第二話『勇気ある者』
アバンタイトル
まずは適温に保たれたティーカップの温もりを楽しみ、その心遣いへ感謝の念を捧げる。
乳白色の茶はミルクも砂糖もふんだんに使われており、その芳香からして優しく甘く……これにはおよそあらゆる生物が魅了されるに違いない。
これを一口すすれば……口の中一杯に喜びが溢れ、激しく波立っていた心身が母親に抱かれた赤子のように安らいでいくのを感じられた。
ああ……やはり、甘いお茶は良い。いついかなる時でも、おれの心を落ち着けてくれる。
――例えそれが、地球とは全く異なる世界へ呼び寄せられた時であっても。
ちらりと――おそらく技術力的な問題であろう――透明度の低いガラス窓から外の景色を見やる。
城の上層に位置するこの窓からは、馬ほどの大きさがある翼を持った爬虫類……。
……いや、言葉を濁さずはっきりこう言おう。
竜にまたがった騎士たちが、天空を駆け回り哨戒活動をしている光景が見て取れた。
「……お口に合ったでしょうか?」
正面の席に座ったティーナが不安そうな顔をしながら、そう尋ねてくる。
……もしかしたならば、樹液でもすするのかと思われているのかもしれん。
自虐的にそんなことを考えながら、おれは安心させるように微笑みを浮かべてみせる。
「ああ、とても美味しい。
外を飛び交う竜を見てここが元居た世界じゃないと知った時はずいぶん驚いたが……。
お茶というものの美味さは、どこの世界でも変わらないな」
――あの後。
おれはティーナとヒルダさんに案内され、城の上層に位置するこの部屋へと通されていた。
おそらくここは、やんごとなき人々の歓談に使われている場所なのだろう。
文化も何もかも違うだろうこの世界だが、金の装飾を贅沢に使った室内の調度品が持つ迫力は、おれのごとき庶民を圧倒するには十分なものだった。
「姫様が秘蔵の茶葉を振る舞ってくれたのだ。味わって飲むがいい」
「もう、ヒルダ!」
背後に控えていたヒルダさんがいかにも生真面目な顔でそう言うと、ティーナは年相応に頬を膨らませながらたしなめる。
「はは……」
二人の様子をほほえましく見守りながら、ここへ来る間に見聞きしたものを思い出す。
石造りの城内には電気が通っている様子はなく、そこかしこに燭台が設けられていることを踏まえるに主たる照明はたいまつやロウソクの類であると思える。
ミネラゴレムによるものだろう……負傷者や遺体、瓦礫の運び出しは全てが人力でまかなわれており、人々が着ている衣服にもミシンを用いている形跡は見られなかった。
断言するわけにはいかぬが……この国の文明レベルは、おれが居たそれに比べて数世紀分ほど遅れているように思える。
だとするならば、何気なく口をつけたこのお茶もとんでもない逸品であるのかもしれなかった。
言語も風習も何もかも分からないこの世界だが、未発達な文明世界において嗜好品というものはえてして高級品であるのだから……む、言語?
そこでようやく、おれはもっと早い段階で疑問に思うべきものがあったことへ気づいた。
「話を聞く前に、一ついいだろうか?」
「はい……言葉が通じていることを、不思議に思っていらっしゃるのでしょうか?」
「む……ああ、その通りだ」
「ふふ」
図星を突いたティーナが、鈴の鳴るような声で笑う。
「先代の勇者様を召喚した際の伝承にあったのです。
――召喚した直後には言葉が通じず、そのことで双方が大層難儀した、と。
そこで今回の魔方陣にはあらかじめ、言語を翻訳する加護を付与しておいたのです」
「そうか……ずいぶんと、便利なものなのだな」
吐き出した吐息に実感を込めて、おれはそう返す。
世界を放浪したおれだから分かる。英語が世界語などというのは大ウソだ。
かつておれが経験した苦労の全てを省略できるとは……負傷者を瞬く間に治療した御業といい、魔法というものの何と凄まじいことだろうか。
「そう……とても便利な、力です」
そこまで言ったところで、ティーナの顔に憂いの色が差した。
「ですが、あの者たちには……魔人族に対しては、全くの無力と言って良いでしょう」
「魔人族……」
再び出てきたその名前に、なごんでいたおれの表情も自然と引き締まる。
魔人ではない。
魔人、族だ。
ティーナが気を利かせてくれたという翻訳の魔法に間違いがなければ、それはすなわち彼女らを襲う危難が一体や二体ではないことを意味する。
どうやら、ここからが本題であるらしい。
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