第3章 第6話
私たち機神の中へ直接、命令と呼んで相違ない音が永遠に響き渡っている。
昨日の夜から鳴り響いているソレは、相性的に神樂であれば有効だったのかもしれないが、私にとっては公園ではしゃぐ子供程度の環境音でしかない。表に出ているのが榎園藍であるならば、この程度の雑音で神樂の体を好きにさせることは無いと断言できる。
だが、ここに群がっている有象無象は違う。己の意思は
「地上の機神はこんなものね」
着ている衣類はボロボロだが、神樂の身体は機神の再生能力によって金属へと変性しながらも修復されている。肌色と銀色が不気味に混ざり合いながらも、傷と呼べるものは1つとして残っていない。
「笹原朱希が行ったから大丈夫だとは思うけど……」
地下施設への入り口は伝えられているし、機神が以上に集中している地点も感知している。
息を吐き出し、
地下施設へ侵入するために破壊されたであろう穴へ降りれば、前後どちらも機神がひしめき合っていた。
判断は一瞬。前方の通路にいる無数の機神を切断し、破砕しながら進んでいく。後方の機神が破壊音に気付いてか、こちらを敵と認識して追ってきた。上々だ、こちらへ向かってきてくれるのなら同時に対処することができる。
そこからは無双だ。鉄線で引き寄せた機神どもを、片っ端から斬り裂き砕く。指令室があるらしい方へ向かっていた連中もこちらに来て、狭い通路に残骸が積みあがっていった。
そうして十数分、機神の数が残り5機となったところで、対機神部隊の人間たちと合流した。
「君が、協力者だという機神の少女で間違いないか……?」
フルフェイスヘルメットの男が、ライフルの銃口をこちらから逸らさず問いかけた。警戒されているのがひしひしと伝わってくる。未だ緊張が解かれていないようで安心する。
「そうです、と言って貴方がたは信じるのですか」
「……信じるとも」
数瞬の沈黙を置いて、男はそう言った。
「君が我々に協力している姿は何度か見ているし、今回はこうして言葉を交わしている」
そういえば、神樂は笹原朱希以外とはコミュニケーションをとらないように意識していたなと思い出した。あくまで、笹原朱希の協力者なのだとでもいうように。
男はこちらを真っ直ぐ見つめて、それに、と続けた。
「笹原が、君は協力者だと言ったのだ。我々を攻撃せず言葉を交わしてくれた君を信じたい」
呆れた。この連中は機神と戦っておきながら、監視対象の機神を信じるというのだ。愚かしいことこの上ないが、神樂であれば信じられずとも助けただろう。
「信じてくれるのなら、その分の働きはするわ。笹原朱希、聞こえているわね」
彼らの後方で羽ばたく機神は、私の声に反応して顔を向けた。
「私は来た道を戻って機神を
『任せていいの?』
鷹の鳴き声が、私にしか理解できない音で問いかけた。彼女の投げたその疑問に、心底どうでもよいとでもいうような目を向ける。
「任されたわ。神樂だったら、
それだけを告げ、彼女らのもとから飛び去った。
通路が狭く、敵が多かった。敵性機神の殲滅に時間を要した理由は、それだけだ。破壊力と防御力、どちらにおいても他の機神に劣る部分は一切無い。現に
敵を滅ぼしている間に地下施設内をぐるりと一周したらしく、指令室で笹原朱希ら対機神部隊と合流した。そこにいる者らの視線は、私と笹原朱希の二機へと向けられている。
警戒と軽蔑、憤怒、憎悪。私へと向けられているのは間違いなく、マイナスの感情が大多数を占めている。対して笹原朱希へと向けられているのは、困惑と
彼、彼女らからしてみれば、大切な妹或いは娘が人外の金属へと成り果ててしまったのだ。当然といえば当然だろう。しかし、だが。私にはそんな事は関係ない。
「敵はいなくなったのだし、帰ってもよろしいでしょうか?」
こちらへ向けられる視線が、敵意の色を強くした。本当に興味が無いだけで悪意はないのだ、そう熱い眼差しを向けないで欲しい。まぁ、そういう態度を隠そうとも思わないのだが。
「待ってほしい、天使型の機神」
こちらへと声を発したのは、あらゆる感情を秘めながらもソレらを押し殺した目の男。この指令室でも最も高い位置に立つ、眉間に皺を寄せた人間。この場の長たる者。
「私は
溜め息を吐く。
面倒ごとを押し付けられるのは目に見えているが、神樂であれば二つ返事で請け負うだろう。無論、それが非道でないことを前提としているが。そして私は今、彼女の名代を務めているのだ。彼女の意思から外れすぎない行動をとらなければならない。だが、告げねばならないこともある。
「話を聞くのは構いませんが、今話している中身は蜘蛛です。それでも良いのなら」
刹那、こちらへと向けられる感情に含まれる殺意が、明らかに強まった。それはまるで、様々な色がちりばめられていた絵画に黒のペンキをブチ撒けたかの様に。だが久城と名乗った男は彼らを制し、まっすぐな目を向けてくる。
「中枢の反応が2つあると判明した時から、もしかしてとは思っていた。だが今日、先日までの君とは明らかに違う態度で確信したよ。その身体の中に、2つの人格があるのだと」
淡々と、無感情に。ただ事実だけを語るかの如く。彼が努めて冷静であろうとしてるのが見て取れた。
「機神が自分の在り様を変えることはできないと理解はしている。感情を無視して、どうしようもなかったのだと吞み込んだ。その上で、君を頼りたい。
我々に協力して欲しい。君たちの要求は、可能な限り応えると約束しよう」
こちらの答えは決まっている。今ここで答えるのは榎園藍ではなく、浅野神樂の代理人なのだから。
「良いでしょう、協力します。まずは貴方がたの護衛を。その後のことは、明日以降で構いませんか?」
私が差し出した手のひらを、こちらの目の前までやって来た久城護人が力強く握り返した。
「あぁ。互いに、聞きたいことは山ほどあるだろうからな」
頭の中で鳴り響いていた雑音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
◇ ◆ ◇
四肢を砕かれ
細かい傷が目立つ、翠の光を放つ水晶。機神の
無謀にも
しかし、心臓たる中枢があった場所の金属が、新たな心臓を生み出そうと
その前に、だ。
最愛のモノでないとはいえ、友と呼べる存在であることは間違いない。言葉を交わすのも10年ぶりだ。喜びと呼んで間違いない感情が己の内に生まれているが理解できた。
「
そう口にして、
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