Bパート 1
――日本の大社やバチカンの大聖堂と比べても引けを取らない。
それが王都大神殿へ足を踏み入れた、おれの率直な感想であった。
壁面から何から純白の輝きを放つ建物は、使用した石材からして選び抜いた代物であることがうかがえる。
建物の内部はそこかしこに荘厳な宗教絵画や彫刻、彫像の類が配されており、この地に住まう人々の並々ならぬ信仰心がうかがえた。
いやはや、これは紛れもなくレクシア王国が誇る文化遺産であり、将来的にはこの世界における世界遺産となるだろう見事さである。
何しろ、この世界へ来てラグネア城を出るのはこれが初めての経験だ。
事前の予習により多少の知識は得ていたが、実物が持つ圧倒的な迫力を前に観光客じみた感想を抱いてしまったのは致し方のないところだろう。
――だが、
おれはすぐに顔を引き締める。
今日この大神殿へ集った人々の前で、間抜けな表情など晒せようはずもなかった。
大神殿へ集った人々は皆……悲しみをその胸に宿している。
皆が皆、喪に服すことを意味する黒装束であり、中には泣き腫らして顔をぐしゃぐしゃにしている夫人もいた。
しかも、彼女のお腹は大きく膨らんでおり、周囲の親族には夫とおぼしき者の姿のみ見受けられないのだ。
「……魔人族め」
胸中に抱いた怒りが、つい言の葉となって漏れ出してしまう。
今日この場所で執り行われるのは、おれが倒したあの魔人――ミネラゴレムによって殺された人々の合同葬儀である。
これだけの悲しみと嘆きを生み出したやつばらに対し、おれは容赦することをしないだろう。
「……ショウ様、申し訳ありません。
王城に籠っているばかりなので外の空気を吸えればと思ったのですが、それをここにしたのは間違いだったかもしれません」
おれの隣に立ち、上階のテラスから人々の様子を見ていたティーナ姫が、上目遣いでこちらをうかがう。
「いえ、いいのです。
これは、おれが目に焼き付けておくべき光景でしょうから……」
「そうおっしゃって頂けると……。
それから、わたしに対して目上の者へ接するように振る舞う必要はありませんよ?
勇者である
「情けない話だが、そう言ってもらえると助かる」
王侯貴族など、コブラから某国の王女を救った時くらいしか接点のないこのおれだ。
付け焼刃の礼儀作法で笑い者になるよりは、彼女の言葉に甘えた方がまだマシであろう。
「ところで……」
ティーナの装いを見て、尋ねたく思っていたことを聞いてみる。
おれもそうであるが、彼女の装いもまたこの場に合わせたものであった。
さすがに布地と仕立ての見事さでは眼下を行き交う人々のそれと隔絶しているが、基本的には黒を基調とした喪服である。
だが、その手に握りしめたもの……それだけが異彩を放っていた。
彼女が両手で握っているのは、
――杖だ。
彼女の身長を優に超える長さの、石材を彫り込んで作ったかのような杖を両手で握っているのである。
せっかくの装いだというのに、何故手に持つのはそんなよく分からない石細工なのか……。
来たばかりのおれであったなら、首をかしげてしまったことだろう。
だが、数日間に及ぶ自習のおかげで、おれはその
「それが、古代の巫女が使っていたという……?」
「はい、
おれの言葉に、ティーナがうなずく。
「巫女様……わたしのご先祖様は、この杖を通じて様々な光の魔力を振るったと言われています」
言いながらティーナの視線を追うと、その先には巨大な宗教壁画が存在していた。
ティーナと同じ桃色の髪をした美しい女性を描いた絵……。
古代の巫女は確かに、同じくらいの長さがある杖を手にしている。
だが、ここにある実物と大きく異なるのは石を彫り込んで作り上げたかのようなそれではなく、青を基調とした長杖に見事な金細工を張り巡らせた作りである点だろう。
到底、同じものを描いているようには見えぬ。
「ご先祖様が没した時、この杖もまた力を失ったと伝えられています。
以降は今回のように、あらたまった儀礼の場で使われるのみ……」
力を失ったという杖をぎゅっと胸に抱きながら、ティーナが伝承を語る。
その仕草からは、今この杖の力が引き出されていればという思いがありありと伝わってきた。
「……そしてこれは本などには書かれていない口伝なのですが、こうも伝えられています。
――真なる勇気と共に抱かれし時、
……と」
きりりとした目で、ティーナがおれを見据える。
「ショウ様、もしよろしければ一度この杖を手にしてみませんか?」
「姫様、それは……!」
警備の確認でもしていたのだろう。
配下の騎士たちと打ち合わせしていたヒルダさんがこれを聞きとがめ、慌ててこちらへとやって来た。
「いいのか?」
困惑しながらティーナに尋ねる。
これはあの……タドルなんとかというロールプレイングゲームに出てくるようなアイテムではない。
れっきとしたこの国の国宝であり、宗教的にも重要な意味を持つ祭具である。
いかに勇者という身分が重かろうと、軽々しくさわっていい代物ではなかった。
「ものは試しです――ささ」
ヒルダさんと目線を合わせる。
彼女が嘆息しながら目くばせすると、配下の騎士たちがさりげなく動いて人々から見えぬよう壁となってくれた。
「では……」
うっかり取り落としたりしないよう注意しながら、ティーナからそれを受け取る。
石そのものな見た目と裏腹に杖は軽く、小柄なティーナが持てるのもなるほどとうなずけた。
……が、それだけだ。
特に何の変化も起きない。
どうやらおれには、真なる勇気とやらはないらしい。
「……特に何も起きなかったな」
杖をティーナに返しながら苦笑する。
「そんな……ショウ様を置いて他にはいないと思ったのですが」
「力を持ってしまっただけで、おれ自身はそんなに大層な人間ではない。
それに正直、魔法というのもよく分からないしな」
おれがここ数日勉強したのは、主にこの世界の歴史や文化、経済、技術レベルといったところであり、魔法に関してはほぼノータッチである。
そもそも素質がなければ使えぬ力のようであるし、馴染みが無さすぎて優先的に調べようと思えなかったのだ。
一応、人間が使える光の魔力で起こせるのはティーナが使った治癒の魔法や何かを守る魔法であり、魔人族のそれは何かを破壊したり害したりするものだとは理解できている。
また、ティーナが使った大勢の重傷者をたちまち治せるような魔法を使える人間は他におらず、眼下で忙しく動き回っている神官たちでは厳しい修行を積んだ者でも一人を癒すのが精一杯であるらしい。
それを考えれば、ティーナが気落ちする必要はないと思える。
杖の力などなくてもこの子は得がたい存在であるし、何かを壊すのではなく治すことができるその力がおれにはまぶしく思えた。
これを言葉にして伝えようと考えた、その時である。
人々の悲鳴と喧騒とが、大祭壇から響き渡った。
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