で、自分の空戦能力が劇的に低下していることを理解していた。

 だから怒りも殺意も押し殺し、撤退する道を選んだのである。


 最後の力を振り絞り、全力で翼を羽ばたかせた。

 逃亡経路を塞がんと竜を操る女騎士などたちまち振り切り、その姿は空の彼方へと消え去ったのである。

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