Aパート 1

 王都ラグネアが誇る港湾部の景観と言えばこれは、


 ――王国の誇り。


 ……そのものであると、万人が認めるところである。


 個人所有の漁船から、遥か外洋を超えて来た大型帆船に至るまで……。

 海上はさながら、人類が作り出してきた船舶の見本市といった有様なのだ。


 そうなると、港の賑わいも尋常なものではなくなる。

 赤銅色に日焼けした肌を惜しみなく晒した人夫や水夫が無数に行き交い、しかもその人種や国籍も様々なのだ。


 港からほど近い市場では水揚げされたばかりの新鮮な魚介類がずらりと並び、その一角に存在する酒場街では早朝だというのに多くの男たちが飲み、食い、歌い、時には賭博へ興じている。


 中には喧嘩などの眉をひそめざるを得ない光景も見受けられるが、これらを総括してレクシア王国が……そして千年前魔人族により文明文化のことごとくを破壊された人類が、再び繁栄の絶頂に達している証拠と言えるだろう。


 それもこれもティーナ姫生誕を記念した港湾施設群再整備計画のおかげであり、これを断行した当時の議員たちがいかに先見の明を持っていたかがうかがえる。


 かように雑多な隆盛を見せていた港湾部に、一陣の……というにはあまりに強大で、そして鋭い風が吹きすさったのは合同葬儀が行われて一週間が過ぎた日の早朝であった。


 発生源は、市場が存在する区画の上空である。

 そこに何の前触れもなく漆黒のもやが出て来たかと思うと、恐るべき勢いで暴風が噴き出し、木組みの屋台店舗が立ち並ぶ市場に襲いかかったのだ。

 こうなっては、たまらない。


 しょせんは大地に固定すらされていない、簡素な店舗群である。

 並べられていた商品やこれを威勢よく売っていた商売人たち共々、まさしくひと息に吹き飛ばされることとなった。


「――ヒイイイイイッ! ヤッハアアアアアっ!」


 あまりの猛風で音すらかき消えんとする中、いかにも耳障りな叫び声が響き渡る。

 豊かと評するには壮絶に過ぎる金切りさが宿るその声の持ち主こそ、この風を生み出した張本人であった。

 言うまでもない……魔人である。


 金属質な光沢を帯びた羽毛で覆われた全身は枯れ木のような細身であり、先に現れた鉱石魔人や毒液魔人と比べれば極めて人間に近い肉体構造をしていた。

 だが、その背から生えた一対の翼の何とたくましいことか……。

 しかも、頭部に当たる部分はまるでハヤブサのそれをフルフェイスヘルムに仕立てたかのような造作をしているのだ。


「――オレ様のっ! 名はあああああっ!」


 叫びながら、背の翼を羽ばたかせる。

 暴風を生み出す源は、これだ。

 一つ羽ばたくたび、もはや衝撃波と言って良い規模の風が生み出されているのである。

 これは単純な筋力によるものではなく、こやつが持つ闇の魔力が発現した結果であると判じるべきであろう。


「ハマラッ!」


 ハマラと名乗った魔人が、地上からわずか数メートルの高度を保ちながら港湾部を飛び回る。

 もしもイズミ・ショウがこの光景を見たならば、


 ――絨毯じゅうたん爆撃。


 ……この単語を連想せずにはいられなかったであろう。

 羽ばたき一つで大の大人を吹き飛ばせるほどの風を生み出すハマラが、地上からさほどの高度を置かず飛翔しているのだ。

 突如として発生した暴風域に、港の人々も集積された物資もこれを運搬するための家畜らも、諸共もろともに吹き飛ばされていく。

 それだけならばまだマシというもので、建物の一部は外壁が剥がれ落ちたり、酷い場合は倒壊するものまであった。


「獣烈将ラトラ様が配下あああああっ!」


 眼下でもたらされる被害など意に介さず、調子に乗ったハマラの飛翔はそのまま海上にまで達する。

 こうなってはたまらないのが、個人所有の漁船を始めとした小型の船舶だ。

 何しろ、海面直上で台風が吹き荒れているようなものなのである。

 波は荒れ、人の背丈を優に超えるほどの高さに達し、たちまち船を飲み込むか……あるいはこれをお手玉のようにもてあそんだ。


 そして過酷な外洋航海を経て、あるいはそれに向けて一時の休息を得ていた大型帆船とて魔人という猛威から逃れることはできない。


斬風隼魔ざんぷうじゅんまとはオレ様のことおおおおおっ!」


 ――斬風隼魔ざんぷうじゅんまハマラ。


 大型帆船の直上で急停止したハヤブサ魔人の翼が、一際大きく羽ばたいた。

 今度のそれは、大空を自由に飛び回るためのものではない。

 この魔人が秘めた、恐るべき攻撃能力を発露するためのものである。


 果たして、その羽ばたきが生み出したものは――カマイタチであった。

 いや、これをカマイタチなどという生やさしい言葉で表現して良いものかどうか……。

 自然現象として発生するカマイタチの被害など、せいぜい皮が裂ける程度のものに過ぎない。

 しかもその実態は気化熱によって急激に冷やされた皮膚組織の変性であり、風の力そのものによって切られているわけではないのである。


 だが、ハマラが生み出したカマイタチの威力は自然界の力など遥かに超越していた。


 ――パアンッ!


 ……と、まるで大量の黒色火薬を爆発させたかのような音が海上に響き渡る。

 そして次の瞬間、大型帆船が備えていた三本あるマストの内、最も長大で太い中央のそれが切断されたのだ!


 ぐらり……と、マストが傾いていく。

 これを船と繋げていたロープの内主要なものは同時に断ち切られており、残るか細いそれでは到底これを支えることなどかなわない。

 巨大な水しぶきを上げながら、人類が培ってきた海運技術の象徴は海の藻屑もくずとなった。


「――テンキューッ!」


 ハマラが、マスト倒壊の勢いにどうにか耐えようとしている帆船直上でキメポーズを取る。

 ハヤブサのごとき頭部をした魔人の表情などうかがいがたいところではあるが、その目には演奏を終えた吟遊詩人が浮かべるような……どこか自己に陶酔とうすいしている色が含まれていたのであった。

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