Aパート 4
古来より、人の住む領域というのはすなわちカラスの生息域でもある。
――
その異名通り、狩りで得る獲物以外にも人間が出した生ゴミを重要な食料とする彼らは、常に人類のそばへ寄り添って生きてきた。
であるからには、レクシア王国が誇る王都ラグネアにも自然と相当数のカラスが居つくことになる。
だから、誰も気づかない。
上空を飛び回るカラスたちの内、何羽かの瞳には禍々しい魔力の輝きが宿っていることを。
そしてそこから巧妙に伸ばされた
「何やら、面白いくわだてがあるらしいな」
その魔人――幽鬼将ルスカに対し、大将軍ザギが声をかけた。
魔城ガーデム、玉座の間である。
ここに再び三将軍は集結し、新たな地上侵攻作戦を発動させんとしているのだ。
「おめえのことだ。どうせ何かイヤらしい手でも思いついたんだろうよ?」
獅子のごとき頭部を持つ獣烈将ラトラであるからその表情を読み取ることは難しかったが、しかし、声音にあざけりの色はない。
同じ三将軍の一人として、自分とは攻め手が違うルスカのやり方を尊重し、認めているのである。
「ふっふ……まあ、まずはこれをご覧くだされ」
ルスカが手をかざすと、三者の間に存在する空間が歪み……やがて虚像として別の光景を映し始めた。
その光景の中では人間たちがせわしなく動き回り、盛んに言葉を交わし合い、時には涙を流しながら互いを慰め合っている。
彼らに共通しているのは、皆が皆、様式に多少の違いはあれど漆黒の衣服を着ている点であった。
また、花束を抱えている者が多いことも特徴であろう。
「これは……?」
「人間共が信奉する――我らにとっては憎き神々をまつった大神殿でございます」
ザギの問いかけに、ルスカがよどみなく情報収集の成果を報告する。
「ああ、確かに千年前ぶっ壊して回った建物と造りがよく似てやがるぜ」
ラトラが、当時を懐かしむようにしながら感想を述べた。
なるほど、人々が集っているのは――おそらく人間たちの基準では――荘厳な真白き建物の内部である。
よくよく見やれば、あちこちに神々や精霊をかたどったと思しき彫刻や彫像が存在しているのも当時と同じだ。
「となるとこやつら、ミネラゴレムの手で死んだ同胞の魂でも慰めているというところか」
「さよう……それもただ葬儀をあげようというのではありません。
どうも奴ら、大々的な国事としてこれを執り行うつもりのようでしてな……」
「ほう……」
その言葉に、ザギがにやりとした笑みを浮かべた。
幽鬼将の目論見に、大将軍も気づいたのだ。
「ははあ、こいつをぶっ潰してやろうってわけか!」
同じく気づいたラトラが、心から愉快そうな声を上げる。
人間どもの嘆きと悲しみは、魔人にとって何よりの甘露なのだ。
「ふふふ……ただ潰そうというわけではない。
――これを見て下され」
ルスカが右手で印を結ぶと、虚像の中にある光景が変化を遂げる。
たかだかカラスごときを通じて遠視も透視も自由自在であるのは、地味ながらも幽鬼将の本領発揮といったところであろう。
「ふむ……」
「人間のガキ共か」
新たに映し出された光景の中に居るのは、五~十歳ほどまでの子供たちである。
全員が全員、儀礼的な意味合いを感じさせる白いローブにそでを通しており、頭には花冠を被らされていた。
「こやつらは一体、どのような目的で集められているのだ?」
「ここに集められているのは、人間の子供たちでものど自慢で知られた者たち……。
どうやら、葬儀の締めくくりとして死者を弔う合唱をさせる腹積もりのようです」
「歌ねえ……人間の考えることってのは、いまいちよく分からんぜ」
「ふふ……だがお主も、この子供らをむごたらしく殺してみせればどうなるかは分かろう?」
「へえ……面白いじゃねえか!」
ルスカの言葉に、ラトラが
それへ満足げにうなずいてみせると、ルスカが背後を振り向いた。
「出でよ! ドルドネス!」
その言葉に応じて玉座の間に足を踏み入れたのは、一人の魔人である。
おお……何という異形であろうか。
まるでぶくぶくと水ぶくれした肉塊に、手足を生やしたかのような……。
首も頭も存在せず、胴体と呼ぶべき肉塊の上部に眼球と口が直接存在しているのだ。
魔界を生くる者にふさわしい、尋常な生命の道から踏み外した姿である。
「およびいただきまして、こうえいでございやすう」
いかんせん首がないので胴体を直接傾ける仕草となるが、とにもかくにもドルドネスが参上の礼を述べた。
「ドルドネス……ドルドネス……聞いたことあるな。確か、毒の湿地帯で一番の暴れん坊じゃなかったか?」
「さよう……我が配下で最も毒の扱いに長けた者よ」
ルスカの言葉に、ラトラが口笛を吹く。
親友である幽鬼将がここまで言うのだから、仮に食らえばここに居る三将軍でさえただでは済まぬそれを扱うに違いない。
「よろしい……キルゴブリン共、ここへ!」
大将軍ザギが号令を下すと、玉座の間へ今度は十数人の魔人が姿を現した。
――キルゴブリン。
元は人間にすら劣る
人間の子供がごときだった
ラトラやルスカが引き立てるような強豪魔人には及ぶべくもない実力であるが、魔人軍の主力としてなくてはならぬ存在なのがこやつらなのだ。
「こやつらも引き連れ、見事人間共に嘆きを与えてくるがよい!」
「へへ~!」
――キー!
それぞれ気合の叫びを上げたドルドネスとキルゴブリン共に対し、ザギが抜き放った魔剣を高々と掲げる。
その刀身が怪しき輝きを宿し、新たな尖兵となった魔人たちの周囲を漆黒の粒子が包み込んだ……。
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