Bパート 1

「――身ッ!」


 その時、勇者の全身からほとばしった光を何と形容したものであろうか……。

 先ほどまで魔方陣に宿っていたような、魔力による光とは明らかに性質が異なる。

 それは光という形を取った力の奔流であり、もしかしたならば、得体の知れない不思議な力の爆発をこの目が光として感知しているだけなのかもしれなかった。


 ともあれその光が収まると同時、勇者は――おののくべき異形の存在へとその姿を変じていたのである。


 全身は昆虫を想起させる漆黒の甲殻に覆われ……。

 関節部では、剥き出しとなった筋繊維がミリミリと音を立てていた……。

 何よりもおぞましいのは――頭部だ。

 バッタのそれを、人間へデタラメに貼り付けたかのような……。

 バッタ人間とでも呼ぶべきその造作は、見ようによっては頭蓋骨そのものにも思え、現世うつしよへ姿を現した死神のようでもあった。


「……魔人?」


 そのような言葉を当の魔人であるミネラゴレムが口にしたのはある種滑稽こっけいであったが、これに関しては万人が同じ感想を抱くに違いない。

 姿を変えた勇者の姿はそれほどまでに醜悪であり、魔人をして自らの同族であるのかと考えるほどに凶悪な印象を与えたのである。


「……魔人とやらではない」


 勇者として召喚されたはずの怪物が、一歩踏み出す。


「しかし、人間でもない……」


 自らが人間であることを否定し、また一歩踏み出した。


「おれは改造人間――ブラックホッパーだ!」


 三歩目が、そのまま跳躍へとつながる。

 魔人でも人間でもない存在――ブラックホッパーが恐るべき脚力を発揮し、一気にミネラゴレムへと迫ったのだ。

 しかもただ跳躍したのではなく、舞踏のごときあざやかさで空中前転しこれを飛び蹴りに変じさせているのである。


「ホッパアァ――――――キイィックッ!」


「ぐわばっ!?」


 その蹴りが、ミネラゴレムの頭部を捉えた。

 するとおお……何という破壊力であろうか!?

 鉄壁を誇っていたはずの鉱物結晶はガラス細工のようにたやすく粉砕され、ミネラゴレムは無様にも尖塔から叩き出されることとなったのである。


「ごふ――ぐあっ!?」


 渡り廊下を転げ回りながら、ミネラゴレムが苦悶の声を吐き出す。

 だが、さすがは魔人と呼ぶべきだろう……すぐさま立ち上がってみせた。


「ちょ、調子に乗りやがって……っ!」


 とはいえ、明らかにその腰は引けている。

 華麗に着地したブラックホッパーは、怯えの色を見せる魔人に向けてまたも静かに歩み始めた。


「今度は――てめえが食らいやがれ!」


 それでもなお、闘志を失わなかったのは魔人という存在のさがだろうか。

 ミネラゴレムはブラックホッパーに向けて駆け出すと、先にヒルダへ放ったものよりはるかに速く、鋭く、重い拳を繰り出したのである。

 鉱物結晶をまとった巨腕は攻城兵器のつちそのものであり、いかなる生物であろうと食らえば死をまぬがれぬと思わせたが――、


「――むんっ!」


 ――ブラックホッパーは、これを易々と受け止めてみせた。

 しかも、片手を用いてである。

 腰を入れることすらせず、ごく自然な立ち姿のまま片手でこれを止めてみせたのだ!


「ば、馬鹿な――っ!?」


 絶対の自信を持つ一撃だったのだろう。

 ミネラゴレムは拳を受け止められたまま、困惑の叫びを上げる。


 ――みり!


 そしてブラックホッパーは、ただ拳を受け止めただけでなかった。


 ――みり! みり! みり!


 彼が掴んだミネラゴレムの拳から、無機物のきしむ嫌な音が響き渡ったのだ。


「は、放――っ!?」


 ついにその音が頂点に達すると同時、ミネラゴレムの右腕が跡形も無く砕け散った。


「があああああっ!?」


 またもや、ミネラゴレムが悲鳴を上げながらのけぞる。

 鉱物の固まりであっても痛覚は存在するのだろう――左手は、根元から消失した右手のあった箇所を抑え込んでいた。


 もはや、勝敗は明らかである。

 ブラックホッパーは、死神がそうするようにたじろぐミネラゴレムへ一歩踏み出した。


「――く、くそっ! ちくしょうっ!」


 そこから先、ミネラゴレムが繰り出したのは魔人の攻撃というより子供の駄々である。

 決定的な敗北を認められぬ破壊の使徒が、むやみやたらに腕や足を振り回しブラックホッパーへと襲いかかったのだ。


「――ぬんっ!」


「――ぐおっ!?」


「――ふんっ!」


「――があっ!?」


「――でぃやっ!」


「――ぎぇあっ!?」


 だが、そのように苦しまぎれの攻撃など通用するはずもない。

 ブラックホッパーは、そのことごとくに一切無駄のない動きで拳を蹴りを繰り出し、完封してのけたのである。


「お、恐るべきブラックホッパー……」


 全身を守っていた鉱物結晶はことごとくが砕け散り……。

 見るも無残な姿となったミネラゴレムが、よろめきながらそう漏らす。


 それに対し、構えらしい構えを見せなかったブラックホッパーがわずかに腰を落とした。

 ついに、決着の時が訪れたのだ。


「ホッパアァ――――――パアアアアアンチッ!」


 最初の時と同じ、見事な跳躍を見せたブラックホッパーが必殺の拳を突き出す。

 まともにこれを食らったミネラゴレムは吹き飛ばされ、渡り廊下の壁をぶち破り、そのまま空中で全身を散り散りにさせた。

 そして飛散した魔人の体は内部に充満していた魔力が漏れ出し、爆発したのである。


 ――戦いは終わった。

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