第5章 第4話

 第四機神の終焉を、視界の端で捉える。余裕の態度は伊達ではなかったらしい。


 しかしだからといって、こちらの戦闘も終焉に向かって歩を進めている訳ではない。


 基本スペックはほぼ互角。戦力は第一機神の方が圧倒的に多いだろうが、ただの機神からの攻撃はすべて回避できるし、傷にすらならないのは確認済みだ。互いに疲労を感じることもなく、むしろワタシはこの体に慣れてきたところだ。

まぁ慣れたからといって、第一機神に対する決定打は持ち合わせていないのは変わらないのだが。


第四機神ヴァリアブルが逝ったか」


 第四機神がその中枢コアを砕かれたという事実に、ほんの僅かの驚愕と、それ以上の諦観が漏れ出ていた。やはり、とでも言いたげな表情で。


「分かっていたの、彼女が負ける事を」


「中枢を握り砕かれるなどとは思いもしていなかったよ。ただ、あらゆる可能性はゼロにはならない。いつかそういう事態が起こるやも知れぬと考えていた。

 そして、相手が破壊したはずのあの女であるならば、その確率は突如として跳ね上がる」


 人間であったなら、互いに息を感じることができる距離に違いない。ワタシの打撃を第一機神が受け止め、第一機神の反撃をワタシがもう片方の手で押さえている。


「いくら性能に差があるとはいえ、相手は第四機神type変幻自在の性質を熟知している者だ。そういった未来が到来することも、身構えておくべきだろう」


 だが、と。


「関係ない、止まらぬさ。機神の國の創造を、第二機神イヴの願いを叶えることこそを、第一機神わたしは望んでいる」


「そうだとも、そうだろうさ」


 成平千尋声の主は第四機神の中枢の破片を払いながら、いつも通りの笑みを浮かべて口を開いた。


「私たち機神はそういう存在だ」


 夕日に照らされ、露出した金属部分が輝いている。それが、成平千尋の存在感を際立たせている。


「己が定めた願いや目的だけは決して譲れない。折れないのではなく、折れることができない」


 ここにはいない誰かに語り掛けるように、まるで聴衆へ向かって語るかのように、彼女は言葉を放つ。その姿に、ワタシも第一機神も視線を奪われる。


「そこの笹原朱希でいえば『仲間を死なせない』事であり、私であるならば『知りたい』という欲求だ。榎園藍であれば『愛する神樂と一つであり続けたい』という渇望だった。そして第四機神は、『原初の機神こそが至高の存在である』と信じていた。これじゃあ、私はともかく人の側である朱希とは絶対に相容れないだろう」


 ゆっくりと、近付いてくる。足音をわざと響き渡らせ、第一機神へと歩みを進める。


「ならば第一機神、君の望みは一体なんだ。機神の國なんて全てが停止した世界を何故目指す。

 そんな世界は、少なくとも私とは絶対相容れない。知識の果てが定められてしまう永久凍土は、私が認めるはずがない」


 数体の機神の攻めを容易く躱し、彼女はこちらへ歩み続ける。

「和解を放棄し、戦いを続け、文字通り世界の全てを敵に回す。

 理由は知ってる、第一機神きみも先ほど口にした。第二機神(彼女)のために、そうだろう」


 第一機神へと語りかけながら、しかし彼女の視線は、別の方向を向いてた。


「さて、君はどう思う」


 6対12枚の羽の少女の姿をした、原初の五機オリジン・マキナ。カグラの皮を被った第二機神へ。


「戦いに加わらず、砕かれる第四機神仲間にも何も言わない。ただそこに立って出来事を見つめているだけの君は、どう思う」


 煽るような成平千尋の問いかけに、ゆっくりと、しかし確実に、第二機神は口を開いた。


◇ ◆ ◇


 目が覚めた瞬間に抱いた感情は、困惑と安堵、納得と心痛、そして呆れと幸福感だった。


 刹那の間に状況を理解し、自分が今どうなっているのかを把握する。


 私は、浅野神樂は、第二機神に自分の中枢コアと体を奪われたのだ。第一機神によって中枢に記録されていた私の記憶は消去され、第二機神の記憶に埋め尽くされた。


 なら何故、神樂はこうして意識を取り戻したのか。理由は簡単で、藍《私》が神樂のデータを機神type蜘蛛スパイダーの中枢に複製していたから。


「まったく、私ったらよくもまぁ無茶なことをしたよねぇ」


 声にならず、口にする。


神樂を、の記憶を消さずに目覚めさせるのは、今までとは訳が違う。


 1つの体に2つの中枢を入れていた今までの状態をイメージするなら、藍の記憶や感情をTVテレビやラジオで見聞きしていたような状態だ自分のモノではないが、常にとなりで再生されている状態。


 けれど現在は、藍の記憶も、思考も、放たれる言葉でさえ私のモノだと認識している。私たちはもう、浅野神樂と榎園藍の境を失くしてしまったのだ。


 けれど、嗚呼だけれども、神樂と藍私たち二人を区別する必要なんてないじゃない。はずっと神樂と一つになりたかったし、神樂はその想いを受け入れていた。


 いつかはこうなると予感していたし、いつかはこうすると決心していた。その時期が、第一機神によって早まっただけ。



 第四機神が神樂に接触してきた頃から、は意思を表さず、感情を漏らさず、沈黙を貫いていた。第一機神にその存在を知られないように、ほぼ全ての中枢コアの機能を停止させていた。


 ならば生かしていた機能とは何か。神樂の記憶情報を機神type蜘蛛へコピーすることだ。機神type熾天使セラフのいつ何時砕かれ、或いは奪われてしまっても取り返しがつくように。まぁ、藍の願いに沿った形ではあるのだが。


 だから、私が第一機神に捕まった時も、榎園藍は目覚めずにいた。機神type熾天使セラフから神樂のデータが消えたのを引き金にして目覚めるように設定し、しかし浅野神樂の人格は目覚めないようにして。


 そして今。浅野神樂の人格は目覚め、榎園藍と溶けあった。



第二機神type原初の女イヴへ、成平さんが問いかける。第一機神の願いの先にあるのが、全人類を敵に回す、機神の國という選択肢だけなのか否か。


「私にそれを問うて何になる。機神の國はヤツが決めた事であり、私の望みは関係ないだろう」


 言葉を発しながら、目を細めて睨み付ける。その視線は明らかに敵意を孕んでいて、だけれど、内包する感情は断じて敵意だけではない。


 私の体に見合わぬ高圧的な態度で以て、第一機神以外の全てを威圧している。放たれるのは並のプレッシャーではなく、朱希と戦っていた第一機神のモノとは比較にならない。


 まるで嵐だ。それ以上近付いたなら瞬く間にその存在を粉々に引き裂いてもおかしくない、嵐のようなプレッシャー。朱希も、成平さんでさえ、彼女へ続けて言葉を放てずにいた。


 嗚呼、何てくだらない。刃の嵐で身を守って、言葉の壁で相手を遠ざけて、そのくせ貴女自身は。


「触れられるのが怖いだけなのにねぇ」


 未だ体へと接続されたままのtype蜘蛛スパイダー中枢コアが、私の言葉を第二機神へと届ける。内側から放たれる声に、脳内に直接響くあざけりに、不快そうに表情を歪める。


『どうしたんだい、そんな風に嫌な顔をして』


 成平さんが、怪訝な目を向ける。


 第二機神の眼球に映る外の景色、彼女の視界の中心で、第一機神が成平さんを払いのけ、再び戦闘態勢に入った。


「貴様らが、そしてアダムが気にかける事なぞ何も無い。この体に未だ馴染み切っていないだけだ」


 動揺を覆い隠すための醜い言い訳を、口を開いて言葉にする。


「アダム、何も気にすることはない」


 知っている。私は、第二機神この女の願いを知っている。同じ体を共有し、間接的とはいえ繋がっているのだもの。知らないなんて、聞こえないなんて、見ないフリなんて私はできない。


「私なんぞ気に掛けず、邪魔なソレらを破壊してくれ」


 嗚呼、許せない。許せるはずがない。

 私の体で、の愛する神樂の体で。諦観の果てに望みを捨てて、妥協の果てに楽な方へと身を任せるなんて。そんなの、私が許せるはずがない。


「ふざけないで」


 怒りではない、悲しみでもない。ただ、私には許すことができないだけ。


「貴女が神樂の体を手に入れたのは、確かに第一機神がやったこと。けれど、私の体を使うと決めたのは貴女でしょう。自分の望みを叶えるために、子供みたいな願いのために」


 だというのに、何故己の願いを諦めようとしているのか。そんなのは、機神じゃない。

 どこまでも知識を求める成平千尋あの人のように。


 大切な人を失わせないと己すら犠牲にする笹原朱希彼女のように。


 原初の機神こそが至高であると疑いすらしなかった第四機神彼女のように。


 誰よりも一人の少女を愛した、榎園藍わたしのように。


 永遠に続く日常シーンを願った、浅野神樂わたしのように。


 己の大切な日常だけを愛している、神樂と藍わたしのように。


 絶対に譲れない、譲ることができない、ただ一つの願いを抱くモノこそが機神だと、私はそう思っていたのに。


 だというのに、彼女は。勝手に願いを諦めて、まぁこれも間違いではないかと妥協している第二機神type原初の女イヴは。


「人間みたい」


 それは、機神の本心から漏れた言葉だった。

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