第3章 第7話(終)
対機神部隊の護衛として、地下施設で一晩を過ごした。
眠気と疲労を覚えなくなった機神の身に任せ不眠不休で周辺の警戒をしていたが、機神は1機も襲っては来なかった。
「ありがとう。君のおかげで、体と気を休めることができた」
そのようなことを口にする割には目が充血している。組織の長たる男だ、まともな睡眠をとる時間はなかったのかもしれない。私には関係のないことだけれど。
「礼は蜘蛛である私ではなく、この身の主である神樂へお願いします。私が貴方がたへ助力したのは、彼女の性格を尊重しただけに過ぎませんので」
私の言葉に、久城護人は目を細めた。一見睨みつけている様にも見えるが、榎園藍という機神の性質を推し量ろうとしているのだろう。
「広域に放たれていた機神への命令は、昨日の夜から
こちらの言葉に何か思うことがあったのか、久城護人は眉間に皺を寄せて虚空を見つめる。数秒の
「あれだけの数の機神を動かしたんだ、その命令とやらはとても強力なモノだと考えている。
何故。彼はそう口にした。
「君と笹原は、その命令とやらを無視して行動していたわけだろう。どうして無視することができた」
「……意志の強さ、というのが一番しっくりきますかね」
私の回答に眉を
彼が抱く懸念は理解できる。
「耳元で大音量の演説を聞かされているのを、どこ吹く風とでもいう様子をイメージしてもらえれば分かりやすいですかね。雑音の一切を無視して、己のやりたいことと思考に没頭しているというわけです」
どんなに別のことを考えていても、何を言っているのか理解してしまえば思考の幾らかはそちらへ持っていかれる。ならば最初から、その音の意味を理解しないようにすれば良い。或いは、そんな騒音にすら気付かぬほどの大音量を己の内で響かせるか。
「そして、機神の性質はその活動が終わるまで変わらない。だから、同じ方法での命令であるなら、私と笹原朱希は自分の意志を貫きますよ」
こちらを見分するように瞳を動かし、溜め息。疑いを拭いきれない瞳で、しかしこちらを信用しようという意思が見える眼差しが向けられた。
「榎園藍、私たちに協力してもらえないだろうか」
決意に満ちた声だった。
「私たちに可能な範囲であれば、望むモノを返すと約束する。君たちの力を、その人智を超越した武力を、貸してはもらえないだろうか」
「良いですよ」
即答だ。目の前に立つ部隊の長は、何を言われたか理解できないような顔をした。
この手のお願いをされることは予想していたし、それに対する回答など考える必要などない。何故なら私は、榎園藍は、浅野神樂の
「詳しい話は、神樂と直接してください。昼頃になれば目を覚ますと思うので、放課後であれば大丈夫ですよ」
困惑と安堵が混在した表情を見せたのはほんの一瞬。感謝の笑みを浮かべた。
「では、君たちからの連絡を待つとしよう。2日経って連絡がなければ、笹原を向かわせる。こちらから連絡する手段としては、電話よりも確実だ」
「逃げはしませんよ。神樂であれば、ね」
私は、浅野神樂のことをよく理解しているのだ。
◇ ◆ ◇
昼休みが過ぎ、5時間目の授業もあと10分程度で終わる頃合い。窓から差し込む西日に顔の半分を焼かれている状態で私、浅野神樂は意識を取り戻した。
寝起きのようにぼんやりとしている、ということはない。むしろ意識は明瞭だ。当然だろう、私は機神なのだから。
「うぇー、何やってんのよ……」
目覚めと同時に、私を眠らせて表に出ていたらしい藍の記録が流れ込んできた。思わずため息を吐いた。昨日から今日にかけてあった出来事はすべて把握し、藍が自分の身体を使って何をしていたのかも理解した。
よくもまぁ、と思わずにはいられない。「浅野神樂であるならば」、それだけを考えて取った行動は、私だったなら間違いなく取っていた行動だった。
助けを求められれば手を刺し伸ばす、困っている人がいるなら助けてあげる。機神となった私の根底にある考えが、人間が善なるモノであれば当然に備えている行動原理であることを、よくもまぁ理解しているものだと。
「とりあえず、放課後に朱希の上司に挨拶しないとねぇー」
授業終了のチャイムと同時に、スマホを取り出す。夕方に向かいますと、久城護人局長へと連絡した。
久城局長さんと約束した場所へ向かうべく、着替えを済ませて駅前の人込みの中を突き進んでいく。
ふと、視界の端に見知った姿を捉えた。黒茶色の長髪を靡かせる、エメラルド色の瞳を持つ女性。そういえば、しばらく会っていなかった気がする。学校に来ていたアレは人形で、バイトのときも顔を出さなくなっていたのだから。
「成ひ———」
彼女を呼び止めようと手を伸ばし、口から名前を零そうとしたその瞬間。突如現れた鉄線が全身を縛り上げ、喉を押し潰して音を吐き出すことを阻止した。敵ではない、藍に違いない。
だが何故か。
海よりも深く私を愛している彼女であったとしても、嫉妬だけでこのようなことをするはずがない。
成平千尋の姿をしたモノが、こちらへ視線を向けた。
藍の嫌う彼女ではない。あらゆることを訳知り顔で話すあの人とは何かが違う。
だが、遅かった。
「あら?」
夕暮れの日を受けてなおエメラルド色に
他人と肩をぶつけてもお構いなし。周囲の人間などまるで意に介さずに一直線で、私へと向かってくる。
「貴女、type
その口調、声色、仕草。何をとっても成平千尋であるはずがない。こちらへ伸ばされた手を弾く。私は彼女から、人間の限界など超えた速度で逃げだした。
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