第三話『最強マシン誕生!』

アバンタイトル

 巫女姫ティーナの生誕をきっかけとした公共事業の一つに、王都ラグネアが誇る港湾施設群の再整備が挙げられる。


 母なるレーゲ海を抱くラグネアだけに、海との関わりは深い。

 市場には毎日新鮮な魚介類が所狭しと並んでいるし、主たる調味料として用いられているのも魚醤ぎょしょうである。

 食から離れた所でも海が持つ役割は大きい。


 近年、大陸各国と活発に貿易が行われている東方諸島連合にとってラグネアは極めて重要な港湾都市であり、レクシア王国としてもそれによって生み出される莫大な利益は見逃せなかった。

 となると、一つの問題が立ち上がる。

 ……施設の老朽化だ。


 歴史が古いということはすなわち、ようする設備も相応に古いものということになる。

 そうだとしても、近年に至るまでは騙し騙し運用することが可能であった。

 だが、外洋を越え大陸間航海を行う新型帆船の受け入れとなると、喫水きっすいから何から従来の施設群では賄いきれなくなってしまったのである。


 そこで今は亡き先王は愛娘の生誕を祝う巨大公共事業として、港湾施設群の再整備に乗り出したのであった。


 とはいえ、全ての施設をひと息に再整備したのではない。

 そのようなことをすれば常からの港湾事業が全て停止してしまうし、資金的にも人員的にも到底現実的ではなかった。

 自然、各区域を仕分けして順繰りにこれを行うことになる。


 少年がそれに挑んだのは、いよいよ再整備が終わり本格稼働を待つばかりとなった区域であった。

 全くの無人というわけではないが、どこを見ても人、人、人といった他区域の様相と比べれば実にがらりとした有様である。

 それはすなわち、無謀な行動に挑もうとしている彼を叱りつける大人が近くにいないということでもあった。


「よ……っ! ほっ……!」


 元々は資材置き場にでも使われていたのだろう……。

 今は人も物もないがらりとした空き地に立っているなかなか立派な木に、少年は目を輝かせながら登っていた。

 少年の表情はどこか熱に浮かされているかのようであり、自分の身長を数倍にもしたような木へ登りながらも心はその身を離れているのが見て取れる。


「へへ……っ!」


 そして少年は目当ての場所……木の上部に位置する、一際太い枝の上に立つことへ成功した。

 高度という圧倒的現実に少し心を引き戻されたのだろう……少年はやや、腰が引けた様子であったが、


「――よーし! いっくぞっ!」


 ついに何事かを決心し、恐怖を振り切る。

 果たして、彼は何をしようとしているのだろうか……?


「――たあっ!」


 あ、危ない!

 なんと少年は、何を思い立ったのか力強く枝を蹴り出し宙に身を躍らせてしまった!

 一体、何故そんなことを……!?


「ホッパアアア――――――――――キイィック!」


 これが、その答えである。


 ――合同葬儀が開催された、あの日。


 少年もまた、両親に連れられて大祭壇の間を訪れていた。

 そして最初こそ勇者が見せた異形への変身に驚き恐れたものの、その後の顛末てんまつを経てすっかり魅了されてしまったのである。

 だから今、彼の必殺技を真似ようとしていた。

 強く、格好良い者に憧れた男子が取る行動など古来より一つしかないのである。


 ……しかし、これはあまりにも危険だ!

 今彼は、頭の中で自分とブラックホッパーを同一視してしまっている。

 だが、当然ながら彼は只人の少年に過ぎないのだ。

 このままでは、大ケガはまぬがれない!


「――とおっ!」


 その時、黒い稲妻が宙に身を躍らせる少年へ向けほとばしった。

 ……いや、稲妻は真紅のマフラーをひらめかせたりはしない。

 それに、昆虫を思わせる漆黒の甲殻に全身を覆われたその姿は……。


 ――ブラックホッパーだ!


 ブラックホッパーが、無謀な行動に挑んだ少年を助けに駆けつけたのだ!


「――はあっ!」


 狙い過たず、ホッパーは空中で少年を抱きかかえると見事な着地を決める。

 しかも、着地の衝撃は己の膝で完全に殺し切っており、未来を担う希望に一切の傷を与えぬよう優しく配慮がなされていた。


「ブラックホッパー!?」


「……ケガはないか?」


 少年を抱き下ろし、目線を合わせながらホッパーは優しく問いかける。


「うん! 大丈夫だよ!」


「そうか、良かった」


 ぽん、と少年の頭に手を置きやりながら、続けてこう言い放つ。


「いいかい、坊や?

 ホッパーキックもパンチも、おれが昔……仲間たちと共に命がけの特訓を経て生み出した技だ。

 危ないから、決して真似をしようとしてはいけないぞ?」


「うん、ごめんなさい……」


 少年が、しゅんとうなだれる。

 憧れる勇者にこう言われては、こざかしい言い訳など出てこようはずもなかった。


「でも、そしたらどうすればホッパーみたいに強くなれるの?」


「それなら簡単だ。

 毎日、よく遊んでよく学んでよく食べて……。

 それから、お母さんの言うことをしっかりと聞きなさい。

 そうすれば、必ず強くなれる。

 ――約束できるな?」


 ホッパーが、力強く右拳を突き出す。


「――うん!」


 そして少年もそれに応じ、自分の拳を突き合せたのであった。

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