Bパート 4

「――はあっ!」


 ――キー!?


 ヒルダ率いる騎士隊が最後に残ったキルゴブリンを爆散させた時、大祭壇に満ちたのはしん……とした静寂であった。


「どうした……? まさか!?」


 実力はあれど、まだまだ年若く戦人いくさびととしては未熟なヒルダである。

 自分たちの戦いへかかりきりとなってしまい、そちらに注意を向けられなかった不明を恥じながら勇者たちが戦っていた場所を見やった。


「な……!?」


 そして最悪の予感は、現実のものとなっていたのである。

 そこでは、勇者が……ブラックホッパーが大の字となって倒れていた。


 いかなる攻撃を受けたものか……首元からはしゅうしゅうと生木を燃やしたような煙が上がっており、紅玉ルビーを思わせる輝きを宿していた巨大な目は虚ろく黒に陰っているのだ。


 ――死。


 その一文字が、これを見た者全ての脳裏に閃く。


「へっへっへ……」


 魔人――ドルドネスが、醜い肉塊そのものの体を揺すりながら哄笑を上げる。


「ルスカさまー! ラトラさまー!

 ――そしてだいしょうぐんザギさま! あっしがゆうしゃをうちはたしましてごぜいやすう!」


 伝説として伝わっている魔人軍幹部の名を叫びながら、なおもドルドネスが笑った。


「それにしても、ばかなやつでごぜいやすう!

 おこさんたちをかばったりなどしなければ、あっしにかてていたものを!」


 その言葉で、察する。

 勇者が……ブラックホッパーが何故死ぬことになったのかを。


(バカか……! 私は……!)


 それと共に、己を叱りつけた。

 そもそも何故、この戦いにおいても連携が不十分であったのか?

 それは分かったつもりになっていながら、心の奥底では彼を忌避きひしていたからではないか!?


 ――確かに二本足で立つ虫さんのような姿でしたが、あの方に宿っていたのは紛れもなき正義の意思ですよ?


 主である巫女姫の言葉が思い起こされる。

 何故その言葉を、自分のごとき凡愚では辿り着けぬ境地であると聞き流したのか!?

 魔人に勝てぬ身であるならば、あそこでああして倒れているのは己が役割ではなかったのか!?

 彼は……ブラックホッパーは最期の瞬間まで真の勇者であり続けたというのに……!

 例えその身が、化け物そのものだったとしても……。


 大祭壇の間を、重苦しい静寂が包む。

 ここに集った人々もまた、自分と同じ感情を……そして後悔を抱いているのだ。


「ブラックホッパー……」


 亡き入りそうな声で呟きながら、聖歌隊の一人が一歩前に進み出る。

 誰も引き留められる者はいない。

 全員が放心しており、心が体を離れていた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


「ひどいこと言って、ごめんなさい……!」


「ぼくたちを……」


「わたしたちを……」


「助けようとしてくれてたのに……!」


 わんわんと大泣きすることすらかなわぬ。

 聖歌隊の子供らは皆、静かに涙を流しながら謝罪の言葉を吐き出していた。


「へっへっへ……むだでございやすよお?

 あとはここにいるみなさんをホッパーさんのところへおくって、あっしはしょうりのびしゅによわせてもらいやすかねえ?」


 ドルドネスが、狙いを付けるように子供たちの方を見やる。


(何をしようとしているかは知らぬが……彼に代わってせめて一矢でも!)


 決意と共に、ヒルダが愛剣を握る手に力を込めたその時だ。


「――ほう?」


 声が、響き渡った。

 今この場において、この声を聞き間違う者などいるだろうか?

 それはまぎれもなく――ブラックホッパーの声であったのだ!


「貴様は酒で酔えるのか?」


 見よ! その五体に満ち満ちていく気力を!

 見よ! その目に再び灯されし赤い輝きと正義の意思を!


「うらやましいな……。

 いや、おれはこの体になって以来酒に酔えなくてな?

 だから、ナガレ――友人には笑われたものだがもっぱら甘味かんみ専門だ」


 いまだ首元からは不気味な煙が出ているが……。

 その影響をいささかも感じさせず、再び勇者が立ち上がった。




--




 ――説明せねばならないだろう!


 ブラックホッパーは秘密結社コブラが総力を結集して作り上げた改造人間である。

 彼の体には強烈な解毒能力が宿っており、アルコールを始めとするあらゆる毒物の分解が可能なのだ!

 そして今……子供たちの声を受けてその能力は極限にまで高まり、ドルドネスの毒液に含まれていた全く未知のタンパク質を無効化してみせたのである!


「ば、ばかな……! うそだ……!」


「嘘だと思うなら、もう一度試してみたらどうだ?」


 慌てふためくドルドネスに対し、無防備そのものという格好で両手を広げながらブラックホッパーが歩み出す。


「く……くそっ! ちくしょうっ!」


 挑発に乗り、魔人は必殺の毒液を何発も連射したが……。

 それはもはや、必殺ではない。

 ドス黒い粘液はただホッパーの甲殻を汚すだけであり、もはや浸透することすらしないのだ。


「げ、げほっ……! げえほっ……!?」


 毒液の連射が効いたのだろう……。

 ドルドネスが、たまらずむせ返る。

 ならば今度は、こちらが必殺技を見舞う番!


「ホッパアアア――――――――――キイィック!」


「ぐえべっ!?」


 見事な跳躍回転からの跳び蹴りがドルドネスの真芯を捉え、肉塊の魔人がゴム玉のように壁へ叩きつけられる。

 跳ね返ってきたそれを迎えるのは、更なる必殺の一手だ!


「ホッパアアア――――――――――パアァンチ!」


「ぐわはあっ!?」


 追撃の跳躍拳がまたもドルドネスの真芯に叩きつけられる。

 これを受けて、耐えしのげる者など存在はしない。

 大祭壇の間空中で、魔人の内部に充満していた魔力が溢れ出し爆発を起こす。

 同時にその毒液も飛散したが……、


「真空ゥ――――――――――竜巻起こしっ!」


 ホッパーが両手をぐるりとかき回すと……おお、何という膂力りょりょくであろうか!?

 魔法でもないというのに超極小規模の竜巻が発生し、毒液を余すことなく取り込んだのである。

 集められた毒液は、そのまま誰もいない壁へと叩きつけられ二次災害が防がれた。


 ブラックホッパーの、完全勝利だ!

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