速報! 勇者の剣、盗んでみた。 ~魔王討伐、代わりにすることになりました~

神咲

Prologue

第1話 王都の影

『いつになったら金を納める?』

『すいません、もうすぐには…』


 弱者は常に強者によって言いようにされる、私はそれを幾度となく見てきた。

 強者は弱者の都合なんか考えない、考えるのは自分の利益と尊厳だけ。

 母が貴族に蹴られ、殴られ…私はそれをただ見てるだけに過ぎなかった。


 自分は、盗賊という天職を与えられていたというのに…。



 ★



 王都の商業区、ここは昼間になると人通りがかなり増える。農業区で育てた野菜を売りに来る者、自分で織った衣服を売りに来る者、そしてそれを購入しに来る人、様々な人が入り乱れる。

 私、ソラもその中の一人。フードを深々とかぶり、露店で買ったパンを貪りながら今日は何があるかを観察するだけの一般客。しかし見ている場所はそんな野菜やら衣服やらの場所ではなく、宝石やら金属類等が多く置かれている上級民族御用達の区画だ。

 別に大金があるわけでもない自分が、何故そのような区画にいるのか…理由は一つしかない。


「お母さん、今日はこんな品を取り寄せたぜ? どうだ?」

「あらま、素敵ね!」


 目の前で宝石商と貴族の女性が幸福そうな会話を見せている。何一つ不自由のなく、寧ろ贅沢をする余裕がありそれを当たり前と感じている様な顔。その顔を見ると私は非常に気分悪くなる。

 それも過去があるからだろうか? 今となってはそれも良い思い出話にすぎないが。


「さてと、仕事するかなっ」


 その宝石商と貴族がいる露店目掛けて勢いよく駆けだす。


「…ほいっと! おじさん隙だらけっ!」

「きゃ? 何、何ですの!?」

「あ、テメェ、オイ! またお前か! 待ちやがれ!」


 宝石商の露店を飛び越え、背後にあった宝石の箱を担ぎ逃走する。周りもこちらに気づいたのか様々な表情をする。


「何、賊? こんな王都で? 度胸ある子ね」

「アイツ、この辺じゃちょっと有名だぜ。おい、誰か兵士呼んで来い!」

「危ないから逃げましょ」


 戸惑う者、怒る者、逃げる者、追う者、ここ王都には様々な表情が垣間見える。中でも上級民族が戸惑ったり、逃げたりする時の表情を見るのは個人的に快感である。何しろ普段他人を見下している顔が、一瞬にして崩れ去るのだから。


「いたぞ、例の白銀の盗賊だ! 今度こそ逃がすな!」

「追いつけるものなら追いついてみなよ!」

「クソ、毎度の如くはえぇ!」


 いつの間にやら兵士達に存在を知られる程になっていたようだ。

 短い銀髪を揺らし、王都での盗み稼業を常日頃からやっていたことから、白銀の盗賊などと呼ばれるようになってしまった。自分は別に何にも思っていないのだが。


「ほんっと毎度毎度しつこいなぁ。…荷物も重くなってきたし、そろそろトンズラするね!」

「貴様、待て!」

「せ~の……《盗賊スキル:超飛躍ハイジャンプ》!」


 足に魔力を巡らせ、地を蹴り上げ家の屋根にまで飛躍する。このルートは毎度の如く使っており、屋根まで上れば裏路地の方に逃げ込んでそのまま抜け道を通って王都から少し離れた隠れ家まで移動することができる為、追手を回避しやすい絶好のルートとなっている。

 屋根を伝い、ちょうどいい場所で飛び下り、路地裏に着地する。

 着地した先の目の前には私みたいな盗人御用達の闇商店がある、ここで盗んだ宝石や金品は売り払うのだ。


「…ん、おぉ、ソラか。また派手にやったようだな! ガハハ」

「まだ追われ中だから、余り大声は出さないで。ほらっ、今日の品だよ。出来るだけ早くお願い」

「はいよ…にしても、お金の方まだ足りねぇのか? あんたの母親も大変だな」

「幾らあっても足りないよ…お金なんて」


 盗んで得たお金の7割は母に仕事で得たお金と称して送っている。盗んでお金を得たと言ったら、それこそ忌み嫌われて、母にまでその被害が飛ぶかもしれない。

 私みたいな弱者は、こうして生きていくしかない。でもバレてしまっては元も子もない。

 本当に、生きづらい世の中だ。


「ほらよ、金貨15枚に銀貨30枚だ。普通ならもっと少ない額だが、まぁ今回は特別ってことで…」

「うん、ありがとう。母なら1年くらいはもつかな」

「それくらいヤバイのか」

「借金とか家の代金とか、色々ね」


 闇商人に礼を言い、静かに外へ出る。兵士の声は聞こえなくなっていた、先ほどまであんなに元気だったのに、どうしたというのか。

 盗賊程度に時間を割けないと言えばそれまでだが、呼び名までつけられた程の常習犯を数分程度であきらめるだろうか? 王都の方針で考えたら十数年くらいは牢獄入りなくらいやっている筈なんだが。


『――見て、勇者パーティよ!』

『噂通りの美形だな、羨ましいぜ』

『他の仲間も強そうだな』


 ――そんな時、中央通りの方が騒がしくなっていた。どうやら勇者パーティというのがやってきたらしい。噂程度にしか聞かないが、実際どういった存在なのかは余り知らない。


「勇者パーティが来たか。何やら王から直々に魔王討伐を命じられた勇者の血を持つ男とその仲間たちって話だぜ? 何やらその仲間にも魔王を倒せるほどの技量と器があるとかなんとか? 詳しい話までは知らねぇが」

「ふ~ん?」


 闇商人が騒ぎを聞きつけ、私にそう話す。勇者…闇商人の話では、それは王の次につく地位だという。もうそれだけで腹立たしい気分になる。


「ちょっと様子見てくる。《盗賊スキル:超飛躍ハイジャンプ》」

「おぅ、見つかるなよ~」


 屋根の上に飛躍し、その陰から中心街の様子を眺める。鎧を着た金髪の男に、魔法衣を着た女性が二人、大柄な男が一人といった感じか。旅の途中で魔物なんて幾らでも倒しているだろうし、金ぐらいは多少持っていそうだけど…。


「さすがの歓声ね、ジャック」

「ははは、当たり前だろう?」

「あまり調子にはのるなよ」

「皆さん、歓迎ありがとうございます」


 他の仲間たちは至極どうでもいいが、勇者と思われる方の男が見せるあの愉悦な顔は私にとっていい気分はしなかった。何か盗まれて酷い目にあってもらいたい所だが、これから王城に侵入するであろう勇者パーティに盗みに入るなど、可能ではあるだろうがリスクがでかい。わざわざ動く必要はないだろう。

 と、屋根から降りようとした時、勇者パーティのある会話が耳に入った。


も手に入った事だし、これで魔王討伐に一歩近づいたという訳だ」

「試練っていったけ、スゴイ苦労したわ。早く城に行って休みましょ」

「えぇ、私も疲れました」


 …勇者の剣? 何それ、めっちゃ気になる。

 振り返り、勇者の方を見ると、その手には魔法石と思われる装飾が取り付けられ、刀身からは強い魔力を微かに感じられるような剣が握られていた。アレの事を言っているのだろうか? まあ確かにこの辺じゃ見かける事は絶対にないだろうが。


「…材料もってって鍛冶屋に頼めば再現できそうな感じはするけど…とりあえず《盗賊スキル:解析眼サーチ》」


 アイテムの材質等を解析するスキルでその剣を覗き見る。基本的に解析できない物はない優れものなのだが…。


「解析不能…まじ!?」


 信じらんない、この眼ポンコツ? いや、自分の眼に何言っているんだ自分は。

 でも私の眼をもってしても解析できないという事は…つまり。


「本当に勇者の…剣? うわ、めっちゃ強そう、あとめっちゃ高そう…あれを売れば、もしかしたら…」


 盗んで売り払えばそれこそ闇商人に言っても出せる筈がない金額だったり、一生過ごせる程の金額になるかもしれない。


「盗んで売って金を送れば…何とかなるかもしれないな。…そうと決まれば、やる事は一つだ」


 バレないように屋根を下り、王都の影へと消えていく。そうこっそりと。

 相手は勇者パーティ、相当警戒心は強い筈。なら策は練っておくに越したことはない。

 でもこれを果たす事ができたなら、私の目標は達成されるのかもしれない。

 そう考える私は、これから命がけの争奪戦を行うというのに…どこか笑っていた。

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