第4章 第3話
突如、浅野神樂の機神反応が消えた。その事実に、指令室には言い様のない焦燥感と緊張が走った。
先日の襲撃から約一週間、浅野神樂と笹原以外の機神の反応は一つとしてなかった。だからといって、こちらは油断していたわけではない。常に警戒は怠らなかったし、いつ機神が現れても問題ないように準備もしていた。しかし今、浅野神樂の機神反応が消えたのだ。
一週間、部隊の誰もが彼女と接していたのだ。理由もなく失踪するような
「
先日彼女を追い回したという女性型機神の姿が、真っ先に思い浮かんだ。それと同時、モニターに思い浮かべたのとは別の機神の
わずか数秒、しかしその記録はその対象が何者であるのかを知らせてくる。
他の機神とは一線を画す戦闘力と、姿を変えるという特殊過ぎる性質から、可能性はあると思っていた。だが彼女、成平千尋から放たれた中枢反応は十五年前のアレとは違うものだったのだ。
浅野神樂は言った、中枢にデータを上書きしたのではないかと。だがもし、あの身体に15年前とは別の中枢が収まっていたのだとしたら。何者かが、かつての中枢を保管していたのだとしたらどうだ。
モニターが示した反応と、遅れて映し出された監視カメラの映像を瞳が捉える。液体金属のような姿から女性へと変わった変幻自在の機神と、布を被った男の姿。
「人通りが多い場所だ、戦闘になれば一般市民を巻き込むことになる……‼ 笹原を含む部隊員は監視にあたれ。の姿を捉えて忘れるな‼」
「
今までのような、榎園藍や成平千尋からしたら雑魚の機神とは訳が違う。疑いようがない、確定的に明らかだ。モニターに映し出されたアレら2機は───。
「
15年前の悪夢が、再び始まろうとしていた。
◇ ◆ ◇
意識が朦朧としている。眠れという命令が、頭の中に響き渡っている。本当に寝ながら歩いているかのように、眼球がまともに機能していない。耳に届いている街の喧騒から、どうやら騒ぎが起こっているということはなさそうだ。
逃げなくてはならないと考えながらも、命令に従わなければという思いも湧いてくる。
そうだこれは、先日の対機神部隊襲撃の時に感じていたものと同じだ。あの時は私ではなく藍が表に出ることで、その影響を受けないようにしていたのだ。藍は、今のように
だが、現在藍は表に出てこない。平生であれば背中から抱きしめてくれている感覚があるのに、今は気配すら感じない。
自分が今どうなっているのかわからない。これからどうなるのかもわからない。ただ、よくない事が始まろうとしていることだけは間違いないと、それだけは確信していた。
◇ ◆ ◇
東京湾の海底に建造された施設。
厳重なロックがかけられた一室を、数人でシフトを組んで警備する。
半年間、ほぼ休日無く仕事をすれば残りの半年はすべて休みだ。その間も給料が出るし、額も高い。しかし、施設内に娯楽がない。景色も代わり映えせず、人が来ることなど滅多にないから正直言ってすぐ飽きる。とはいえ、これは国にとって大事な仕事だ、気を抜くようなことはしていない。していないが、激しい衝撃とけたたましい警報音に、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
こんな東京湾の海底であの衝撃。地震が起きてもビクともしなかったこの場所に、一体何がと考えたが、目の前に長く続く通路の端が爆発し、侵入者だと理解した。
ここを管理しているお偉いさんじゃないのは、その風貌を見ればすぐにわかった。
長身のボロ布を纏った男が1人。長身で髪の長い女が1人。どっかの高校の制服を着た少女が1人。男は無表情で、女は笑顔をこちらに向ける。少女はどこか虚ろで、ゆらゆらと歩いている。
俺はアサルトライフルを、隣にいた同僚はバズーカ砲を構える。何者だ⁉ と問うても返答はなく、ならばと容赦なく引き金を引いた。しかし、弾丸が命中した音が妙だった。男に命中した弾丸は、まるで金属に当たったかのような音を立てて跳ねた。ボロ布が剥がれ、その姿が露わになる。
薄暗い通路で、男の体は銀色に輝いていた。弾丸で破れた服の隙間から、破れた人の皮の間から、機械のような何かが露出している。同僚が放ったバズーカ砲が命中しても、奴らの進行を止められない。長身の女の腕もまた、銀色に輝いていた。
「機神……⁉」
それ以外に考えられない。背後の部屋に厳重に封じられているモノも機神に関わっているとは聞いていたが、よもやそれを取り返しに来たか。
俺たちも向こうも、逃げ場はない。命乞いなど聞いてくれるような連中でもないだろう。俺は同僚たちと共に頷きあう。こういう現場だからこそ、バカ高い金をもらっているのだ。目の前の侵入者を排除する以外に、残された道はない。
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