第4話 世界の意思。

 ピンポーン。

 両親が慌しく家を出た後、玄関のチャイムが鳴った。

 今までより早い時間だが、ユウキが迎えに来たことは確かめなくてもわかる。もう何度も繰り返していることだ。

「はーい」

 ボクはランドセルを背負って、玄関に向かう。何をしても無駄だと知った今、完全にボクの心は折れていた。家を出る時間を変えたって、家から出なくったって、姉は死ぬ。だったら、この繰り返される数時間の中で、姉と過ごすのもいいかもしれない。この時間の中でなら、姉は生きているのだから。

 ボクにはもう、抗う気力は残っていなかった。

「お待たせ」

 玄関のドアを開けると、ユウキはこれまでと違う微妙な顔で立っていた。腕にポメを抱えている。

 ポメとはユウキの家のペットのポメラニアンだ。ちゃんとした名前が他にあったのだが、ユウキ父が「ポメ、ポメ」と連呼しすぎて、自分の名前をポメだと認識してしまったらしい。他の名前では反応しないので、ポメが正式な名前になった。

「なんでポメと一緒?」

 ボクは首を傾げる。

「イシガミケイタ。お前に話がある」

 ポメから声が聞こえた。

「……腹話術?」

 思わず、ユウキに確認する。違う、とユウキは首を横に振った。

「中に入って、話をしていいか?」

 とても困った顔でユウキは言う。イケメンは困った顔も男前だ。

「いいよ」

 ボクは部屋にユウキとポメを通した。

 ユウキはポメを床に下ろす。手放して、安堵を顔に浮かべた。しゃべるポメは相当不気味だったのだろう。

 ボクも普通なら、大騒ぎする。だが、今はそんな気力さえ残ってなかった。心が萎えている。

 ポメはぶるぶるっと水しぶきでも飛ばすかのように身体を震わせた。

「やれやれ、窮屈だった」

 ぼやいて、前足を片方ずつ前に出して伸ばす。ストレッチしていた。

「さて、イシガミケイタ。私は“この世界の意思”だ。いい加減、時間のループから抜け出して世界を救ってくれ」

 ポメは上から目線で語る。

「世界の意思って何?」

 ボクは尋ねた。

「この世界に漂う無数の意識が一つに集まった存在だ。今はこの犬の身体を借りている」

 ポメは説明する。可愛い外見に似合わない、大人びた口調だ。ギャップが凄い。

「なんでポメ? こういうのって、普通は猫科の動物に憑依するんじゃないの? よりによってポメラニアンって。あざとかわい過ぎだろ。重みがなくて軽いんだよ。真実味がねーよっ」

 ボクは一気にまくし立てた。

「……何を叫んでいるんだ? コイツは」

 ポメはユウキに尋ねる。

「気にしないでくれ。ちょっと、パニックを起こしているだけだ」

 ユウキがボクに代わって、説明した。

 その通りだ。ボクは今、軽くパニクっている。

「世界を救えって、意味がわからない」

 ぼそっと呟いた。

「簡単だ。ループしている時間を先に進めればいい。それだけで、お前は世界を救ったヒーローになれる」

 ポメは世界中でループが繰り返されていることを話す。ほとんど人間は、今日が繰り返されていることに気づいていなかった。だが何度も繰り返されるうちに、違和感を覚える勘のいい人間が出てくるだろう。その人数が増えれば、世界はパニックに陥る。その前に、ループから抜け出せと言った。

「ヒーローになんてならなくていい」

 ボクの言葉にポメにふっと息を吹いた。どうやら、笑ったらしい。

「何故自分が――、とは聞かないんだな。このループの原因が自分にあることは自覚しているのか」

 まん丸の目でボクを見た。

「……」

 ボクは答えない。

「お前は世界と繋がった。世界はお前の意思に呼応し、姉の死を何度もなかったことにしている。この世界がループしている原因はお前だ。いい加減、姉の死を認めろ」

 冷たい声で言った。

「嫌だ」

 ボクは断る。

「姉ちゃんが死ぬ世界なんて、いらない」

 言い切った。

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