最終章 第2話
凄まじいノイズが、脳内に響き渡る。雑音の嵐、騒音の豪雨。人間であった頃なら頭が割れそうだと思っていたに違いない。
思考が纏まらず、頭を抱えながら
「まるで、子供……」
思わず呟き、しかし気付く。第一機神は、まだ子供なのだと。
人間以上の知識を持ち、人間を凌駕する力を持つ。けれど彼は、感情というモノを得てから一時間も経っていない。知識だけを詰め込んだ子供なのだ。生まれてから17年しか生きていない私よりも、遥かに小さい。
だが、彼は人間ではない。己の意思を曲げることは不可能で、意思を曲げずに歩みを止める方法も知らない。獲得したばかりの感情に
その証拠が、私の頭に、恐らく朱希や他の機神たちにも吹き荒れているに違いないノイズの嵐だ。
第一機神の放つ「怖い」「嫌だ」「認めない」という思いが、暴風に紛れている。
無意識に放たれているであろう、命令とも言えないソレら。
お仕置きをしなければならない。尋常ならざる力を無差別に振るうならば、殴ってでも止めなければならない。
「一応聞いておくんだけど、ダメなんて言わないよね」
己が内の第二機神へと問いかける。だが、口にした通り念のためだ。機神の國は不要だと言った彼女が、私を止めるはずなどない。まぁ、止めようとしたところで強行するだけなんだけれど。
『私から言い出したことだ。止める気はないし、そもそもお前は止まらんだろう』
分かりきっていた答えに安堵した。6対12枚の羽を広げ、眼前の敵を見据える。
「成平さん、周りの機神をお願いしてもいいですか」
第一機神が放つ嵐の如き命令によって、周囲の機神もまた荒れ狂っている。
機神type
だが成平さんは、既に第一機神の発する命令を拒否する
「構わんとも。どうせ、第四機神の体に乗り換えていない今の私じゃあ、第一機神の相手にはならんだろうからね」
しかし、それ以外ならば問題ないと。不敵な笑みを浮かべる彼女は、あまりにも頼もしい。
任せますよぉー、と返せば満足そうな表情で、武器を構えて無数の機神の中へと躍り出た。
「それじゃあ朱希、アレをとりあえず黙らせようか。サポート任せるよ」
改めて見ると、まったく違う美人の姿だ。元々の幼女体系だった彼女の面影はなく、長身で凹凸がはっきりとしている身体は当然ながら全くの別人。身長も私より高いらしい。だが。
「分かってる。任せて」
一見感情の篭っていない物言いと眠たげに見えるその目付きは、紛れもなく朱希のもの。
今の彼女が使っている体は第二機神のもので、その体は第一機神からの命令を受け付けない。この状況でも、意識をはっきりと保っていられるはずだ。
これは、人間と機神の戦争なんかじゃない。機神同士の争いでもない。
「始まりから間違ってて、誰も望んでない未来だったんだもの。止めるよ、
足元にある鉄片を拾い上げ、生身の人間ならば両断するだろう勢いで投擲する。それが戦闘開始の合図となった。
第一機神の体表を削らんと飛来する鉄片を、彼は掴んで同じように投げ返した。今度は私へと飛来する金属片を翼で弾き飛ばしながら、再び鉄片を投擲する。それと同時に、朱希が地を蹴り第一機神へと接近する。
「させないッ!」
飛来する物体を弾こうと振られた第一機神の腕を朱希が蹴り上げ、鉄片が彼の胸へと命中した。ガキィンと金属同士がぶつかり合う激しい音を響かせるが、その体を破壊するには、当然至らない。だが、視線は一瞬私から外れた隙に、足で地を蹴り翼で空を打って跳躍する。勢い任せに数枚の翼を叩きつけ第一機神を吹き飛ばしながら、残る翼で有象無象の機神たちをまとめて破砕する。
先んじて飛び退いた朱希と私で第一機神を挟み、双方から絶え間ない打撃を与え続ける。
相手はかつて最強を誇った機神だが、朱希の体もそれは同様だ。そして数多の機神を取り込んだ私は、機神type
周囲の意思なき機神たちは成平さんの妨害で私たちに近付けず、その妨害をすり抜けたとしても私の攻撃による余波で破砕される。気に掛ける必要もない。
拳を繰り出し、蹴りを放ち、翼を打ち付け、或いは刃を振るう。私に合わせて朱希も打撃を繰り出し、第一機神へとダメージを蓄積していく。そんな彼から放たれる言葉何もなく、ただ獣のような咆哮で泣き叫んでいるだけ。
まるで喧嘩だ。2対1であるから少し卑怯な絵面に見えるが、それだけ相手が強大なのだから許して欲しい。
交わす言葉なんて無い。相手にこちらの声は届かないし、相手から放たれる音に言葉のような意味などないのだ。
生身の人間では近付くのも不可能な次元の格闘戦を繰り広げ、無限に思われた時間は、しかし終わりを迎えようとしている。
第一機神の全身は所々破壊され、内部に張り巡らされた金属管が露わになっている。対する私や朱希もそれなりの傷を負っているが、彼に比べればたいしたことはない。
初めに、第一機神の左手指がバチリと折れた。激しい音を立てながら朱希の拳と激突し、繋がっていた金属管が千切れあらぬ方向へと指が曲がり、そのままの勢いで吹き飛ぶ。
次に、右腕を前腕から切断する。度重なる刃を受けて生まれた僅かな凹凸に、鋸状にした刃翼で執拗に狙い続け、何度も何度も削ってようやく切り落とすことが叶った。まぁ、そのために私の12枚の羽のうち2枚が砕かれたのだけれど。
右足を捩じ切る。第一機神の放った蹴りを私が防ぐと同時、朱希がその足を掴む。私が第一機神の胴体を押さえつけ、朱希によって力任せに捩じられた足が、金属管をブチブチと千切れさせながら付け根から破壊される。
今度は逆に、私の首が抉られた。指の欠けた左手で、欠けた金属が持つ鋭さとその腕力で強引に、私の首を直撃したのだ。人間ならば血を噴いて倒れ、絶命していたに違いない。手負いの獣ほど恐ろしいというけれど、今の一撃はまさにソレだった。自分がもはや人間じゃあなくなっていることに感謝するしかないだろう。
故に、次は左腕を落とすことにした。片足で立つ第一機神の体を、朱希がその身で拘束する。残る10枚の刃翼で左腕の付け根を挟み込めば、火花を散らしてゆっくりと腕が落ちていく。
満身創痍。両腕を失い、片足のみで立つその姿は異様で不気味だが、抵抗力は大幅に削いだと確信して良いだろう。それでも、まだ油断する訳にはいかない。
「そろそろ落ち着いた? 私たちの話を、聞いてくれる気にはなった?」
息を荒げて、などという事はない。私たち機神は人間ではないのだから。故に第一機神の感情を強く私に伝えるのは、その突き殺すような視線だけだ。
「認められんのだ。
泣くような声だ。感情を理解した今の彼だからこその、泣くような声だ。
「認められんのだ、
自責の念に押しつぶされそうになっている。何故あの時、と後悔に押しつぶされそうになっている。
「
あたりから響く成平さんと機神たちの戦闘音にかき消されそうなほどの声量で、彼は口にする。
「———己の道を曲げることが出来ない機神であることが、認められんのだ」
重い音を響かせながら、地へと倒れる。それでも尚、彼は止まれないのだ。機神の國を目指すことを、止められないのだ。それが、認められぬと。
「
それが第二機神たる彼女の、最大の特徴であったのかもしれない。
「だが
突き刺すような、突き殺すような視線を、こちらへと向ける。
「こんな事を気付かせた貴様を、許すことなどできない」
知っている。だから貴方は、あんなにも泣き叫びながら私を滅ぼそうとしたんでしょう。
「
それが、機神だ。対立したなら互いに止まれず、回避を選べず、衝突して正面から踏破するしかない存在だ。今の私は機神となって、彼は今でも機神のままだ。四肢を破損し歩みを進める事すら難しい姿になった彼であっても、打ち倒すしかないのであれば。
『……止めはせん。止める資格など、私にはない』
「
握り砕かれたモノを含めた、6対12枚の羽。それらを構え、第一機神を見据える。初めて、彼と目が合った気がした。
澄んだエメラルド色の瞳に応じるように、その胸に吸い込まれるように、翼を振るう。
私の羽が、第一機神の体が、激しい破砕音を轟かせながら激突する。私の羽には幾つかの罅が走り、第一機神の体はその半分が粉々に砕け散った。露出した
だが、まだだ。まだなのだ。私は彼を、第一機神を、
羽が、さらに罅を大きくした。強すぎる衝撃に耐えきれず、その形を保つことを放棄しようとしている。恐らく、次はもう無いだろう。嗚呼けれど、あと一度耐えられるのなら、それで良いと。
眼前にあるのは、破砕されずに残った片足と、光り輝く中枢のみ。
「終わったよ、
そう言葉を発したと同時に、羽を犠牲に残った片足を破壊した。
第一機神の中枢を拾いあげ、
命令を発していた第一機神を失って、周囲の機神は時が止まったように、その動きを停止した。
戦いが、終わったのだ。
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