第5章 「時よ止まれ」

第5章 第1話

 友人はいない。恋人はいない。ワタシを産んでくれた家族もいない。けれど今は、家族同然の人たちがいる。


 親が亡くなり、親戚もいないワタシを引き取ってくれた久城局長に何か恩返しがしたくて、対機神部隊に入った。命を懸けた場所ではあるけど、ワタシは望んでそこに立っている。


 自分が死ぬのは怖くない。家族同然の人たちが死ぬのが怖い。自分が死んで、彼らが泣くのも怖い。だから、みんなを守れる力が欲しかった。みんなを守れて、けれど自分も死なないだけの強さが欲しかった。それ故にあの夜、彼女に強く惹かれた。自分の傷を顧みず、自分の痛みなど気にも留めず、ワタシを守るために戦場に飛び込んできた、浅野アサノ神樂カグラという少女に。


 その後に打算で始まった彼女との関係も、時間が経てば友人という形に収まった。

彼女の内にいた榎園エゾノアイの抱いていた思いも知り、ワタシ自身が機神となった事でソレを理解できるようになった時、彼女に対する困惑や嫌悪感は抱かなくなっていた。


 ワタシたち機神は、人ではない。元は人間だから、言葉は交わせずともコミュニケーションをとることはできる。人間がどういう思考をしているのかも理解している。だがやはり自分は人ではないのだと思うのは、ワタシたち機神は絶対に揺らぐことのない行動原理を持っているからだろう。


 ワタシの願望は「大切な人を失いたくない」という、人であったときからずっと心に抱いていた信念。


 成平千尋は、無条件で人を助けるようなたちではないから、おそらく自分のための何かなのだろうと思っている。


 エゾノアイは、カグラのためになら何でもすると言っていたから、「カグラを守りたい」とかそういうのに違いない。


 ならば、ほとんど知りもしないワタシや機神部隊の人を助け、まったくの初対面で久城さんに協力したカグラは、いったいどんな願望を、価値観を、欲求をその胸に刻んでいるのだろうか。そして、第一機神たちも———



 カグラの顔と体で第一機神と親しげに話すアレに対して、怒りや悲しみといった感情は無く、ただ「返して」という思いが胸を支配した。しかし、対機神部隊の人たちを放っておくことはできない。


 カグラの体を使っているアレの気まぐれで隊員たちを逃がすことができたのは、というべきだろうか。アレが、ワタシは機神の軍勢に加わらずに済んだのだろうか。そして、アレに体を踏み砕かれるときに中枢コアを破壊されずに助かった。


 新たに得た第二機神のかつての体は、驚くほどにすぐ馴染む。「大切な人を失いたくない」というワタシの願望は変わっていない。だから、まだ失わずにいられる可能性があるならば……。己の全てを賭けて、ワタシはカグラを取り戻す。無論、自分も死なない様にはするが。


◇ ◆ ◇


 全てが静止した世界に響くのは、自然の音。風の音、草木が揺れ擦れる音、鳥や虫の鳴き声のみ。無数の金属像が立ち並ぶ異常な街並みの中に、動く人影がある。


 長身男性の姿をした第一機神。隣に立つ第一機神より少し背が小さい女性の姿をした第四機神。そして、6対12枚の翼を持つ少女を乗っ取った、第二機神。彼ら3機の周囲に立ち並ぶ数十体の金属像は、その全てが機神である。


 そんな光景を見つめる彼女、成平千尋はただ一言。


「退屈だね」


 そう口にした。


「つまらない、面白くない。知りたいという欲求を持って生まれた私にとって、第一機神が創ろうとしている機神の國は相容れない」


 時が止まったようなこの街を一望できるビルの屋上に、ワタシと彼女の2人だけが立っている。海底施設から地上へ上がるまでの間に、ナリヒラ千尋チヅルが教えてくれた。第一機神が創ろうとしている機神の國が、どういうモノなのかを。


「全ての知的生命体が、機神と化した世界。善良も邪悪も関係なく、あらゆる機神が第一機神きみの支配下に置かれ、自由意思を剝奪された世界。第一機神を含めた原初の五機オリジン・マキナ以外の全てが停止した不変の日常。それこそが機神の國」

 

「それに、君たちにとっても受け入れられる世界じゃあないだろう?」


 機神の國に存在する知的生命体は機神のみで、つまりそれは、人間が誰1人として存在しない世界だ。そんなモノ、ワタシは断じて許容できない。


「当然。ワタシの大切な人たちを、意思のない機械人形なんかにさせたくはない。それに、カグヤを取り戻せる可能性があるなら、諦めるわけにはいかない」


 そうかい、と成平千尋は余裕の表情を浮かべた。彼女ほど余裕を持つことは難しいけれど、今のこの体で戦えるだけの自信はある。


「覚悟を疑う必要はなさそうだ。なら、あとはやり遂げるだけだね」


 対機神部隊の人たちから、配置についたと連絡が入った。それを聞いた彼女は、さて、と口にして宣言する。


「悪い魔王をやっつけて、囚われの姫様を助けようか」


 その目には、微塵の恐怖も映っていなかった。



 沈黙した街に、爆音が轟いた。それが合図となったかのように、街のあちこちで停止していた機神たちが動き出す。街の中を駆け抜けるのは、ワタシと成平千尋の二人だけだ。


 対機神部隊のほとんどは、直接の戦闘ではなく遠方からの支援に徹してもらっている。第一機神による機神化金属粒子の散布と、第二機神による機神化の加速によって、通常装備の人間は、この場に来れば邪魔にしかならない。外気との接触を完全に遮断した特殊な防護服を装備した数名の隊員が向かってきてはいるが、そのような重装備では機神の餌食になるだけだ。故に、彼らの役目は物資の運搬のみである。


 即ち、眼前に広がる無数の機神を相手にするのは、ワタシと彼女の2人だけ。


「突貫工事で修復したとはいえ、さすがは第二機神のボディだ。並の機神では相手にもならないね」


 迫りくる機神に対し、打撃で対応する。通常の機神と比較すれば、今のワタシが使っている体の耐久度は天地の差だ。殴られた機神は金属片を撒き散らしながら横転するが、こちらには一切の傷がない。


「対して今の私の耐久度は、人間に比べれば間違いなく高いが、並の機神よりは確実に低い。所詮は、機神マキナType変幻自在ヴァリアブルの能力で作った機神の劣化品に過ぎないからね。雑魚の相手は君に任せるよ」


「雑魚の相手をするのは構わないけど、それで戦えるの?」


 ワタシの目標は第一機神と第二機神、彼女が相手にするのは第四機神とのことだ。彼女のボディの耐久度が宣言通りであるならば、第四機神を相手にするのは負担が大きいはず。だが彼女は、余裕の笑みを浮かべて見せた。


「問題ない、心配なんてする必要はないさ」


 揺るぎない自信が、声から感じられる。成平ナリヒラ千尋チヅルのことだ、当然秘策があるのだろうが、果たしてそれがどういったものかは知らされていない。まぁ、知る必要があるとも思っていないが。


「通常の機神の数はおおよそ3万、視界に入る端から倒していてはらちが明かない」


 彼女が口にした機神の数は途方もないが、避難が遅れた住民全員が機神と化したのだ。その全てを相手にするだけの戦闘力はあるが、時間が許してはくれないだろう。


「敵の間を抜けて第一機神のもとにたどり着くには、最速で12分だ。その間に彼らが移動する可能性も考えれば更にかかる」


「なら、どうする」


 再び轟音が響く。海上からの砲撃が数体の機神を吹き飛ばし、直撃した機神が吹き飛ばされて大破した。


「久城局長の援護に甘えるとしよう」


 敵陣に空いた穴を駆け抜け、その穴を埋めようと跳びかかる機神をワタシは迎撃し、成平千尋は余裕をもって回避する。


 速度は緩めない。人間を超えた速度で、機神を踏み台にして跳躍する。成平千尋が全く違う方向へと向かっていくが、それも事前に打ち合わせ済みだ。


「すぐ合流するから、君はそのまま駆け抜けてくれ」


 こちらの返答を待たずして、視界から消えて失せた。


 構わず駆ける。背後に広がるのは無数の機神の残骸。行く道を阻まれ、邪魔だと蹴散らした無数の機神。数多の機神を轢殺して、ようやく目的の相手を視認できた。


 公園の広場にある噴水の前で、何をするでもなくただ佇んでいる三体の人型機神。その中でもひと際異彩を放つのは、間違いなく第二機神───カグラの体───だろう。


 カグラ本人は機神であることを隠していたし、エゾノアイもカグラの考えに同意していたから、その姿を見たことはなかった。助けられたあの日以来見るカグラのその姿に、ここが戦場だということを忘れて見惚れてしまいそうになる。


「彼女が機神になった時以来だ、アレをしっかりと見るのは」


 先ほどワタシを置いてどこかに行っていた女が、いつの間にか横に立っていた。


「ずいぶんと早く戻った」


「今の貧弱な私に必要な武器を取りに行っていただけだからね。しかしまぁ、見惚れるよね。理解できるとも」


 機神の残骸の山。中枢を破壊されていないモノは僅かに物音を立てて動こうとして物音と立て、中枢を破壊されたモノはその動きを完全に止めている。また新たな機神がワタシたちの下へと辿り着くまでの、十数秒の平穏。本来ならば第一機神たちへと強襲をかけるべきこのタイミングで、ワタシは動けずにいる。そこに佇む彼女が、中身が第二機神だったとしても、浅野アサノ神樂カグラの姿がとても美しかったから。


 陽光を反射し銀色に輝く6対12枚の羽を広げた、人型の機神。天上から舞い降りた熾天使の如し。機神マキナtype熾天使セラフの名の通りだ。


「まぁ、あれは熾天使の中でも飛び切りの、光もたらす者のたぐいだと思うけれど」


 呟かれた言葉に疑問を浮かべつつ、気を入れなおして前を見据える。


 第二機神と、視線がぶつかる。彼女はカグラの顔で、驚愕を押し殺したような挑発的な笑みを仄かに浮かべた。ここまで来てみろ、とでも言っているのだろうか。それとも他の意味があるのだろうか。


 機神type鷹のボディを踏み抜いた時に、中枢を破壊し損なったその油断と慢心を後悔させてやる。


 射殺すような瞳でめ付け、地面を強く蹴った。

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