第5章 第5話

 初めてできた友人と呼べる人間。私は、アレに大いに影響されたのだろう。


 願望というモノがなかった生まれたばかりの私に、アレは様々な事を教えた。


 研究者のくせに夢見がちで、現実は違うと分かっていても理想を抱いていた、あの女。


 どんなことでも楽しそうに、幸せそうに、時には悲しそうに話すアレを見ていて、自分もこうあれたのならば、と思考したのを覚えている。


 感情を豊かに表し、理想を忘れず、現実も忘れず。


 覚えている、記憶しているとも。何故、己がこのような人格となったのか。己が、何を強く望んでいるのか。



 人間みたい、などと。


 嘲笑が漏れる。私は機神だ、第二機神セカンド・マキナtype原初のイヴだ。人間のようであるはずがない。もし本当に、私が人間のように見えるのならば。


「それは、私がそう振る舞っているからだ」


 絞り出すように、しかし零れ落ちるような声で漏らした。


 浅野神樂この体の持ち主に向けて放ったわけではない。文句を垂らすように、言い訳をするように、誰に対してでもない言葉が漏れ出ただけだ。


『そういうところが、人間みたい』


 この女は、つい最近まで人間だった少女は、再び私に言い放つ。


『人間らしく振舞おうとする貴女は、人間よりも人間らしいよ』


 己の中枢心臓黒鉄くろがねの杭を突き立てられたような、そんな錯覚に襲われた。


◇ ◆ ◇


 思考する。第一機神の鉄壁を、どうにかして切り崩す術はないのかと。


 彼の意志を変えることは不可能であると、己が機神になったからこそ理解できる。ならば、武力を以てその歩みを止めるしかないのか。


「数日間この状態を維持できるのなら、私が有効策を用意してやれるとは思うんだけどね」


 成平ナリヒラ千尋チヅルが、独り言のように口にした。


「本気で言ってるんじゃないでしょう。数日もこのままなら、どれだけの人間が機神化していくか分かったものじゃない」


「私は別に構わないけれどね。日本の一部地域が滅ぼうとも、人類の歩みは止まるものじゃあないだろう」


 だが。


「君たち人間との友好関係が終わりを迎えてしまう事の方が、好ましくない。つまりは冗談だよ」


 肩を竦め、からかう様な口調だ。呆れた、とでも言うような表情を彼女に向ければ、自嘲気味な笑みを一瞬だけ浮かべた。そしてすぐに、似合わないほどに真面目な表情を作る。


「突破口は見えているさ。例えそれが、針をも通さないほど小さなものであったとしても、突破口には違いない」


 彼ら二機を武力で制圧するのは、現実的ではない。


 第四機神を武によって撃破できたのは、その特性を成平千尋が熟知していたからだ。原初の五機オリジン・マキナは本来、あれほど容易な相手ではない。


 加えて、第二機神の身体は機神type熾天使のものだ。これまで数多の機神を喰らい、どれだけの特性を取りこんでいるかも分からない。その性能は、如何な機神とも比較にすらならないと考えておくべきだ。


「君は変わらず、第一機神の相手を頼むよ。延々と時間を稼いでくれればいい。もちろん、制圧できるに越したことはないがね」


 そして、残るもう一人の相手へと視線を移す。笹原朱希が第一機神を相手にするなら、私の相手は当然、第二機神彼女以外にいはしない。


 機神の中で唯一朱色の瞳を持つ第二機神彼女、此方を捉える。放たれる圧力プレッシャーは尋常ではなく、全身を刃の雨で切り刻まれているような錯覚を覚えさせてくる。だが、怯むわけにはいかない。進もうとする足を止めることは許されない。


 何故ならば。私はもう一度、彼女と言葉を交わすのだから。


◇ ◆ ◇


 こちらへとゆっくり歩みを進める、女性型の機神。私の放つ圧力プレッシャーを真正面から受けながら、余裕の表情で向かってくる彼女。


 その体は他の機神と比べて、恐ろしく脆いに違いない。だというのに、彼女はヴァリアブルの中枢を抉り砕き、無数の機神の猛攻にも一傷すら負わず、未だ視界の中心に立っている。


 稀にいるのだ、そういうやからが。一騎当千の傑物が。人の歴史においても、そういった類がいたという。よもやそれが、機神の中から生まれようとは考えもしなかったが。


 翼を振るう。並の機神であれば一撃で両断するほどの威力を、或いはひと撫ですればその中枢ごと粉砕する勢いを、この機体は有している。しかし、それら攻撃の一切が、彼女には何の意味も成さない。芯を捉えるどころか掠りもしない。なるほど、戦いの経験が違いすぎるという事か。


 であれば、仕方がない。性能の差に物を言わせ、無敵の城砦と化してやろう。


 私がこの体を扱い始めてから、道端に転がる機神を幾らか喰らった。その数は10や20では収まらん。そしてその数に応じるように、背中から生える翼はその大きさを増している。少なくとも、2倍以上にはなっているだろう。そんな巨大な翼のうち八枚を使って、己を守る繭を形成した。残る4枚は、近付く敵を薙ぎ払うために残しておく。


 こうなれば、並の機神など話にならず、アダムやヴァリアブルでも突破は不可能。私が知る限りの人間の兵器ならば、この地帯丸ごと焼き払う威力でなければならんはずだ。仮に突破することが叶う存在がいるとしたら、今はもう存在しない第五機神フィフス・マキナtype人間ヒューマンだけだろう。


 しかし、如何な攻撃をも防ぐ鉄壁ではあるが、外から響く音までは遮断できない。私の耳が、相対する女性型の機神の声を認識した。


「なるほど、これは無敵の城砦だ。近付くものは破砕、両断し、飛来する攻撃はすべてその羽が弾き飛ばす。これでは確かに、私にはどうすることもできないだろうね」


 嘲笑するが如き声音に、不快さを表して顔を歪める。


「なら、どうするか。君は分かっているだろう」


 問いに対して、返答などするはずもない。無言を貫き、絶え間なく攻撃を放ち続ける。


「理解していないとは言わないでくれよ。でなければ———」


 その自信に満ち溢れた響きに、何かを待っているかのような態度に。


「———機神type蜘蛛の中枢を、残したりしないだろう」


突如全身の機能が、その身が凍てついたように停止した。

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