第2話 絶好の夜

『ただいま、お母さん。今日の分…』


 私の故郷は寂れた小さな集落だった。私が生まれてすぐに「王からの命令」と称して貴族に牛耳られた為、全住民は苦しい生活を強いられていた。

 そんな境遇だったからこそ、私は貴族や上級民族を酷く嫌っている。


『こんなに沢山…大変だったでしょ? 働き先もよく見つけたね』

『…ま、まあ、特に苦労はしなかったよ。…もしかして、私の天職が盗賊だから…とか?』

『幼い頃に小さな盗みを働いた時から、少し嫌な予感はしていたの。ねぇ、本当に大丈夫なの?』


 母の言葉一つ一つが私の心に突き刺さる。本当は働いてなどおらず、必死に盗み稼業をして生きているなんて、絶対に言えるわけがなかった。

 でも、生きる為にはこうするしか私達には残されていなかった。


『…だ、大丈夫だよ。それに盗賊ってね? 悪い意味だけど、物を運ぶ事も多い天職だから、比較的力も強いんだよ? 配達の仕事とか必死にやってたら、これくらいは行くって、王都だしね!』

『そう? …ならいいけど』


 それっぽい嘘をついて適当にごまかす。故郷に帰ってする会話がいつもこんな感じだった。


『…仕事も大変だし、余り長居はできないけど、ごめんね?』

『いいのよ。娘が頑張っているってだけでも、私は嬉しいから。でも…絶対に、他の人に迷惑はかけないでね?』

『ぅ…ぅん、勿論だよ』



 ★



「…お母さん、ごめん。これも全て…お母さんの幸せの為だから」


 他愛もない過去を思い浮かべながら、屋根の上で夜の王都を眺める。

 王都の夜は静かだ。

 酒場のある南東部は比較的賑やかだがそれ以外は見るも無残な感じである、つまり行動するには絶好の機会という訳だ。

 まぁでも当然の如く王城への入り口は頭のお硬い兵が常に待機している、出来るなら侵入の時に大事は避けたい物だ。


「…時間に余裕のない勇者パーティなら出発は恐らく早朝。盗むのならやはり夜のうちにやらないと行けないけど」


 不幸な事に勇者パーティーは王城の中に入ったきり戻ってくる様子はない。どうせ奴らの事だ、王や王妃にもてはやされて宴やら駄弁りやらして泊っていく流れなんだろう、つまりこちらに残された時間はそう多くはない。

 盗賊としては非常に迷惑な話なのだが。


「うぅ~ん…どうした物かな。中心街の大通りから加速して逃げるとなると、人が少ない今が一番いいんだけどなぁ」


 城には上から侵入できそうな所が複数あるが、そこにも兵士が一人づつ配置されている状況。二人で待機している入口よりかは遥かにマシだが。


「……まぁ結局最後は強行突破しかないよね。あんな腹立つどや顔してるとはいえ、勇者は勇者なんだし。後の事は城に入ってから考えよ。終わりよければ全て良しだしね」


 ひょいっと屋根を飛び下り路地裏の影から《盗賊スキル:超飛躍ハイジャンプ》で登れる圏内の所まで接近し兵の様子を伺う。こっからでも分かる通り、中の様子を羨ましがるような顔している、どうせ一兵卒の奴なんだろう。


「私みたいに飛んでくる奴もいるんだから、一兵卒に警備させるの止めたらいいのにって毎回思うんだけどね。ま、有難いし良しとしよう。さぁ~ってと、《盗賊スキル:超飛躍ハイジャンプ》!」


 一回の飛躍では絶対に届かないが、途中の壁を経由して登れば何てことはない。

 本当に超飛躍は便利だ。2年前に宝石商から金を盗んだ際に修得して以来ずっと愛用している。


 ★


「はぁ…中は勇者パーティと王に王妃、挙句の果てには隊長まで入れた宴祭りか。羨ましいなぁ、こんな所警備して何になるんだよ、たくよぉ」


 城を登りきって兵の背後に到達する。何になるって、私みたいな奴がいるからでしょうに。

 まぁ位の高い奴らばっかり優遇される気持ちは本当に分からなくもないが、今は盗み仕事中なのでそんな同情はしていられない。


「失礼しますよっ……と!」

「ん……何だ貴様…がっ!?」


 首元を短剣の鞘で強く突いて兵を地につかす。あくまで侵入の為の処置だが起きる前に盗んでしまえば問題はない。


「さて、一先ず侵入したはいいけど、中で見つかっても厄介ね。……あそこの窓から中の様子見れたりしないかな」


 屋根の方に移動し、他の兵士に気を付けつつドーマーから中の様子を覗く。先ほどの兵士が言っていたように、そこから王族と勇者パーティーが会話しながら豪勢な宴を開いていた。


「どうだね? 魔王討伐の方は」

「ははは! 心配いりませんよ、王よ。勇者の剣も手に入れる事に成功し、後は盾を見つけて魔王城に乗り込むだけです」

「全く、ジャックは調子に乗って…」

「こういう時くらい、良いじゃないですか?」

「そうだそうだ!!」


 笑い声が聞こえる、聞いてる側はちっとも笑えないし、寧ろ腹が立ってくる。

 私みたいな他の下級都民の事など一切考えない至福のひととき。もうこれだけで反乱が起こせるんじゃないかと少しばかり思えてくる。

 幼い頃、私はああいう食事に心から憧れていたんだ。今ではそれが手に入るかもしれないという想いに捕らわれていて、前以上の憧れは感じていないのだが。


「あぁ…そのことを考えると余計にムカついてきた」


 頭をかいてボヤく。もうこのまま突入してやりたい気分を抑え落ち着こうとする。……が


「…はぁ、声がここにまで聞こえてくるぜ。…って、おい! 貴様何をしている!」

「…あっ」


 イラだちからか反対側の兵士の事をすっかり忘れてしまった。勇者たちの大きな笑い声のせいなのもあるだろうが、自分のこの短気な所にも足をすくわれる。


「王城に侵入か? 愚かな賊だな」

「こいつ、例の白銀の盗賊じゃないか? 手配者だ! 応援呼べ!」

「不味い…」


 下りて逃げるか? いやここで逃げてしまってはここまでの侵入も全部水の泡。それに中の宴の様子も件によって不穏な物へとなっている。

 母と生活の為にも、それは絶対に避けなければならない。

 つまり、今自分に逃げるという案は残されていない。

 捕まって牢で過ごすか、或いは…。


「…なら、答えは一つ」

「何を!」


 短剣の鞘を向け、そのまま身体ごとドーマーの窓ガラスを破る。身体は私の髪と同じ色をした綺麗な硝子の破片と共に、王と勇者パーティーのいる部屋へと落下する。


「なっ…何事だ!」

「王! この容姿、盗賊です! ここは俺らにお任せを」

「アンタ、ここが王城だと分かっての行為かしら?」


 勇者パーティは私に鋭い視線を向ける。王都にいる民達は奴らがこんな顔をするなんて思ってもないだろうな。

 勇者とはまるで真逆な汚い眼だった。


「勿論わかってる。でなきゃバカでもここに来ないよ」

「貴様、何が狙いだ。ここに侵入したその罪、ただでは済まぬぞ?」

「狙い…? それはもちろん……」



「金になりそうなその剣さ!」



 私は勇者の剣に指をさし、それ目掛けて一閃に駆けだした。

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