本編2章22話の翌日
お見合い(皇女不在のため)
第7話 フラグの予感
後悔先に立たず。
いや、後悔はしていない。
──してない……けど。
「ちょっとサクラ、顔しかめるのやめてよ」
サクラに化粧を施してた侍女のカリンが煩わしそうにガンを垂れる。
「目が怖いよ、カリン」
「ならじっとして目を閉じなさい」
サクラは少し顎を上げて軽く目を瞑った。
昨夜、主人のツバキが急遽帰国したため、影武者のサクラがサタール国での公務をすることになった。
公務の内容は、国内の複数の施設を視察すること。
それ自体は大変ではない。厳しい女官仕込みの皇女らしい所作を真似ればいいだけだ。
サタール語も基本は通訳がついているし、簡単な受け答えはできるので今日一日くらいなら乗り切れるはず。
しかし、同伴する相手が問題だった。
相手は第一王子のシルヴァン。
今回は皇女セイレティアの見合いも兼ねており、視察と同時に親睦を深めるため彼も付き添うらしい。
サクラは前回影武者として彼と会ったとき、彼のキラキラ王子スマイルと、泉のように湧き出てくる誉め言葉に照れてしまって、まともに会話ができなかった。
猛省して、二度とそんなことがないように城で働くイケメン衆に協力してもらって免疫を付けた。
あれはあれで恥ずかしかった。危うく本当に口説かれていると錯覚するところだった。
「サクラ、鼻がひくひくしてるんだけど」
「あ、ごめん。ちょっと思い出しちゃって」
「あとはチークを……はい、できた。目を開けていいよ」
言われた通り目を開けると鏡の中に敬愛するセイレティアがいた。
出来栄えを褒めるとカリンは当然という顔で手際よく化粧道具をしまい、小さな貝殻のついたネックレスをサクラに渡す。
これは声を変える道具だった。
これをつけてしゃべると、あらかじめ貝殻に吹き込んでおいた声音が口から出るようになっている。
とはいえ結構魔力を使うので、つけている間はなるべく話さないようにしなければならない。
「じゃあ、がんばって。しゃべりすぎないように気を付けなよ」
「うう。ちょっと胃が痛い」
「あんだけ意気込んでたのに、今更怖気づくの?」
呆れたように言われ、しょげるサクラ。
今回、影武者をすると提案したのはサクラからだった。契約している魔物と長期間離れており、寂しさに耐えかねて国へ帰った主人のため。
主人の役に立つならどんなことでもする気でいるから、代わるのは構わない。
サクラの胃を刺激するのは、主人が去り際に放った爆弾発言だ。
──シルヴァン様にプロポーズ(仮)されたってどういうことだろう。
サタール国が役職のないセイレティアを望んでいることは知っている。それにしても突然過ぎやしないだろうか。
──まさか、ツバキ様を好きになったとか?
昨日の建国記念式典も常に一緒にいたから、ありえない話ではない。お似合いだという声もちらほら聞こえたらしい。
──どういう顔で会えばいいのか……。返事を求められたらどうしよう。
せっかく出来上がった皇女の顔をしかめていると、またカリンの鋭い睨みが突き刺さった。
とにかくやるしかないと覚悟を決めて、サクラは貝殻のネックレスを付けた。
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