第14話「ババ抜きハーレム」
「よぉ、颯斗。夜勤の仕事は覚えたか?」
「そ、総支配人!」
俺は驚きのあまり声を張り上げる。同時にコンシェルジュはぽかんと口を開けて固まり、副支配人は驚愕して言葉を失う。本堂先輩も目を丸くしている。唯一この状況に全く動じない恋華は、普通に雑誌を読んでいる。色々な意味で大物だな、こいつは。
「村上がナイトマネージャーではやはり心配でな。一応様子を見に来たんだ」
総支配人は普段のレディスーツからは想像もつかない平凡なパジャマを着ており、身だしなみも所々疎かだ。今さっきまで部屋でのんびりしていたことがよくわかる。
「この時間なら仕事がほとんど片付いて暇だろうと思ってな。邪魔にはならないだろう。おい村上、颯斗の仕事ぶりはどうだった?」
急にピシッとしだした副支配人が元気よく答える。
「あ、はい! 颯斗くんは非常によくできていましたよ、少なくとも私よりかは」
それ自分で言っちゃうのかよ。何故そこで嘘がつけないんだ。
「貴様のことは聞いていない。だがどうやら、仕事に関しては問題なさそうだな。コンシェルジュ、残ってる作業はあるか?」
「残りはデスクワークだけですね。それ自体もすぐに終わります」
「わかった。じゃあそれはコンシェルジュ、貴様に任せる。少しだけ颯斗と本堂を借りるぞ」
俺は軽く首をひねる。
「え? なんかの雑用ですか?」
「違う、実はトランプを持ってきていてな。ルールを教えてもらおうと思って」
総支配人はポケットから新品のトランプを取り出した。裏の柄はあまり見たことのないタイプだ。外国製だろうか、恐らく日本では売っていない多少値打ちのあるものだろう。
「トランプ! 友恵、持ってきてくれたの?」
恋華が大好物のホテル雑誌を放り投げ、総支配人の持つトランプに飛びつく。目がいつも以上に輝いている。
「如月様が前々からトランプをやってみたいと言っていたんだよ。そのためにわざわざ私が用意した。今なら時間も人数も問題はない、トランプをやるにはもってこいのタイミングだろう?」
「やるやる! 私トランプやる!」
恋華は小学生が体育祭で種目決めをする時のように、利き手を高く上げてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「けどよくわかりましたね、恋華がフロントにいるって」
「先に私の携帯の方に電話があったんだ、颯斗の連絡先を教えてほしいとな。その時、貴様が夜勤をしていることを伝えたんだ。多分、今日のホラー映画を見て眠れなくなったとかだろうと思ってな。貴様なら夜勤と両立するために、この事務所の方に連れてくるだろうと読んだわけさ」
なるほど、恋華が俺の夜勤について知っていたのはそういうことか。しかし、よくそこまでのことがわかるな、ことホテルやホテル好きに関して言えばどんな名探偵よりも洞察力が高そうだ。
「本当にナイスタイミングですねー。実は私も今、ひと勝負したいと思っていたところなんですよー」
恋華と先輩が互いに睨み合う。たかがトランプでそこまで熱くなるものなのか?
二人の心境がいまいちわからない。
「じゃあ村上、貴様がフロントで電話番をしていろ。コンシェルジュは朝までの仕事を頼む。残ったメンバーでトランプとやらをやってみようじゃないか、私もルールは知らないからな。颯斗と本堂の知恵を借りたい」
副支配人は渋々とフロントへ向かう。完全に総支配人の言いなりだな。コンシェルジュに関しては仕事は嫌ではないらしく、むしろトランプメンバーから外されて胸を撫で下ろしている。その巨体と性格が相まって、ゲームが苦手というのは想像しやすい。多分だが、あまり得意ではないのだろう。それに、このメンバーとはあまりやりたくないのだろう。
「で、まず何から話すべきですか? バカにしてるわけじゃないんですけど、カードの種類とかってわかります?」
俺は箱からトランプを取り出しながら訊ねた。
「カードの知識は普通にある。ただ、遊び方などがわからないだけだ」
総支配人は自信を持って答える。流石に知識だけは豊富らしい。
「恋華は?」
「私も大丈夫。カードは数字と絵札の二種類に分かれてて、それぞれ違うマークが四種類あるのよね?」
「そう、一から十三まであって、十一から上は名前を象徴する絵が描かれてる。下から順にジャック、クイーン、キング。そして実はもう一種類、仲間はずれのカードのジョーカーってのがある。ババとかって言われ方もするな」
この説明で合っているのか? そもそも理解できるのか少し微妙だった。あまり自信がない。トランプのルールを説明したのなんて初めてだからな。
「それじゃあ簡単なゲームからやってみるか。ババ抜きとかどうですか?」
「聞いたことくらいはあるな」
総支配人は腕を組んで答えた。普通に生きてたら聞いたことがあるどころか、実際にプレイしてみたりするはずなんだが。この人、真っ当な生き方はしてなさそうだからな。友達とかもいなさそうだし。
「ルールは単純です。このジョーカーを最後まで持っていた人が負けです。トランプのカードは数字が揃ったら二枚ずつ破棄して、手札を少しずつ減らしていきます。最終的に手札がゼロになった時点で勝ち抜けです」
俺は総支配人から受け取った未開封のトランプの中から、二枚あるジョーカーのうち一枚を抜き取った。
「面白そう! やるわ!」
恋華が子供のようにはしゃいでいる。どうも本当にトランプをやったことがないらしいな。その目からは未知への好奇心を感じる。
「やるからには罰ゲームとか用意するのも面白いな。賭けているものがあるとゲームは楽しくなるものだろう?当然、如月様以外でな」
さっきまでトランプのルールすら知らなかったくせに、何故か余裕だな総支配人。この四人では経験の少ない自分は不利だというのに、自ら賭けを申し出してきた。
総支配人はふてぶてしい笑みを浮かべる。どうやら負けるつもりは毛頭ないらしい。いったいその自信はどこからくるのだろう。
「私は構いませんよー」
本堂先輩は迷いなく了承する。
「颯斗、それでいいか?」
「まあ、変な罰ゲームじゃなければ」
「うーん、ならばこんなのはどうだ? 一位が最下位になんでも命令できる。ありきたりだが、中々スリルもあっていいだろう」
「いやいや、言ってるそばから普通にやばい罰ゲームなんすけど」
「黙れ。貴様の方が有利なんだからつべこべ言うな」
俺の意見はあっさりと一蹴されてしまう。
だがまあ、たしかにこの四人でなら俺にも勝つチャンスはあるだろう。恋華と総支配人は素人だし、先輩もトランプが強そうには見えない。負けるかもというのは杞憂だろう。
俺は少し、高を括っていた。
「試合は一回のみだ。ただ初心者が二人もいるからな、まず先に賭けとは関係ない練習を一試合行おう」
もちろんそれは賛成だ。やはりなるべくフェアでやるのがベストだろう。
俺の有利は少しだけ失われてしまうが、それで勝っても大人気ないな。
しかし、罰ゲームの内容を決めてから練習を提示してくるのは少し卑怯だな。完全に引けなくなってしまった。総支配人は駆け引きなどが上手いらしい、さすがは経営者だ。腹の探り合いという意味ではもう既に負けている。
総支配人からまずトランプをシャッフルし始める。次に本堂先輩、細工やイカサマができないように全員でトランプを回す。時計回りで総支配人、本堂先輩、恋華、俺という順番で切り終えた。
「そういえば、さっき私のことを言っていたようだが、いったい何の話をしていたんだ?」
トランプを配りながら、総支配人が訊ねた。
「副支配人がー、友恵ちゃんの魅力に押し潰されて婚活に失敗しまくってるって話ですよー」
「私のせいにされては困る。あれはあの男自身の問題だ。あと本堂、いい加減名前呼びはやめろ。肩書きで呼べ」
「えー、いいじゃないですかー、ていうかもう慣れちゃったから無理ですよー」
「ったく、いちいち注意するのも面倒だ。もう好きにしろ」
「え、好きにしていいってつまり、その友恵ちゃんの慎ましやかな胸を揉みしだいてもいいってことですか?」
「はぁ……返答する気も失せた」
総支配人が諦めて降参した。その表情は酷く疲れている。相当、本堂先輩の扱いが面倒くさいらしい。やり取り自体は低レベルだが、中々拝めない光景だな。
トランプを配り終え、手札の中で被っているカードを皆それぞれ消費する。
「そういう友恵はどうなの? あなただって結婚を考えてもいい歳だと思うけど?」
恋華が訊くと、総支配人はため息混じりに答えた。
「如月様、あまりそういう話はしないでください。私は結婚などに興味はありません」
その態度は、既に何度も同じことを言われ続けたでろう人のものだった。どうやら本人にその意思はないらしい。
「そもそも、私は理想が高いですからね。相手に選ぶなら、世界一のホテル経営者かオーナーでなければ満足しません。ですが、ゆくゆくはこのホテルが世界のトップを取ります。そうなれば条件に合う人間は存在しません。つまり、私には結婚など無縁です」
相変わらずの自信過剰振りだな。たしかに総支配人のお眼鏡に叶う人間など、世界中どこを探してもいないだろう。
「さて、そろそろ始めよう。まあ、まずは練習だ、お手柔らかに」
先ほどと同じように、時計回りで順にカードを引いていく。最初は順調にカードを揃えられたが、後半になって中々揃わなくなってきた。そしてついに俺の手札にジョーカーが行き渡る。俺は気づかれないようにポーカーフェイスを貫いているつもりだが、周りからはどう映っているのだろうか。
そしてしばらく何もないまま進行していく。
ジョーカーは俺の手札から離れない、少しだけ焦りが出てきた。やばい、このままじゃ負けるのは俺じゃないか。
「はーい、私勝ち抜けー」
一番先に上がったのは本堂先輩、そして次にジョーカーだけになった俺が総支配人に引いてもらう形でクリア、総支配人と恋華の一騎打ちとなる。
総支配人は恋華と目を合わせることなく、ただ裏面にしたカードを前に突き出す。確率は二分の一、ジョーカーを引かなければ恋華の勝利となる。
気合を入れ、素早くカードを引き抜く恋華。こういうのは多分、気持ちの問題なのだろう。しかし残念ながら引いたのはジョーカー、ゲーム続行である。
だがその後の勝負は一瞬だった。総支配人は迷うことなくカードを引き、あっさりと二枚のカードを揃えた。
「悔しいけど面白かったわ! 次が本番よね? って言っても、私にはペナルティとかないんだけど」
恋華は惜しくも負けてしまったが、ゲームを始める前より上機嫌だ。
一番気楽にできるという点では羨ましい。恋華はゲーム中も終始笑顔で、純粋にババ抜きを楽しんでいた。だが、ジョーカーを持っていた時もそれらしい反応は一切なかった。恋華からカードを引く立場である俺には不安材料だ、ある意味思考が読めない。勝負に賭けが存在しない恋華の心情は他の二人とは違う、本番はそれも踏まえて臨む必要がありそうだ。
再び全員でシャッフル。そんな中、俺は負けた時の罰ゲームについて考えていた。何でも一つ命令か。本堂先輩が一位になったら最悪だな、とんでもない命令をしてきそうだ。だが、総支配人も安心とは言えない。このゲーム、最下位だけは何としても回避しなければ。
考えているうちにトランプを配り終わり、俺は手札を確認する。手札には勝利するために最も邪魔な異物、ジョーカーが混じっていた。
ババ抜きは腹の探り合い。しかし、重要なのはセンスや集中力だけではない。不確定要素が含まれるゲームでは運が最大の武器だ。
今すぐにでも手札から消えて欲しいジョーカーだったが、中々引いてもらえない。総支配人の手は何度かジョーカーへと伸びるが、引くのは別のカード、このまま行けば負けるのは俺だ。
「悪いな、勝ち抜けだ」
一番最初に上がったのは総支配人、驚異的なスピードで、無駄引き無しのストレート勝ちだ。
さすがは完璧超人、一人だけ凡人の遥か先を行っている。
だが一人上がっても、ジョーカーは変わらず俺の手元にある。
「ふふ、さてと、最下位への命令をちょっと考えておこうかな」
その後もゲームは荒事も起きず順調に進み、本堂先輩がバンザイしながら上がる。
「やったー! 罰ゲーム回避ー!」
残るは恋華と俺。この場合、負けて罰ゲームを受けるのは俺のみ、ここは心を鬼にして勝ちを狙うべきだろう。恋華は負けてもペナルティはない。
しかしゲームとはいえ、女の子と二人で見つめ合うというのは少し恥ずかしいな。顔がにやけそうで怖い。
「颯斗、あなたは私の下僕みたいなもんなんだから、ここはご主人様に勝ちを譲りなさいよ」
「いや下僕じゃねーから! 俺は総支配人から何でも命令とか絶対嫌なんだよ!」
これは譲れない戦いだ、俺の平穏無事な生活がかかっている。
「可愛くないわね。まあいいわ、どうせ普通にやっても勝つのは私だし」
「言ってろ、俺だって負けねーから」
手札は俺が二枚、恋華が一枚、確率は二分の一。
恋華は念入りに俺を観察し、両方のカードを何度も手で掴み、反応を伺う。狡い手だ。だがその程度では俺からジョーカーを引き出すのは無理だぞ。そこまでバカじゃない。
「もう適当に引いちゃおうかなー」
「おいおい、せっかくやりたがってたトランプだぞ? もう少し楽しめって」
普通に運任せで引けば、恐らく恋華はジョーカーを回避する。ここは俺が揺さぶりをかけ、恋華にミスを与えなければいけない。生まれ持った運だけで言えば、俺と恋華の差は圧倒的だからだ。
「そんなこと言って、本当は怖いんでしょ?」
「よくわかってるじゃないか。そうだよ、だからさっさとジョーカーを引け」
「嫌でーす、ご主人様が下僕に負けるなんてありえませーん」
慣れない敬語を使ってきてうざいな、煽りとしては中々だ。
「これだあぁっ!」
焦らしに焦らした末、恋華はジョーカーではない当たりのカードを引き当て、ドヤ顔で俺に見せつける。
「はい、颯斗の負けー」
テーブルに重なった二枚のトランプを捨て、勝利を宣言する恋華。たかがカードゲームだが、恋華は非常に嬉しそうだ。相当、ババ抜きが楽しかったのだろう。初めてプレイした子供も、みんな最初はこうだったのかもしれない。
だが負けた、これで罰ゲームは俺。まあ、恋華が楽しそうだったし良しとするか。
「おめでとうございます如月様。やはり颯斗では相手になりませんね」
「当然よ、私を誰だと思ってるの?」
恋華は勝ちに酔いしれ、綺麗な金髪を手でなびかせる。
「颯斗。たしか一位は最下位に何でも命令できるという罰ゲームだったな。さて、何にしてやろうか」
総支配人は不気味な笑みを浮かべる。
「まあ、とりあえず今のところはいいだろう。後で何か命令してやる、その時を楽しみに待っていろ」
俺はその時が永遠に来なければいいのに、と心の中で祈った。
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