第4章 第5話
地上と海底施設を繋ぐトンネルに、複数の機神反応が確認された。
「
彼ら3機を含め、全部で17の機神反応。地上から海底施設へ向かっているときは3機だけだったのは、監視カメラの映像で確認した。欺かれたという可能性は、途中まで追跡させていた笹原の言からして零に等しいと言って良いだろう。
何故、どういうことだ、とモニターを睨んでいれば、隣に立っている城嶋が口を開いた。
「あそこの警備を機神に変えでもしたか……?」
「まさか⁉」
否定はできない。現に俺は目の前で、笹原が機神へと変わるところを目にしているのだから。だが、いくら何でも早すぎるのではないか。
「最新装備の部隊があと5分もすれば接敵する。ひとまずは彼らに任せて様子を見よう」
研究以外で常に落ち着いていられるのは、城嶋という男の長所だろう。
「焦るなよ久城。第一機神が活動を再開したときのために、俺たち対機神部隊は準備してきたんだ。やれるだけのことをやるだけさ」
普段なら「この状況でよくそんな気軽に……」と返していたのだろうが、今ばかりは、城嶋のそういった態度がありがたかった。
◇ ◆ ◇
はっきり言って、状況は絶望的だ。先手を取った最新装備による攻撃はすべて第一機神によって防がた。だが、それは構わない。第一機神に対する効果が薄いのは想定内。
問題は、部隊員の数名が、突如苦しみだしたことにある。
彼らは地面にうずくまり、数秒経てば内側から戦闘服を破って銀色の液体が姿を現した。ワタシの時に久城局長が目にした、機神化の現象と同じものだ。
「どういうことだッ⁉ 機神化なんてこんなすぐには───」
部隊員の1人が驚愕の言葉を発しきる前に、機神化した部隊員からの攻撃を受け首を吹き飛ばされた。機神化したのは全部で12人。残る部隊員は23人。
「チッ、応戦しろ! 機神化した奴らは全員敵だと思え!」
味方同士で撃ち合いになっているこの状況に、第一機神たちは手を出さない。いや、この状況は第一機神たちが手を出した結果なのだろうが、彼ら自身が直接手を出すことはしていない。
『撤退しろ! 部隊の約3分の1が機神化しているこの状況で勝ち目はない!』
通信機から、久城局長の命令が放たれた。しかし、だ。
「この大量の機神を相手に背を向けて逃げるなんて不可能だろう!」
このまま戦闘を続けていれば、部隊の人たちが機神に殺されるのも時間の問題。しかし、アレらを相手に逃げることも難しい。ならば、どうするか。
ワタシに与えられた命令は2つ。第一機神とカグラの行く先を確認し本部へ伝えること。これは既に完了している。
もう一つは、第一機神、第四機神、カグラの三機の性能を確認すること。完全にとは言えないが、彼らとの接敵によって人間が高速で機神化するという驚愕の事態が発生したことは確認できた。
ワタシに与えられた命令は、最低限完了しているといって良い。ならば、ワタシだけでも撤退するべきに違いない。
しかし、しかしだ。仲間を見捨てることなど、ワタシという機神にはできない。ワタシは、そういう機神になったのだから。
トンネルの物陰から飛び出し、全速力で敵性機神へと突撃する。高速で放たれた体当たりを受けた機神は数体を巻き込んで横倒れになり、その場にいた者たちの視線は一斉にワタシに向けられた。
「お前、笹原か……⁉」
ワタシの事情は、対機神部隊の全員に伝えられている。驚愕はあれど、困惑はない。だがワタシも機神だ。彼らにとっては、いつ第一機神に操られ敵となるか分からない存在だ。だが、それでも。
「お前1人に任せろと……?」
部隊長が、静かに問うた。こちらの言葉が通じないが、頷きを返せばその意思は伝わるはずだ。
迫りくる機神を叩き返しながら、彼と視線を交わす。敵性機神の攻撃は単調で、第一機神たちがこのまま動かないのであれば、ワタシ単機で対処できる。
「……すまない」
部隊長が言い放ち、急いで撤退を始めた。
第一機神たちはワタシへ視線を向けるだけで、戦闘に介入しようとはしてこない。慢心か、或いは他の思惑があるのか。
しかし、関係ない。ワタシはワタシにできることを、できる限りするだけなのだから。
第一機神たち3機は戦闘に出すことは一切なく、彼らを除く全ての機神を撃破した。快挙しかし、いくら単調な攻撃とはいえ一対多。20機近い機神を相手にしたワタシの
「
先程まで手を出していなかった3機の足音が、ワタシへと近付く。
「だが、ここまでだ。貴様は
第一機神が、こちらへと手を伸ばす。このままワタシを破壊するつもりか、或いは
「放っておけよ、アダム。どうせこの女はもう動けん」
カグラの声で、カグラとは違う物言いをした、12枚羽の機神。
「いいのか
第一機神は12枚羽の機神のことをイヴと、そう呼んだ。どうやらカグラの体を操っているのは、第二機神ということらしい。
「
翼が振り下ろされる。金属同士がぶつかり合う不快な破砕音を響かせて、彼女はワタシの
「行くぞ」
「相変わらずキツイ物言いね、セカンド」
体と中枢を接続している部分を踏み砕かれ、意識を保つことができない。
「変わっているわけがないだろう。私は先程目覚めたばかりだ」
声が遠のいていく。ワタシの意識が遠のいているのか、彼らが物理的に遠のいているのかも、もうわからない。
「そういう貴様も先日目覚めたばかりだそうではないか、ヴァリアブル」
「貴女よりは早いもの」
彼女らの語らいは、まるで十年来の友のようで。
「ほとんど変わらんだろう。まったくこんな事を言い合っていても意味がない、急ぐぞ。アダムは黙って先に行ってしまっているではないか」
「あら、もとはといえば機神type鷹の戦いを見てみたいなんて言った貴女のせいで遅れているのよ。わたくしは蹴散らして先に行こうと言ったのに」
そこに、カグラとナリヒラ チヅルらしさなど微塵も無くて。
「アレがどれほどのものか気になっただけだ。こちらで操ったならば他の機神と変わらん、捨て置いて構わんさ———」
それ以上、音を認識できなくなる。
ワタシの意識は、光も音も感覚もない闇の中へと沈んでいく。
次にワタシの目に映ったのは、見知った3人の顔だった。
◇ ◆ ◇
撤退した部隊から敵の情報と笹原に関する報告を受けた。隣に立っていた城嶋が、さて、と口にしながら立ち上がる。
「海底施設へ第一機神たちが到達した時間を考えると、約3時間後には地上に戻って来るだろう。住民の避難、間に合わない場合は屋内待機か。苦肉の策だな」
第一機神の反応が現れた時点で、海底施設から最も近い地域の避難は開始させた。1人残らずまではいかずとも、多くの住民を逃がすことはできる。
「この街はもうすぐ戦場だが、避難に手間取って第一機神に対応できない、では話にならん。被害が広がるよりは遥かにマシだ」
「分かっている……。だが、人間の部隊では相手にすらならなかった。最新兵装が奴らに効くのか不明のままなんだ。このまま戦闘になっても、時間稼ぎをすらできるか怪しい」
それに、笹原からの連絡もない。彼女が第一機神たちとの戦闘で敗れたのはほぼ確実だ。
「奴らの相手をする策がないわけではない。時間稼ぎさえできれば何とかしてみせよう」
「策があるのか⁉ 何故先の戦闘でそれを実行しなかった!」
「彼らが出動したタイミングでは間に合わなかった。彼らが接敵する少し前に、その策を実行するための手筈が整ったんだ」
鬱陶し気に、しかし苦虫を嚙み潰したような表情で返って来た言葉がコレだ。
「なら問うが、この数時間で可能になった策とはいったい何だ……⁉」
「その問いには、私が答えましょうか」
焦りを隠せず怒鳴るように発した問いかけに答えたのは、予期せぬ女の声。
「しかし、わかってはいましたが、久城局長は戦闘の指揮を執るには向いていませんね。人間が傷付くのを恐れすぎです」
先日あった機神の襲撃前後から連絡がつかず、消息不明になっていた彼女。
「あぁ、第一機神に対する策ですが———」
前に声を交わした時とまるで変わらぬ抑揚のない声で、しかしその表情は口調に見合わず、不敵な笑みを浮かべている。
「———この私こそが、その策というわけだ」
唐突に彼女の口調が、挑発的なものへと変わった。それは彼女、
「あえて、初めましてと言わせてもらおうかな。久城局長」
考えたことはあった。変幻自在に姿を変えることのできる機神が、もし組織内に侵入していたならば、どれほど恐ろしいかと。
「元・type
だが、彼女が味方ならば。type
「
成平千尋が味方であるならば。
様々な感情が全身を駆け巡りながら俺は、彼女に賭けてみようと思った。
◇ ◆ ◇
周囲は静寂に包まれている。海底施設から地上へ出てすぐの街には、人の影などまるでない。2割ほどの住民は街から避難した。5割は間に合わず屋内で待機している。ならば、残りの3割は。
「この静寂こそ、
第一機神、第二機神、第四機神の3機の機神が言葉を交わす。その背後に広がる街にあるのは、完全に動作を停止した無数の機神だ。その数は、残る3割の住民の人数とほぼ一致する。
「
不敵な笑みを浮かべる第二機神と、朗らかな笑みを浮かべるtype
「これこそが———」
彼ら以外の全てが静止した世界。私にとって、あまりにも気持ちが悪い世界。
「———機神の國、その始まりだ」
噛み締めるように、第一機神は口にした。
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