第4章 「原初の五機」
第4章 第1話
私は
だが、しかしだ。私は成平千尋を、信頼していると言っていい。理由はどうあれ、あの女は神樂を好いているようだから。あの女がどのような目的を持っているか、どういう願望で動いているかまでは知らないが。神樂に対する親愛の情が本物であることは、そしてそれを裏切らない性質であるということは確信している。
私は、信頼しているのだ。成平千尋の、神樂に対する好意という一点においてのみ、絶対的な信頼を置いているのだ。
◇ ◆ ◇
周囲の目を気にしている余裕など、今の私にはなかった。人間の限界を当然のように超えた速度で、しかし街行く人たちにぶつからないように細心の注意を払いながらの全力疾走。
だというのに、一向に気配が遠のいてくれない。いやむしろ、じわりじわりとその距離を縮めてきている。
ほんの一瞬、速度を緩めず背後へと視線を向ける。しかし、私の瞳には成平千尋の姿は映らなかった。こちらを追うのを諦めたのか? そんなはずはない。何せ今この瞬間にも、あの絡みつくような機神の気配が迫ってきているのだから。
「ていうか、成平さんの体でしょアレ。なに、昨日の命令にでもやられたの⁉」
私も藍に守られて身体の内で寝ていたが、自分のことはいったん棚に上げておこう。
だが実際、あの人がそのような事でやられる
「逃げることが最優先……!」
後方へと向けた眼球が、人込みの中に奇妙なモノを捉えた。地面を這う様にこちら目掛けて一直線に進む、銀色の液体。メタルスライムか何かかアレは、と叫び散らしたい気分になる。
成平さんが人間の姿から大きく逸脱した姿をしていることを見たことがなかった。彼女曰く、好みの問題とのことだったが、まさかここまで跡形もなく姿を変えることができるとは。機神type
「仕方ない……!」
フードを被り、身体から鉄線を放って跳躍する。地上の人たちがこちらを見上げて驚愕の表情を浮かべているが、気にしている余裕などない。中にはカメラを向ける者もいるが、やめてくれと大声で叫ぶわけにもいかないだろう。気休め程度の変装として眼鏡とマスクをしていたのは正解だった。
人外の立体的軌道で以て、ようやく機神type
た。
対機神部隊の地下施設へと着いた頃には、既に日は沈み街灯が
「すいません、遅くなりましたぁー!」
汗をかく機能はまだ残っているらしい。シャツを湿らせ額から汗を垂らしながら挨拶をすれば、対機神部隊の人たちの視線がこちらへと一斉に向けられた。そこに込められた感情は様々、懐疑と困惑、そして殺意。
あぁ、なるほど。藍の記憶でこの様な視線を向けられたことは知っていたけれど、百聞は一見に如かず、その身を以て体験すると居心地の悪さがよく分かる。彼女がそれを気にするような性質かどうかは別として。
そんな視線に囲まれる中で、努めて無機質に、しかし確かな気遣いを含んだ声が発された。
「謝る必要はない、来てくれただけでも
それに、君が理由もなく約束を破る性格でないのは聞いている。何か問題があったのだろう」
久城護人という名らしいここの局長が、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
「ここでは話もしづらい、奥の部屋に行こう。念のため、隊の者を二名ほどつけさせてはもらうが」
機神相手にどれほど意味があるかは知れぬがね。そう付け加えた。
テーブルを挟んで、私と久城局長が向かい合っている。両者を遮る仕切りも無く、こちらを拘束するようなこともしない。彼の後ろに対機神部隊の隊員二人が休めの姿勢で、私へと警戒の視線を向けているだけだ。侮ら(あなど)れているというわけではなく、信用されているということか。
「まずは遅れた理由を聞こうか。あぁ、責めているわけではない。
君は何があっても他人との約束を守る性格だと聞いていたからね。そうできない理由があったのではないかと思ったんだ」
深呼吸を1つはさみ、目の前に座る大人の眼を真っ直ぐに見つめた。久城局長は何も言わず、こちらが口を開くのを待っている。急かすことはしない。数秒の沈黙の後、口を開いた。
「機神type
久城局長がこちらへと向ける目に、疑いの色はない。どこまでも真摯に、私の放った言葉を聞き入れてくれている。だが私の言葉を信じてくれるのと、その事実を認めたくないと思ってしまうのは別のことだ。彼の顔には苦い表情を浮かび、目は細められて
「彼女の戦闘力は、私たちもよく知っている。どのような経緯かはともかく、それが敵に回ったというのならこの上なく厄介だが……」
今の機神type
「逃げなきゃ、って思いで頭がいっぱいだったので、彼女がどういう存在下は判断できませんが———」
理由は分からない、あの身体を操るのが何者であるかも知らない。けれど、絶対的な自信で以て断言できる事がある。己以上に
「アレの中身は、私たちが知る彼女じゃありません、断言できます。どちらかといえば、人間を見下しているような性質かと……」
成平千尋という
だが、しかしだ。アレは違う。成平千尋と同じ姿をしているだけの碧玉の瞳は、人間を対話の対象として映し出していなかった。道端に転がる障害物の如く、許されるのなら破砕しても構わない対象としてしか捉えていない。
「笹原から、機神が襲撃を行った原因を聞いた。どこからか発せられた命令があったと。彼女がソレを受けたという可能性はどうだ」
昨日のことに関して、分かる限りのことは朱希から聞いているらしい。再度説明する必要が無いのはありがたい。
「それなら、昨日の襲撃に混ざっていたと思います。……アレは、中身を入れ替えられたか上書きされた、そうとしか考えられません」
機神ではない大人3人が驚愕の表情を浮かべる。中身を上書きとはどういうことか、そのような事が可能なのか。そんな疑問を抱いている。
「機神の情報は
「人間ではないんだ、可能性を否定することはできない。
しかし、そうか。敵に強力な戦力が加わってしまったという事実は見過ごせんな……」
機神type
「だがならば、昨日のアレは人が起こした事象ではないということだ。研究室の連中がどれだけの知恵を絞っても、機神の中枢にアクセスすることが出来なかったと聞いているからな」
それを可能としている人類以外の存在とは、いったい何者なのか。
「該当する機神が一機だけいる。15年前に数多の機神を率いて戦いを起こした、原初の
「第一機神と、そう呼んでいる」
いつかの夕暮れにすれ違った長身の男のことを、何故か思い出した。
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