Bパート 2
「…………………………」
変身を解除し、周囲を見回す。
わけもわからないままにここへ来て戦ってしまったが、あらためて見るとひどい有様である。
この場所は石造りの――城だろうか? とにもかくにも、大きく、古い形式で造られた建物だ。
その広い渡り廊下に、大勢の人々が倒れていた。
皆が皆、金属製の鎧を着込み帯剣している。
顔の造作や髪色も相まって、まるで中世の騎士か何かのようだ。
そんな彼らが、息も絶え絶えで――あるいはすでに息絶えて――倒れているのである。
ミネラゴレムと名乗った怪人……奴の実力は、コブラの作り出した改造人間と比べてもそん色ないものだった。
それが生の人間相手に暴れたのだから、このような惨状となるのは当然の帰結だろう。
ともあれ、ただ立ち尽くすわけにはいかない。
「君、大丈夫か!?」
おれはまだ意識のある青年に向けて、急ぎ駆け寄った。
薬も何もない身一つだが、着ている服を裂けば包帯替わりくらいにはなる。
ともかく、できるだけの手当てをするのが肝要だろう。
だが、
「――ひっ!?」
おれに駆け寄られた青年が、思うままに動かぬだろう体をどうにか引きづり距離を取ってしまった。
その顔に浮かんでいたのはまぎれもない――恐怖の感情である。
「……くっ」
脳内に浮かび上がったいくつもの記憶が、おれを打ちのめす。
青年が見せた表情には、覚えがあった。
コブラを壊滅させた後……世界中を放浪する間に、何度か同じ表情を見たことがあるのだ。
最も最近に見たのはほんの少し前――交通事故から助けた少年が浮かべていたのも、同じ表情であった。
どれだけ善行としてその力を振るおうとも、只人にとっておれは……ブラックホッパーは怪物に過ぎないのである。
しかし、だからといって手をこまねいているわけにはいかない。
どんな時、場所であっても、おれにできるだけのことをする……。
かつての誓いを、違えるわけにはいかないのだから。
「じっとしていろ。手当てをするだけだ」
おれはおびえる青年を強引に押さえつけ、応急処置をほどこそうとしたが――、
「それには及びません」
先ほどおれが現れた広間の方から凛とした声が響き、これを静止する。
見やれば、そこに立っていたのは年の頃十四、五といった少女であった。
奇妙な――桃色の髪をボブショートにした少女である。
しかし、その髪色は奇抜でありながらも自然な色合いであり、染髪料などを用いているわけではないと直感させた。
顔立ちは美しさというよりかわいらしさとやわらかさを感じさせるが、今は非常事態ゆえかきりりと引き締まっている。
年齢を加味しても細身の体は、白一色のキトン――古代イギリス人が着ていたという衣服――に似た様式の装束に包まれていた。
少女の声には覚えがある。
おれの脳内へ助けを求めてきた声音と、同じものだ。
しかし、おれが驚いたのはそのことではない。
「皆の者! 姫様が傷を癒してくださるぞ!」
その隣に、重傷を負い入り口で倒れていた女性が寄り添うように立っていたことである。
ミネラゴレムとの戦いへ集中していたため一瞥しただけであったが、彼女の負った傷はどう考えても自力で立ち上がれるようなものではなかった。
それが今は、ハリウッドの女優もかくやという美貌に確かな生命の輝きを宿し元気に立っている。
鎧の損傷や衣服についた汚れはそのままであったが、この短時間であの深手が癒えたとしか考えられなかった。
そうだとしたならば、それを成したのは一人しかありえまい……。
どうやら、おれの考えは正しかったようだ。
姫様と呼ばれた少女が両手を組んで祈り始めると、その全身から暖かな光の粒子が溢れ出し、まだ息がある男たちへと降り注いでいったのである。
するとおお……! これはいかなる奇跡であろうか!?
倒れていた女性と同様、彼らの傷もまたたくまに塞がっていき、健全な状態を取り戻していったのである。
「これは……まるで魔法だ」
そうと表現するしかなかった。
「そう……魔法です。
この力を使い、あなた様をこの地へお呼びしました」
これだけの不思議な力を使った以上、相応に消耗するのだろう。
疲れから顔をわずかに上気させた桃色の髪の少女が、静かにそう告げる。
「では、やはりあの不思議な声の主は……?」
「はい、このわたし……。
ティーナ・レクシアが巫女としての力を使い、あなた様に呼びかけたのです」
仮にも姫と呼ばれたのは伊達ではない……。
幼いながらにも人へ命令し慣れた者のみが持つ威厳を言の葉へにじませながら、ティーナと名乗る少女がそっと一歩を踏み出す。
慌てたのは彼女の傍に控えていた美しい女性であり、ようやく立ち上がることのかなった男たちだ。
彼らがティーナを止めようとするのも無理はあるまい。
……今でこそ人間の姿となっているが、おれの本質は醜い改造人間なのだから。
「ヒルダ、それに皆の者……よいのです」
ティーナがそう告げると、ヒルダと呼ばれた女性たちも制止しようとする手を下げる。
ティーナはそのままこちらに歩み寄ると、おれから三歩離れたところで立ち止まった。
「あなた様の名を、お聞かせくださいますか?」
「……昭。
「イズミ・ショウ……あなたを異界の勇者と見込んで、お願いがあります」
ティーナはスカートの裾をつまみ上げ、優雅な所作でおれに頭を下げながら決然とこう告げる。
「どうかあの怪物たちを――魔人族を滅ぼし、わたしたちをお救い下さい」
「……魔人族」
やはりティーナは、やんごとなき身分の少女なのだろう。
そんな彼女が頭を下げてみせたことにどよめく周囲をよそに、おれはその名を呟いた。
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