第6話 王太子


 庭園から離れたシルヴァンは困惑していた。

 二つの大国に挟まれた小国サタール。生き残るため強力な後ろ盾を得ようと、幾度となく婚姻という縁を言い方は悪いがうまく利用してきた。そして、次期王妃の最有力候補は大国の一つ、バルカタル帝国の皇女セイレティアだ。魔力はさほど強くなく、病弱で臆病という噂があり、王妃に相応しくないと否定的な意見もあるが、地位は申し分ない。

 周りはそう信じている。

 周りは。


 そんなやり方で自国を保とうなど、いつまでも出来るわけがない。

 これまではバルカタル帝国が戦争をけしかける側だったから、ウイディラはバルカタルを刺激しないよう間にあるサタールと表向き友好なふりをしていたにすぎない。

 しかし、先代の皇帝から風向きが変わった。

 それを好機とばかりにウイディラが不穏な動きをしているという報告もあり、これまでのように婚姻関係だけで安眠を得るなど愚策に過ぎない。


 さらに年々上がる防衛費。肥よくの地以外これといった資源のないサタールは常に金策にあえいでいるというのに、国民を守るための防衛費を確保するため国民に重税を課そうとするなど本末転倒だ。

 それよりも、早々にバルカタルと同盟を結ぶなり、場合によっては属国に下る道を選ぶべきだとシルヴァンは考えていた。ジェラルド皇帝とも秘密裏に話を進めている。


 だいたい、皇帝の妹なんて高嶺の花すぎるのだ。大帝国から小国へ嫁ぐなど降嫁するようなものだから、気位の高い人なら屈辱と感じるかもしれない。

 

 そう考えていたから、昨夜のパーティーでは、早くお目当ての皇女と話をしろとせっつく両親から逃げるようにバルコニーに隠れていたというのに。まさかセイレティア自ら現れるとは思っていなかった。


 噂に違わぬ美しさ。しかしその表情は青くなったり赤くなったりせわしなく、凛々しい目元なのに遠慮がちな眼差し。美しいというよりかわいらしいという表現が合っている。


 自分でも驚くべきことに、もっと知りたいと思ってしまった。しかし話せたのはわずかな時間で、するりと手から離れてしまった。だから心残りがあったのだろう、庭園に立ち寄り、期せずして再会できた。

 変わらず美しく、気品ある堂々とした佇まいに、強い意志を秘めた瞳。


 昨夜とは雰囲気が違った。体調が戻られたからと言われたらそうかもしれないが。

 ふと、微かに土の付いた親指に気づく。先程侍女の頬に触れた指。

 面白い侍女だった。頬を染める表情はまさに、昨夜の──。

 

(疲れているのだろう)

 

 頭を振る。自国のために、考えなければならないことが山ほどある。昨夜の想いは一時の気の迷いだったのだ。


 シルヴァンは指に付いた土を払い落とした。

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