第4章 第6話

 第一機神たちが地上に出る2時間前。成平千尋の運転する自動車で、第一機神とは違うルートを通って海底施設へと向かう。帰還することができた隊員によれば、第一機神は十数体の機神を連れて地上へと向かったらしく、予想よりも時間がかかるだろうということだ。


 自動車で海底施設までおおよそ30分。成平千尋が何故この場にいるのか、彼女の口から聞くこととなった。


「考えはしなかったかい。機神type変幻自在ヴァリアブルは違う人間に変身することは可能なのか、と」


 その言葉に、頷きを返した。


「15年前、今の私が目覚めてから、まず最初にしたことは人間社会に溶け込むことでね。しかし、私は人間社会に必要な身分を持っていなかった。あたりに転がる死体の顔を真似ることはできるが、その人間の知人に会ってしまったら一巻の終わりだ。

 だから、私は自分の持てる能力を駆使して、機神を研究している人物を探し出した。幸い、本物の人間と違って食事は必要ないから、時間だけはあってね。目覚めてから2年経った日の事だったよ」


 一瞬視線を向けられた城嶋は、肩をすくめて苦笑を浮かべた。


「初めて会ったときに脅迫されてな」


 成平千尋は城嶋と初めて対面したときに、『機神というモノを知るために私のボディを調べて構わないから、私が人間社会で生活できる身分をくれないか。或いは、私が君に成り代わっても構わないけれど』と言ったらしい。


「国を襲った機械の軍勢、それが何なのかを調べていたんだ。とある研究員が原因だったことは判明したが、ソレらがどういった性質を持っているのかまでは判明していなかった。

 だから、俺は機神type変幻自在ヴァリアブルと名乗る女型機神の要求を呑んだ。部下に事情を説明し、事件で両親を失った親戚の子という設定で、うちの研究所に来てもらった」


 彼女が研究所から俺の部隊に転属になったのは11年前、機神についての新たな情報が報告され始めたのもその時期だ。


天藤てんどう千尋ちひろという対機神部隊での身分と、成平なりひら千尋ちづるという一般人としての身分を使い分けて、人間というものを学びつつ機神についても調べていたんだ」


 言っておくけど、と彼女は俺と目を合わせた。


「天藤千尋として過ごした時間は有意義だったし、久城局長や隊の者たちを失い難く思っている。だが、私は機神だ、人間じゃない。感情で物事を優先させるのではなく、『知識を求める』という機神としての欲求を最優先させる」


 それが、機神と人間との違いだと。どれだけ彼女が人に似てても、断じて人ではないのだと。


「安心してくれよ、久城局長。仕事以外では自分の知識を深める時間をしっかりとれる今の環境は、非常に好ましい」


 彼女の言葉が終わると同時に、道の先に機神の残骸が大量に散らばっているのが見えた。


「一度車を止めさせてもらうよ」


 僅かな焦りを感じさせる険しい表情を浮かべ、成平千尋は自動車を止めて跳ねるように降りた。周囲の残骸など目もくれず、彼女が真っ直ぐ向かった先にいたのは、鷹型の機神だった。


「まさか、笹原か⁉」


 激しく感情が揺さぶられた俺とは対照的に、成平千尋は落ち着いている。破壊された胴体部分から露出した中枢コアに触れ、損傷を確認している。


「これほど派手にボディが破壊されているのに中枢コアが無傷とは、奇跡としか言いようがないね」


 或いは、と呟くのが聞こえたが、彼女はその先を口にせず、丁寧に鷹型機神を抱き上げた。


「助かるのか……?」


 思わず口にした率直な疑問に対し、彼女は不敵な笑みを浮かべ、口にする。


「当然だとも」


 成平千尋から俺へ受け渡された鷹型機神。笹原朱希の体を傷つけないように抱いて、急いで自動車へと戻る。


「第一機神のことだ。第二機神以外には目もくれてないだろう。必要なものは向こうの施設とこの車に積んである」


 再び自動車が動き出す。それから数分して、海底施設に到着した。



 停止した第二機神が保管されていた場所までの隔壁、それらがことごとく破壊されている。海底施設内に響く音は機械設備のものだけで、我々以外の人の気配は一切ない。


「施設警備の人間は全員が機神となったか、或いは殺されたか。前者の方が圧倒的に多いだろうけれどね」


 破損した笹原を抱きかかえながら、成平千尋の言葉に頷く。


 彼女から送られてきていた映像には、人が機神へ変わる瞬間がしっかりと捉えられていた。今まで現れた機神のように数日の期間をかけて変貌するのではなく、数十秒での急速な変容。あの光景に衝撃を受けなかった者は、成平千尋を除いて誰1人としていなかった。


「第一機神の権能は二つある。1つは、下位の機神の意思を奪うほどの強制力を持つ《命令》。先日の隊機神部隊襲撃はそれが原因だ。一部の機神相手には、その権能が効かないようだがね」


「その条件とは?」


 城嶋が問う。


「人間っぽく言うなら、心の強さだ。例えば、機神type蜘蛛スパイダーこと榎園えぞのあい、機神typeホークとなった笹原朱希もまた同様に、第一機神の命令を無視して戦闘していたらしいじゃないか。私も同様に、第一機神と戦っていたわけだしね」


 顎に手を当てて何かを考え始めた城嶋を横目に、続けるよ、と成平千尋は呆れ顔で言う。


「二つ目の権能は、生物を機神化させる特殊な金属粒子をバラ撒くことだ。金属粒子をどれほど浴びたかは、機神化の速度に影響しない。だから本来、機神化はこんなに早くは進まない」


 予測ではなく断言する。ならば、彼女は知っているはずだ。ほんの数十秒足らずで生物を機神へと変えた、その原因を。


「当然。そうでなければ、初めから知らないと言っているか、そもそも話を振らないさ」


 第一機神によって力任せに破壊された扉。その奥にあったのは、1体の機神。胴体は激しく損壊しているが、整った顔は美しさを保ったままの、人型機神。


「金属粒子による機神化を加速させる権能を持つ機神は、第二機神のみだ」


 中枢コアが抜き取られ、そこにあるのはあくまでただの入れ物に過ぎない。


「記録も権能も、全て彼女の中枢コアに上書きしたか。だが、このガワはまだ使える。耐久度は機神typeホークを含めたそこらの機神よりも遥かに高い」


「成平千尋、まさかお前……⁉」


 彼女はこちらへ振り返り、不敵な笑みを浮かべている。


「笹原朱希の中枢コアはまだ生きている」


 彼女が、既に人間でないが故に。


「久城局長の感覚では掴みきれないかもしれないが、私たちは人間じゃあないんだ。どんなにボディが破壊されても、中枢コアが破壊されていなければまだ死んでいない。いや、記憶データのバックアップさえあれば中枢が砕かれようと、代わりの中枢とボディさえ用意できるなら、何度だって蘇る。それこそ、私のように。それが、機神という存在だ」


 人間ではない。彼女のその言葉に、改めて衝撃を受けた。機神が人間でないのを理解しているつもりになっていた。だが、人の言葉で会話が成立する成平千尋や浅野神樂、会話は出来ずとも意思の疎通ができる笹原たちと接していたから、忘れていた。


「城嶋は、そういうところは私で理解しているからね」


 こちらなど気にもかけず考え事をしていた城嶋が顔を上げて、あぁ確かに、と返した。


「俺はこの女で機神の研究をしたからな」


 だからこそ。


「これから成平がやろうとしていることも理解している。そのために、研究所で溜め込んでいた機神の残骸を運んできたんだ」


 第一機神は、第二機神の中枢コアへの経路上に在ったもの以外は見向きもしていない。破壊されたのは扉や壁だけだ。


「必要な機材は……、ほとんど残っているな」


「やり方は自分で試したからわかっている。久城局長、私と城嶋の作業を手伝ってもらいたい」


 2人が何をしようとしているのか理解する。中枢コアだけが無い機神と、中枢コアだけが無事な機神。彼らの言う打開策がコレだというなら。


「出来る事ならば、何でもやるさ」


 第一機神が地上へと戻る1時間半のことである。

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