本編5章始め

皇女とのお茶会

第10話 王太子からの贈り物

 精霊の初恋と名付けられた隣国サタール産の苺は、口に入れた瞬間精霊の祝福を受け幸せが訪れるという。

 一口では食べきれない特大サイズのそれを、サクラは震える手でつまんだ。

 ぷっくりと丸く赤い果肉は艷やかで、見ているだけでじわりと唾液が出る。


「こ、これが一粒三万の高級苺……!」


 ごくりと唾を飲み込む。

 恐る恐る、小さくかじる。

 濃厚な甘みと少しの酸味。芳しい香りがふわっと広がる。あまりのおいしさに、サクラは雪の中に可憐な花を見つけたくらいの小さな幸せを感じた。


「かじっただけでこれじゃあ、全部食べたらどうなるの。恐ろしい果物だわ」

「仰々しいわね」


 侍女のカリンが呆れながら半分ほど頬張る。

 咄嗟に口を抑え、目に涙を浮かばせた。


「幸せってこういうことなのね」


 しみじみとつぶやく。

 彼女は昨日、実家から結婚の催促の手紙が届いていた。


 サクラたちは今、城の皇女の部屋でお茶会中だった。厳しい女官の目を盗み、皇女と侍女が同じ机を囲う。

 今日のおやつはサタール国のシルヴァン王太子から贈られた苺だ。

 高級苺は侍女たち庶民の舌には刺激が強すぎたらしい。皇女にもう一つどうかと勧められたが、サクラは大きく首を振った。


「いつもの苺が食べられなくなりそうなので」


 するとすかさず侍女のモモの手が伸びた。

 一粒三万を躊躇なく、もぐもぐごっくんと飲み込む。


「はあ~。幸せ~」

「あんたの頭の中はいつも幸せそうね」

「カリンさんひどいですぅ。これでもモモは今、すっごく悩んでいるんですよ」

「えっ」


 カリンに衝撃が走る。


「大丈夫? 熱でもあるの? それとも、明日槍が降るのかしら」

「もうっ。カリンさん、モモだって悩みくらいありますよ」

「ちょっと言ってみなさいよ」

「実は最近、城の使用人たちの身辺調査がこっそり行われてるらしいんですよ。だから気が気じゃなくって」

「やましいことでもあるの?」

「“バルカタル城七つの伝説”本を作ったことバレたらどうしよう」

「何やってるのよ」


 カリンに胡乱な目を向けられ、むうと頬を膨らませる。


「カリンさんだって、秘密くらいあるでしょ」

「私はお祖母様の顔に泥を塗るわけにいかないもの、変な行動なんてしません。それより、一番知られたくない人がここにいるじゃない」

「あ」


 カリンとモモは正面に注目した。

 サクラと皇女、似た顔が並んでいる。


「皇女の影武者はやばいですね。そもそもきちんとした手続きしていないんですよね?」

「で、でも一応、陛下公認だし?」


 皇女付きの侍女ともなれば、通常は身元がしっかりしていなければならない。

 モモは試験を受ける前に書類を提出し、実家を調べられている。

 カリンは城に仕える親戚も多く、特に祖母が皇女の母親の侍女だったこともあって、書類のみで入城できた。


 一方、サクラは皇女が突然連れてきた少女だ。

 皇女はにっこりと笑う。


「ちゃんと書類は揃っているわ」

「正しくは紛れ込ませたんですよね」

「受理されているもの」


 美しい笑みを崩さずしれっと言う皇女。

 どこからそんな度胸が出てくるのかとカリンは呆れるしかない。

 モモは楽しげだ。

 

「そういえばあ、ツバキ様とサクラさんはどこで出会ったんですかあ?」

「セイフォンのリルーカ村よ」

「他州なんですね。どうしてそこへ?」

「リルーカ村はね、お母様の故郷なの」

「サツキ様の!?」


 皇女の顔が懐かしそうに綻ぶ。


「どうしても行ってみたくなって、カオウに瞬間移動してもらったの。そしたらサクラを見つけた。ね?」 

「はい。最初は驚きましたよ、自分と同じ顔の女の子が突然現れたんですもの」


 サクラも思い出して微笑む。

 モモは興味深げに身を乗り出した。


「サツキ様と同じ村……。サクラさんはサツキ様のご親戚だったんですか?」

「どうなんだろう。小さい村だから、先祖を辿れば同じかもしれないけれど」

「先代皇帝とサツキ様の馴れ初めはご存知ですか?」

「さあ。突然陛下がいらしたときは村が大変な騒ぎになったってことしか。父に聞いたけど教えてもらえなかったの」

「そうですか……」


 がっくりするモモ。

 カリンが訝しむ。


「どうしてそんな落ち込むの」

「次は”バルカタル城七つの秘密”でも出そうかと」

「出すな」

「えー。城では娯楽が少ないので、前作はなかなか好評だったんですよ? 特に、駆け落ちした皇女の話が人気で……」

「はいはい。もうすぐアベリア様が帰ってくるわ。そろそろお開きにしましょう」


 カリンがパンッと手を叩いてまったりした空気を変え、お茶会は終了した。




 お茶会という名の休憩が終わったサクラは、別室に届けられた大量の荷を整理していた。

 新年の挨拶として高価な品々が連日贈られてくるのだ。

 先ほどの高級苺もその一つ。サタールからは他にも宝飾品や、月瑠という非常に珍しい花の苗をもらっていた。

 月瑠は管理は難しいが、数日間月の光を浴びると花開き、夜露に濡れた花弁から心安らぐ香りが広がる。


 サクラは月瑠に添えてあったシルヴァンからの手紙を開いた。サクラ宛てなのは、皇女の庭を管理していると知っているからだろう。

 育て方や開花の条件が主な内容だったが、最後に『花開く日に再会できることを楽しみにしています』と書かれていた。

 開花時期は翌月。


「ツバキ様の誕生日パーティーまでに咲かせるようにってことかしら」


 ふう、とため息をつく。


 皇女セイレティア=ツバキとサタール国王太子シルヴァンが婚約したと知ったのは年末頃。

 ただ、皇女の授印であるカオウが反対しているため公にしてはいない。さすがの皇帝も龍の魔物を無視して強引に話を進めることはできないのだろう。

 だが詳しい事情を知らないサクラでも、国政が絡んだ婚約解消がいかに難しいかは想像できる。

 もし解消できたとしても、皇女が魔物と結婚するなど前代未聞だ。

 異種間の婚姻は法律で禁じられている。

 完全に人の姿に転化できるとしても、魔物に戸籍などないので結婚はできない。


 ふう、とまたため息をつき、サクラは手紙から月瑠へ視線を移した。

 これを皇女へ贈ったシルヴァンの真意を考える。

 彼も婚約破棄には同意しているらしいが。


「月瑠の花言葉は、密かな恋心」


 ちくんとサクラの胸が痛む。


「きっとシルヴァン様は、ツバキ様のこと……」


 はあ、と深いため息をついた。

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