第3章 第4話

 日が今にもその姿を地平の先へ隠そうという瞬間。信じがたい光景が、対機神部隊局長たる俺の、久城くじょう護人まさとの目に飛び込んできた。眼前に広がるモニターに映るのは、このビルを中心とした市街地図。そこに、無数と呼んで過言ではない数の機神反応が現れている。


「何が起こっている……⁉」


 理解できるのは、このビルが機神によって包囲されているということ。否、既に何体かの機神は正面から侵入してきているに違いない。


「各自早急に戦闘態勢へ移れ! 生半可はするな!」


 とは言っても、恐らくこの街にいるほぼ全ての機神が集結しているのだ。何度か機神を撃破したことがあるといっても、今回のはさすがに全滅を免れないかもしれない。数名が生き残れるだけでも奇跡といって違いない程の戦力差だ。


「だが、諦めるわけにはいかない……」


 誰に言うでもなく漏らしたその言葉に、指令室にいた何人かが頷いた。そうだ、ここにいる者は皆、15年前のあの日に誓ったのだ。理不尽な死など受け入れないと。


「久城」


 指令室のドアが開く。私に声をかけてきたのは、白衣を身に纏った長身の男だった。


「どうした、城嶋きじま


「研究所からも何人か出す。多少の実戦経験はある連中だ」


 この部隊を支える機神関係の研究所の代表であり、私の友人でもある城嶋蓮夜れんや。彼が、無表情に協力を申し出た。


「助かる。だが無謀むぼうはするなよ」


「分かっているさ」


 それだけ確認すると、白衣をひるがえして部屋飛び出す。


 地下にある指令室が激しく揺れた。戦闘が、始まった。


◇ ◆ ◇


 大量の機神の気配が、オフィス街の方から感じ取れた。神樂ならば、きっと少しの間色々考えて、結局全速力で駆けて行くんだろう。だけど、私はそうじゃない。私は、神樂の身体を傷付けたくはない。


「けど、確かあのの仕事先って、あっちの方なのよね」


 神樂には傷付いて欲しくないけれど、笹原朱希という少女は神樂が大切にしている人間の一人だ。であるならば、神樂を愛する私榎園藍には放っておくことなどできはしない。榎園藍とはそういう機神だ。


「……はぁ」


 溜め息を吐きだす。最低限の準備をして、神樂の部屋を後にした。

玄関から飛び出そうとしていたところに、早苗さんがリビングから顔を出した。


「神樂、どこか行くのぉ~」


「あぁ、お母さん? 成平さんが一緒に夕飯でもどう? って聞いてくるから、行ってこようと思って」


「えぇー、せっかく作ったお夕飯どうするの」


 もう日は暮れている。夕飯の準備は当然しているだろう。


「本当にごめん、今日だけだから!」


「仕方ないわねぇ~。すぐダメになるものでもないし、行ってきていいわよぉ~」


「ありがとう、行ってきます!」


「行ってらっしゃ~い。泊りになるようだったら連絡頂戴ねぇ~」


 理解のある母親でありがたい。ああいう親だからこそ、神樂もとても良い子に育ったのだろう。家を出て、機神の反応が集まっている方へと視線を向ける。己のもてる全力ではなく人間として常識の範囲の全速力で、その方向へと駆けだした。


 頼むから、到着したときには全部終わってました、なんて事だけは止めて欲しい。


◇ ◆ ◇


 避役カメレオン型機神との戦闘によって一般人立ち入り禁止となっている区画。ワタシが向かったその場所に、無数の機神が群がっている。部隊専用の通信端末から、多数の機神が攻めてきていることは知っていた。だが実際に目にすると、その光景はあまりに壮絶で、恐怖心を増幅させるモノだと認識させられる。


『一番出口から来る連中、後を絶たねぇな!』


 部隊員の誰かの言葉が端末から響く。ワタシもこんなところでモタモタしているわけにはいかないのだ。無事を願っていた地下への隠し通路は、果たしてまだその役目を終えていなかった。細い通路内を全速力で駆け抜け、対機神部隊と研究所を繋ぐ通路へと出た。


『機械的な動きしかしない連中だからどうにかなってるようなものの……』


『ホント、数が減らないったらありゃしない』


 もうしばらくは持ちそうだ。そう思っていなければやってられない。未だ頭痛は収まらず、意識は僅かに朦朧としているが、それでも立ち止まるわけにはいかないのだ。


 何故ならば、部隊の彼らは家族なのだから。何もしないままに、家族を失う訳にはいかないのだから。


 数分走り続けてようやく、部隊の者が何人を視認した。


「笹原!」


「クマノさん……!」


 よく顔を合わせる隊員と合流し、現状を説明してもらう。どうやら彼らは、別ルートから侵入している機神が無いかを確認するためにこちらへ来ていたようだ。


「こちらへ来るまでの通路で、一度も機神は見なかったんだな?」


 痛身を覚えるほどに力強く肩を掴んでの問いに、頷きを返した。


「なら、一度戻るぞ。にしても、これだけの機神がいたなんてな……」


 多種多様な虫の形をした機神や、カエルにヘビなど、未だ見たことのない機神が次々と現れているという。現在は敵が攻めてくる方向が一つだけの為なんとかなっているが、それもいつまで続くか分からない。


「他の二方は、大丈夫なんですか……?」


「今は何の連絡も入っていない。このままなら何とか───」


 部隊の誰かがそう口にした瞬間だった。


「ッ……⁉」


 構造物を破壊する轟音と、金属の擦れる不快な音が通路内に響き渡る。場所は眼前、これから向かおうとしていた指令室側の通路。


「運が悪いッ!」


 破砕された天井が土砂を撒き散らし、土煙を上げる。その中から、蛇型の機神が姿を現した。


◇ ◆ ◇


 未だ進入禁止のテープが張られた、機神type 蜘蛛スパイダーと私が戦闘を行ったビルの倒壊跡。浅野神樂が機神になったこの場所。成平なりひら千尋ちづるはそこで、翠玉の瞳を持つ男と対峙していた。


「まさか、第一機神わたしの居場所にこうも早く敵意を持つ者が現れるとは。恐れ入ったよ」


「これだけ盛大に指令を出しているんだ……、バレない方がどうがしていると思うがね……」


 己の内に鳴り響く命令に耐えながら平静を装い、目の前にいる男性型の機神へ挑発的な笑みを投げた。対する彼は、微塵も変わらぬ無表情のまま口を開く。


「そういう意味で言ったのではない。第一機神わたしの指令を無視するほど強固な意志を持ち、加えてそれを発している場所を突きとめる。そして、性能的に決して高いとは言えないが、機神の壁を突破する程の戦闘力を持つ機神がこの世に存在するのか。そういう意味での驚愕の言葉だ」


 この場所の周囲には18機の機神が配置されていた。決して目立つようにではなく、夜の闇で見えないようにだが。


「だが、貴様を見て理解した。貴様ならば、程度の低い機神十数機を蹴散らすなど造作もない」


 眼前の男、始まりの機神たる第一機神type原初のアダムは、まるで十年来の友人にでも語り掛けるように優し気な口調で、私に向かって言葉を放つ。


「ずいぶんと、私のことを知っているようじゃあないか」


「よく知っているとも。第四フォース機神マキナtype 変幻自在ヴァリアブル


 一瞬の間もない返答に驚愕はしない。己がただの機神とは一線を画す性能スペックだというのは理解していたし、己の出自を考えればその答えに辿り着いてたが故に。


「今の貴様にそれを語ったところで、意味はないのだろうがな」


 なればこそ。第一機神はそう続けた。


第一機神わたしの目指す先を理解しているのか、第四機神(貴様)は」


「あぁ理解しているとも、第一機神ファーストマキナ。君の目的も、君たちの動機も。何の思い入れも無いはず君たちのことを、私が始まった時から知っていた」


 それは、15年前から変わらない。


「あの日、あの場所で、目覚めた時には自分のことすら何も覚えていなかった。だというのに私は、君たちの名も、姿も、発される音や性質に至るまでのすべてを、当然のように知っていた」


 それは、成平千尋というモノが生まれた瞬間の話。


「しかし、それ以外のことは何も知らないんだ。君たち以外の何もかもを知らなかった私が一番強く抱いた思いは、今の私を形作っている願いは、ただ知りたいと、それだけだった。

 私がどういう存在なのかを、私はどういう環境にいたのかを、世界は今どうなっているのかを、私はこれからどう生きていくのか。

 くだらない事から通常の人間ならば見ることのできない世界まで、私はありとあらゆるモノを知りたい。それが私という機神の軸、今の私の柱だ」


 だからこそ、と。


「私は君を許容できない。《機神の國》など、私は絶対に認めない」


 一息置いて、機神type 原初のアダムは私を見据える。


「初めから、貴様の意見など第一機神わたしは聞いていない」


「知ってたさ、そのくらい」


 機神type 原初のアダムの首目掛けて、鋼鉄の刃を繰り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る