第4章 第4話

 多少の抵抗は予想していたが、所詮は只人ただびと第一機神わたし第四機神フォース・マキナの前では塵芥ちりあくたも同然の相手に過ぎなかった。


「ここを守っている人間は全員倒したし、この子も抵抗はしなくなったみたい。あとはセカンドの中身を引っ張り出すだけね、ファースト」


 第一機神わたしに笑顔を向けてくる第四機神フォース・マキナtype変幻自在ヴァリアブルは、生まれた時期を同じくする昔馴染みだ。先日までは、吹き飛んだ中枢の代わりに別の人格がその身体を支配していたようだが、第一機神わたしが回収していたかつての中枢と入れ替えた。別人格だった間の知識は第一機神わたしの持っているもので補完したが、今のところ支障はないようだ。


「そうだな。この扉、物理的に破壊することは可能であろうが、時間がかかる。第一機神わたしが扉を破壊する間、残りの人間の排除を頼む」


「まかせてちょうだい」


 後ろを第四機神に任せ、第一機神わたしは扉に手を付ける。


 最初に生まれた第五までの機神は、それぞれが自己修復機能と、機神以外の金属を同化する能力を有する。分厚い扉の表面の金属を同化し、己の中へと取り込み、ある程度のところで力任せに扉を開いた。


 約10が経過し、ようやく人ひとりが通れる程度の隙間が生まれる。その間後ろで2度ほど戦闘が起きたが、全て第四機神単機で解決したようだ。


「待たせたな」


「そんなことないわ。人間は弱かったし、この子も暴れることなんてなかったもの」


 第一機神わたしと第四機神の間に立っているのは、第一機神わたしの命令で沈黙している機神マキナtype熾天使セラフ。名は「アサノカグラ」だったはずだが、その名ももうじき意味のないものとなる。


「行くぞ」


「えぇ」


 厚い扉をくぐり、部屋の奥へと進んだ先にあるのは、1体の機神がいた。


 酷く破損した全身は、第一機神わたしの知る彼女の最後の姿から何1つとして変わっていない。破損部から露出する内部にいくつかケーブルを繋がれているが、それ以外は全く同じだ。深紅の長髪に、目を閉じたままの人型機神。第二機神セカンド・マキナtype原初の女イヴ


「残った3機、ようやくみんな集まったわね」

 

穏やかな声で、第四機神が呟いた。



 15年前、第一機神わたしたちは、人間と争った。とある研究所がある島で、その島の自然を破壊しつくすほどに。


 その時に存在した機神は第一から第五までの五機。しかし人間との争いの末第三機神サード・マキナtype聖人ノア第五機神フィフス・マキナtype人間ヒューマンを失い、残ったのは我々三機だけとなった。


 第一機神わたしは破損が酷く、戦いの途中で戦闘不能となり身を潜めることとなった。


 第四機神は中枢コアを失っていたらしく、ほぼ全ての記憶データを失い、新たな中枢コアを自己修復機能で再生したようだ。結果として別の人格が形成され、人間たちに溶け込んで生活していた。本来、このようなことはあり得ない。機神type変幻自在ヴァリアブルという特異な存在だったからこそ、こういった現象が起きたのだろう。


 そして今、目の前にいる第二機神。戦闘不能になり人間たちに回収され、あらゆる研究が行われ、しかし解明することが叶わず此処へと封印された。


 第一機神わたしが第二機神のことを知ったのは、自己修復が完了して捜索を始めてから数年後のこと。その時期に、第四機神の元の中枢コアも発見した。


「もう第二機神おまえは、自己修復を実行する機能が停止しているのだろうな。中枢コアの損傷が酷いのは、最後に見た時から理解していた」


 だからこそ、代わりのボディを用意した。第二機神のボディと同じ女性型の機神が誕生するまで、長い年月がかかった。


第二機神かのじょ中枢コアに残っている記憶データを、type熾天使セラフにコピー、上書きする。それなりに時間がかかる」


「わかっているわ。わたくしが見張っていればいいのよね?」


 第四機神の問いに、頷きで返す。


 振り返り、虚ろな目で立つtype熾天使セラフの腹を開き、中枢コアを露出させる。先ほど捕獲したときには既に、頭以外のほとんどが機神と化していたため、面倒な手間が省けた。そうでなければ、人間である部分を破壊しては修復するのを待ち、体の9割以上が機神となるのを待たなければならなかった。


 type熾天使セラフの中枢と、第二機神の中枢を接続する。第二機神のデータを読み取り、それをtype熾天使セラフへと上書きする。生まれ変わる第二機神に、アサノカグラの記憶は必要ない。在りし日の第二機神かのじょをもう一度、この機体からだで目覚めさせるのだ。


 何度か人間を撃退しながら、3時間が経過した。第二機神の中枢にあったあらゆる情報の複製が、ようやく終了する。


 第一機神わたしが発していた命令を中止し、機神type熾天使セラフの起動を待つ。


 一瞬が永遠のように感じられるというのは、こういうことかと理解した。


 閉じていた少女の目が、ゆっくりと開かれる。視界に映るのは、元の機神type熾天使とは異なる朱色しゅいろの瞳。第二機神かのじょ第二機神セカンド・マキナたらしめる証拠。


 意識を取り戻した彼女は困惑したように眉をひそめ、己の体の端から端まで視線を動かし、周囲を見回し、第一機神わたしへその眼を向けた。


「お前は、どちらだ」


 第一機神わたしの問いに、フッ、と呆れたような、しかし不敵な笑みを浮かべた。


「久しい、で良いのか。私からしたら数時間前に見た顔だがな。手間をかけさせたようだ、アダム」


 かつてと変わらぬ尊大な口調。不遜たる物言いに、嗚呼、第二機神かのじょが帰ってきたのだと、そう確信する。


「こうして言葉を交わすのは、実に15年ぶりだとも。よく帰った、第二機神イヴ


 喜色の笑みを浮かべて、そう返した。

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