第5章 第3話

 疑問、焦燥、驚愕、憤怒、畏怖、そして理解不能であると。何を口にしたらいいかも分かっていなのだろう。取り込んだ機神の残骸を脱ぎ捨て、再び人型へと戻った第四機神のその表情は、人間よりも遥かに分かりやすく歪んでいる。


「これは当然の結果、と口にするには出来すぎているけれど、驚くほどのことじゃあない」


 あえて大仰に、嘲りを孕ませた口調で言葉を放つ。これで馬鹿にされていると気付かないのならば余程鈍い。果たして眼前の第四機神相手から漏れ出た感情は、紛れもなく怒りだった。


 ライフルとチェーンソーを構え、迎撃の体制をとる。私が身に纏う武装すべて、城嶋きじまたち対機神研究室の連中が作り上げたモノだ。機神type鷹と機神type熾天使、そして第四機神かつての私の体を研究した末に創造された、この地上に於ける最高の対機神兵装だ。


「理解できないのだろう。最高の機神たる己が、触れただけで粉砕されるような矮小な存在を未だ捉えられていないという現実が」


 図星を突かれ、動揺したのが見て取れる。何とも、人間のように感情豊かじゃないか。


 第一機神のように無表情を貫き通すのではなく、第二機神のように好戦的な口調の裏に感情を隠すわけでもない。今は亡き第三機神のように常に三日月のような笑みを浮かべるわけでも、第五機神のように口調と表情を千変万化させることもしない。


 女性らしい口調で言葉を放っているのは監視カメラの映像から知っている。ならばその態度と、物言いは。


「傲慢にして驕慢、他者を見下すことに関しては他の機神の追随を許さない第四機神type変幻自在ヴァリアブル。傲り高ぶった君のことだ、第四機神のボディを失った私なんぞ撫でるだけで終わると思っていたんだろう。

 侮ったね。基本性能カタログスペックがどれだけまさっていようとも、慢心している君に、私が敗北するはずがない」


 敗北など、私の思考の片隅にも存在しない。第四機神の思い描いた未来から外れ、遥か高みにある彼女のプライドが冷静な判断力を失わせる。あらゆる機神の中で最も人間らしく、型から外れた事態にまるで対応できていないのは何とも機神らしい。


 怒りに任せて振るわれる必殺の一撃。だが、触れなければ何という事もない。植物の姿で振るわれる鞭を回避し、左手に構えたライフルの引き金を引く。反動は凄まじい。人間の肉体であれば左腕はひしゃげ、弾丸は明後日の方向に向かっていたはずだ。けれど、あり合わせとはいえこの身は機神、人ならざる者だ。放たれた弾丸は、私の狙った場所へと吸い込まれた。


 本来なら、ただのライフル弾など物ともしないに違いない。弾くか吸収する、或いは真正面から受けて傷一つつかないか。


「なんっ⁉」


 しかし、放たれた弾丸は第四機神の予想を裏切り、その身を穿ち貫いた。中枢を狙い撃ったが、直撃はせず掠めただけで致命傷は与えられていない。第四機神type変幻自在ヴァリアブルの再生能力は、僅かな傷であれば中枢であっても再生させる。一撃必殺以外はその体にまともなダメージをいれられないのは、私が一番よく知っている。


 そう、私が一番、よく知っているのだ。


「驚愕、困惑、疑問を捏ね混ぜたような表情だ。理解不能というのがよく分かる」


 原初の五機オリジン・マキナは、有象無象の機神とは圧倒的に耐久度が違う。それは純粋な硬度以外にも、衝撃を受け流す。火力で押しつぶそうとしてもその性質が破壊を阻み、加えてその性質は機神ごと僅かに異なる。故に、今の私が第一機神や第二機神とやりあったところで、まともにダメージを与えることもできない。だが。


「機神type変幻自在。ソレが持つ性質を私が知っていると、何故想像できなかった」


 余裕の態度で、不敵に笑って、嘲笑するような声色で。


「10年、10年だよ。私という人格が誕生してから今まで、10年あったんだ。城嶋たちの協力もあって、自分の性質について可能な限り調べたさ」


 私の機神としての願望は、あらゆる事を知ることなのだ。自分のことを知らないでいられるはずがない。


「君の倍の時間、私はtype変幻自在として過ごしたんだ。己は何も知らぬのだと言い聞かせ、己よりも優れた存在など世界を探せばいくらでもいる前提で、私は私自身のことをよく調べた。

 傲慢な君にはわからない。我ら原初の機神こそが最高の存在であると信じて疑わない君は、自分が意外と脆い存在だなんて、思いもしないだろう?」


 焦り変身しようとする第四機神に、爆弾を投擲する。爆弾本体が第四機神に取り込まれる直前に起爆スイッチによって爆発を起こせば、第四機神を覆っていた金属が吹き飛ばされた。


「その変身能力は確かに便利だが、多用しすぎるのは良くないよ。その形になってしまえば持ち前の耐久力を発揮できるけれど、姿を変えている最中はどの機神よりも爆風に弱い」


 こちらに怒りのまなこを向けながら人型に戻った第四機神に、ライフルを放つ。その体を穿ち砕かれながらも私目掛けて振られた金属腕は、対第四機神用チェーンソーで削り斬る。


「君の力は計り終えた。防戦一方はもう終わりにしよう」


 ここから始まるのは、第四機神と雑兵風情の戦いなどでは断じてなく。


「これは最後通告だ。敗北を認めるのならば互いに戦わずに済む方法を提示しよう。しかし、君が敗北を認めないのなら」


 私というによる独壇場。


「その中枢心臓、抉り砕いて止めてやる」


 一方的な蹂躙だ。


◇ ◆ ◇


 二つの戦いのうちの片方は、もうすぐ決着がつくだろうと容易に想像できる。


 成平千尋とかいう名前の女と、第四機神と呼ばれていた姿を変える機神の戦い。一方的であり圧倒的。余裕を持って焦燥を見せないあの女の勝利は、もはや確定的明らかだ。


 対して、第二機神の機体を使っている朱希と、無数の機神を従える第一機神の戦いは、両者拮抗している状態。


 嗚呼、なんてもどかしい。この戦場に私が手を出せないことも、この女が何も手を出さないことも、そのどちらとも苛立たしい。


 私の発した声は届かない。気付いているくせに気付かないフリをしている。臆病者のこの女。傍観者に徹していては、貴女の大切な機神ひとが壊されるかもしれないのに。


「わかっているさ」


 呟くような声で、この女の声が響いた。やっぱり気付いてたんじゃないか。私が貴女を見ていることも、貴女に話しかけていることも。


「私には、どうすることもできんのだ」


 自嘲を含んだ声音だ。その真意が果たしてどのようなモノかは分からないけれど、そんなのは言い訳に過ぎないでしょう、と侮蔑を孕ませ言い放つ。返答はない、あるのはただ、無表情にその光景を見つめるだけの女の姿。


 ふざけるな、そんな風に何もしないでいるならば、今すぐその体を私たちに返すほうがよほど建設的だろうに。傍観者でいることが最もくだらない。第一機神と第四機神に加勢して朱希たちの勢いを削ぐでも、逆に朱希かあの女に加勢して戦いを終わらせるでも、私としてはどちらでも良いから何か動きを見せろと憤る。


再度言うが、何もしないので傍観している事が最もくだらない。



 視界に映る戦いが、あの女による第四機神への蹂躙が、終わりを迎えようとしている。


 第四機神の攻撃はまるで当たらず、周囲の機神の突撃も悠々と躱される。


 あの女の放った弾丸が中枢に掠りひびを入れる。次の瞬間には中枢の罅と体に空いた穴を修復しようとし、しかし立て続けに放たれた弾丸がそれを阻害する。チェーンソーがいななき、穿たれた穴が塞がりきる前に中枢付近に押し付けられた。


 中枢に接続された金属線が切断され、第四機神の目が見開かれる。焦り叫びながら目の前の女を引き剝がそうとする第四機神の手を、あの女は武器を手放してすり抜けた。

 蹴りを放ち、胴体を貫通させる勢いでチェーンソーを押し込む。右腕の反応が悪くなった第四機神の隙を見逃さずに放ったライフル弾が、中枢の中心を穿ち食い込んだ。


 第四機神の体が、エネルギー切れの機械の如く不自然に停止する。しかしその翠玉に宿る憤怒は色褪せておらず、眼光だけで人を殺す程だ。第四機神の有する桁外れな再生機能が、中枢に食い込んだ弾丸をはじき出そうとしている。放っておけば、第四機神はまた無傷の状態に戻るに違いない。


「言っただろう」


 数秒の間は無抵抗状態の第四機神、その中枢を、あの女の右手が掴む。


「その中枢、抉り砕くと」

 機体が持てる全力をもって、もう片方の手に握られたナイフで中枢から繋がる金属線を切断しながら引き剥がす。


 今の彼女が並の機神より劣るとはいえ、人間を遥かに超える身体能力なのは違いない。中枢がその握力によって罅割れていき、第四機神の瞳からも力が失われていく。


「傲慢なりし第四機神、君にも来世があるのなら」


 最後の金属線が切断され、機体と中枢をつなぐものは何もない。エメラルドの光を放つ輝く美しい八面体が、涙のように破片を散らしている。


「次は、共にあれる道を探そうじゃないか」


 宙へと放られた中枢が、粉々に砕けパラパラと舞う。


 残されたのは、抜け殻となった第四機神の機体。そして、初めて見るのではないかというほどに穏やかな微笑みを浮かべた、成平千尋。



 嗚呼、本当にくだらない。大切な第四機神仲間が死んだというのに、どうして貴女は、何もせずに動かないでいるの。

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