Aパート 1

 ティーナから聞いた話をまとめるならば、このような形になる。


 いつ頃かも分からぬ遥か太古の昔……。

 この世界を創世した神々と精霊は続いてそこに生きる動物たちを創り出した。

 神々も精霊も慎重に動物たちの進化を見守ってきたが、やがて彼らも思いも寄らぬそれを果たした生物が現れる。


 それこそが――魔人。


 身の内に強大な闇の魔力を宿した彼らは、生物としてのことわりを完全に逸脱し、地上を席巻しようとした。

 それが、神々と精霊の怒りを買ったのである。

 最も忌み嫌う闇の力を秘めた生物が地上で跳梁することを、創造主たちは決して許さなかったのだ。


 しかしながら、魔人もまた愛すべき創造物であることも事実。

 これを情け容赦なく滅ぼすほど、彼らは無慈悲ではなかった。

 そこで一計が案じられることになる。

 地上とは別に、魔人が生きるにふさわしい世界が作り出されたのだ。

 神々と精霊はそこへ魔人族を移し封印を施した。


 それから長い年月が経ち、魔人族に代わって人間が地上の覇者になると、創造主たちはは世界の運行と管理から退くことになる。

 自分たちによく似た姿を持ち、一部の者は光の魔力すら操れる人間にこれを託すことにしたのだ。


 そしてさらに長い年月が経った頃……遥か昔に分かたれていた二つの世界は、ついに接点を持つことになる。

 魔人族は長い長い時の間で闇の力を大いに増し、ついには神々の施した封印を破り地上へ繋がる門を出せる者が現れたのだ。


 それこそが――魔人王。

 魔人王は地上と彼らの世界を繋げると魔人族を従え、地上侵攻へ乗り出した。

 その勢いたるや凄まじく、人間がそれまでに築いてきた文明は破壊され、人間そのものも滅ぼされる直前にまで追い込まれたという……。


 しかし、希望はついえていなかった。

 魔人族に魔人王が生まれたのと同様、人間の側にも強大な光の魔力を持つ存在――巫女が誕生していたのである。

 だが、強大とはいえ巫女の持つ力は魔人王に及ぶほどのものではなく、彼女は苦悩と研鑽けんさんの末にある秘術を生み出した。

 勇者召喚の儀式である。

 巫女は異界から勇者を召喚して助力を得ると、共に残る人間を率いて魔人族と戦いついに勝利したのだ。


 だが、その代償は大きかった。

 戦いの最中さなか、指導者と呼ぶべき巫女はその命を奪われたのである。

 また、魔人王に勝利したとはいえ、その魂を完全に滅することはできなかった。

 そこで勇者と生き残った巫女の弟子たちは魔人王の魂を封印し、かの王によって破られていた地上と魔人族の世界に存在する封印も修復したのである。


 地上に、一時の平和が訪れた。

 そう、一時だ。

 恒久のものではない。

 勇者たちはいつか封印の効力が弱まることを予期しており、そのことを子孫たちに警告として伝え残していた。


 そして時は流れ、今の世に至り……。

 警告通り、魔人族は再度の活動を開始したのである。




--




「……壮大な話だ」


 ティーナの話を聞き終え……。

 おれが抱けた感想はといえば、それだけであった。

 もしここが地球であったならば、与太話の類と思えたかもしれない。

 しかし、事実としてここは異世界であり、おれは魔法なる摩訶不思議な力によってこの地へ招かれている。


 そして実際に、おれは魔人族の一人と拳を交えていた。

 奴の……ミネラゴレムの拳に秘められていた残虐性と凶暴性。

 改造人間とも全く異なることがうかがえた尋常ならざる体の作り……。

 魔性の存在であると言われれば、そうであろうと答える他にない。


 唯一疑念を抱けるのは神々とか精霊といったくだりに関する部分だけだが、これらに関しては実在を疑うだけ野暮というものであり、無意味な事柄である。

 そもそも、神や霊の存在を疑うには少しばかり……波乱万丈に過ぎる人生を送ってきたおれなのだ。


「質問がある」


 となれば、考えるべきは伝説の内容ではない。

 それを踏まえた上での、現状である。


「その伝説が確かならば、魔人王とやらが魔人の軍団を率い大挙として襲いかかってきていなければおかしくはないか?」


 言うまでもないが、ミネラゴレムは単騎であった。

 あれと同等の魔人が二人も三人も現れていたならば、被害はこんなものでは済まなかっただろう。


「推測も混じりますが……」


 ティーナが考え込むように、愛らしい顔へしわを浮かべる。


「おそらく、魔人王の封印そのものは破られていないのだと思います」


「私も確かに聞きました」


 その言葉へ、背後のヒルダさんが付け足すようにうなずいた。


「交戦中、奴は確かにこう言っていました。

 ――『人間の恐怖こそ、我らが主の糧になるのだ』と」


「ならば、間違いありませんね」


 ヒルダさんが聞いたという言葉に、ティーナがうなずきを返す。


「その魔人が言ったように、人間が抱く負の感情こそ闇の魔力の源であり、魔人たちの糧……。

 敵はおそらく、現時点では限定的にしか魔人を送り込むことができません。

 そして、そうやって送り込んだ魔人を暴れさせることで人心を乱し、世界を闇の魔力で包み込むことが狙いなのだと思います」


「そうして闇の魔力というのが満ちていけば……?」


 おれの言葉に、ティーナは深刻そうな表情を浮かべた。


「……魔人王の封印は破られることになるでしょう」


 重苦しい沈黙が室内に立ち込める。

 三人が三人とも、気づいていた。

 此度こたび送り込まれたミネラゴレムの暴虐により、間違いなく相当量の――闇の魔力が生み出されているのだ。


「長く苦しい、戦いになるだろうな」


 かつて経験したコブラとの死闘を思い出しながら、おれはそうつぶやく。

 そうなると、また問題になることが一つある。


「ところで、おれはこの世界の地理も何もかも知らないが……もし他の国なり遠く離れた土地なりに新たな魔人が送り込まれたらどうすればいい?

 情けない話だが、おれの拳で守れる範囲には限界がある」


 秘密結社コブラの活動範囲と内容は、多岐に渡っていた。

 おれは当時、親友でありインターポール捜査官であったナガレと協力し、時には世界中を駆け巡ってその陰謀を防いだものである。

 だが、この世界には国際的に発達した諜報網は当然として、電話も自動車もあるまい。

 目の届かぬ場所に現れてしまったら、その跳梁ちょうりょうを防ぐ術はないのだ。


「その心配はないでしょう」


 おれの懸念に、ティーナは力強くそう断定する。


「この国……レクシア王国が興された一帯こそ、魔人王を封印し魔人族を押し返した決戦の地なのです。

 封印が限定的にしか綻びていない以上、他の国に魔人を送り込めるとは思えません」


「そうか……」


 その言葉に、おれは安堵の吐息を漏らす。

 ならば――戦いようはあるだろう。


「ショウ様、あらためてお願い申し上げます」


 ティーナが、おれの両目を見据える。

 その眼差しに宿るものを、おれは良く知っていた。

 あの頃、共に戦う友たちの目に宿っていたもの……。

 そしてきっと、今もまだおれの目に宿っているはずのものだ。


「どうかこの地で勇者として、共に魔人と戦ってください」


 両目を閉じる。

 考え込んだわけではない。

 答えなど、とうに決まっている。

 だから思い浮かべたのは、その先にあるものだけ。


「もちろんだ。おれにできるだけのことをさせてくれ」


 目を開くと、おれは快くそれを承諾した。

 魔人族の野望をくじいた後、再び居場所がなくなることを確信しながら……。

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