第3章 第2話

 機神となってから、まともに眠ったことがない。機神 type避役カメレオンと戦って、笹原ささはら朱希あきと協力関係を結んだ日から1週間後には、私は眠気を感じることがほとんどなくなっていた。


 そして既に、1ヶ月が経過している。


「疲れも眠気も全然ないなぁー」


 しみじみと、己が人間ではなくなっているのだと自覚する。成平さんから貰った人工皮膚で覆うことで人間の様に見えているが、この表皮の下は金属で埋め尽くされた人外のソレだ。


 このひと月にあった数度の戦闘によって破損と修復を繰り返したこの体は、8割以上が機神と化していた。


 部屋に鳴り響くアラームを止め、起きたばかりを装ってリビングに降りる。


「おはよう神樂、最近は朝早いじゃない」


 朝ごはんとお弁当を作っていたお母さんが、珍しいものでも見るように笑っている。言われてみれば確かに、前はあと30分は遅く起きていたはずだ。


「もうすぐ受験生だからねぇー、ちゃんと勉強しないといけないじゃない」


 5日間一睡もしていない、などと本当のこと言えるはずもない。それっぽい言い訳を口にして逃れるしかないのだ。


「そんなこと言って、どうせ朝から起きて漫画でも読んでるんでしょう」


 朝食をとりながら雑談をしていれば、起きたばかりのお父さんがそこに加わる。三人で食卓を囲んでの朝食は、何とも日常的な風景ではないか。そんなことを考えていれば、学校へ行く時間となっていた。


 

 学校に向かう途中で朱希の後ろ姿を捉え、肩を叩いて声をかけた。


「おはよう朱希ぃー」


「おはよう、カグラ」


 無表情で素っ気ない返事には、私は既に慣れ切っていた。何せこのやり取りを、既に1ヶ月も続けているのだから。


「昨日はありがとう。助かった」


 朱希がいうのは、昨日の夜に撃破した機神マキナtype蜥蜴リザードのことだ。彼女と協力関係を結んだあの日から、約束通りに機神との戦闘に助力している。


「今月もう3体目だよぉー、いくら何でも出すぎじゃない?」


 撃破した機神はtypeタイガー蜈蚣センチピード、そして昨日撃破した蜥蜴リザードの3体だ。どの戦闘でも体の一部を破損したが、撃破した機神の中枢コアを喰らうことで回復しているし、その能力を受け継いでいるから損をしているわけではない。


「今までは1年で2、3体だった。何かが起きる前兆かもしれない」


 朱希からの脅迫から始まった関係ではあるが、1ヶ月の付き合いになるのだ。少なからず彼女のことも理解できるようになるし、友情のようなものも感じられるようになる。だから、無表情ながらに不安がっているのが分かった。


「心配してもどうしようもないからね。今日のお昼ご飯のことでも考えよう!」


 無理やりに放った明かるい声に、朱希は笑みを浮かべた。



 今日は藍の姿をした成平さんがまったく絡んでこない。普段も藍本人に比べれば絡む頻度は少なくないが、ここまで接することが無かった日は初めてだ。彼女の身に何かあったのだろうかと考えていると、私のスマホが震えた。


「成平さんから?」


 同じクラス内にいるのに何をと思いながらスマホを見れば、何といえばよいのか分からぬ事項が並べられている。


 曰く、登校している藍の姿をした彼女の中身が、成平千尋ではないというのだ。半日の行動を見るに、私にあまり話しかけてこない事を除けばいつもと変わらない。元々の榎園藍という人間が私以外の人と話すことをしなかったから、静かにしているだけで彼女らしく見えるというのはあるが。


 しかし、では今このクラスにいる榎園藍の中身は何なのか。送られてきた文章を読み進めれば、榎園藍のガワをしたモノを動かしているのは、成平さんが作り出した人工中枢だというのだ。何てものを作っているんだ、あの機神ひとは。


 教室の隅の席で静かに本を読んでいる藍へ視線を向ければ、彼女はこちらへと手を振ってきた。他のクラスメイトから話しかけられても必要最低限のことしか返答していなかったのを考えると、私相手は親しげな態度をとるようだ。


 成平千尋は何故こんなことをしているのか、或いはしなければならないのか。そんな疑問を抱く。彼女に、榎園藍として過ごすだけの時間を割く余裕がないということなのだろうか。彼女は決して、事前の連絡もなく無意味にこのようなことをする機神ひとではない。


 続けて送られてきた文章には、予想の通りに時間的余裕がなくなったという内容が書かれていた。普段ほどの積極性を再現できなかったが、それ以外であれば問題はないくらいの知能だということらしい。ならば、問題はないだろう。


 クラスメイトは不審に思うかもしれないが、藍が落ち着きを見せている時期なのだという意味のことを言っておけば納得してくれる。実際、かつてそういう時期があったのだから。



 昼休みに向かったのは、学校の屋上の隅。台風の影響で風が強く、誰もいないはずのこの場所に、私たち3人は集まった。


「さてねぇー、何から話したものかな」


 腕を組み考える素振りを見せれば、真正面でこちらを見上げている朱希がその無表情を強張らせた。


 学外であれば、彼女の仲間が常に私たちを見張っている。それについては知っているし、直接的な被害があるわけではない。私がそうせざるを得ない対象であることは理解しているから黙認しているのだ。


 しかし、私自身に関わる話を顔も知らない第三者に聞かれるというのは、マイナスな感情を抱く。だからこそ、近くに寄らなければ強い風で声を拾えないこの場所を選んだ。


「朱希は、私という機神の特性を、何となくだとしても理解している?」


 特性とは即ち、機神の中枢を喰らうことでその能力を引き継ぐこと。3度の戦闘で中枢をお取り込むところは見せているし、機神typeタイガーとの戦闘の際にはtype避役カメレオンの迷彩能力を見せている。それ故に理解しているだろうと予想しているのだが、果たして返されたのは、肯定の意を示す頷きだった。


 ならば伝えても理解できるだろう。私が機神type蜘蛛スパイダーの中枢を取り込んでいて、榎園藍という機神の意識が未だ消えずに残っていることを告げても、だ。


 それを聞いた彼女の顔には、驚愕の感情などは浮かんでいなかった。


◇ ◆ ◇


 変幻自在ヴァリアブルの助力なしに戦うカグラの姿を、ワタシを含む対機神部隊のメンバーは3度目にしている。彼女が扱う鉄線が恐らく蜘蛛型機神の力であることも、彼女が機神の中枢を喰らって能力が増えても機神の反応が増えないことも。だというに、彼女が機神の力を使うときは常に蜘蛛型機神の反応があるということも、対機神部隊の面々は知っている。


 故に、蜘蛛型機神が彼女の中で生きていることを意味しているのではないかという推測は、容易にたてられた。そして、カグラの横に微笑みを張り付けながら立っている榎園藍が、恐らく本人でないことも。


「そうだろうとは思ってた」


 思わず、奥歯を噛み締めた。例え数人であったとしても、蜘蛛型機神はワタシの同僚を殺したという事実がある。アレに対して負が無いとは断じて口にできるはずがない。


 だが、機神とは己の願望の為にしか行動できない存在だということも知っている。機神というモノについてカグラが語ってくれたから理解はした。


「カグラの中に、蜘蛛型機神の意識があるなら教えて欲しい。ワタシの同僚を殺したことを、どう思ってる?」


 だから、ずっと訊きたかった。彼女出会って、その中にの機神が生きているのではと気付いてから、ずっとずっと問いたかった。仲間たちの死に何を思っているのか、その答えが知りたかった。だから、彼女の答えを耳にしたその瞬間に、両の目を大きく見開いた。


「藍には、全くと言っていい程に罪悪感はないよ。互いの意見が平行線で、そちらの正義のために私に干渉するなら容赦なく切り刻むと警告したのだから、ってね」


 怒りや悔しさは確かにあるが、それ以上に、嗚呼やはりと。そう思ってしまったのだ。己の思った通りの回答が返ってきたという事実。ソレをどう受け止め、口にすればいいかと思考を巡らせて沈黙していると、カグラが困った表情を浮かべた。


「藍は、人間だった頃からそういう性格だったんだよねぇー。さすがに人に暴力を振るうようなことはしなかったけど。そこらへんは機神になった影響だと思う」


 こちらの顔色を窺うように、目線をこちらへと向けてくる。まぁこちらがどのような表情であったとしても、カグラは話を止めるつもりはないようだが。


「今の私は機神だから、そういう行動しか取れなかった藍のことはよく分かる。

 けれど私は人間だったから、朱希の感じている憤りや悔恨も理解できているつもり」


 1ヶ月とはいえ、常人以上の付き合いだ。カグラの感情を読み取ることくらいはできる。


 だから分かる。ワタシに向けられた瞳にあるのは、何も思っていないというような無機質なモノでは断じてなく。かといって強気なモノでもない。人間ではない己の考えが理解されないのではという寂しさだ。


 何を、言えば良いのだろうか。機神の思考を、知識として理解していても共感することはできないのだ。どのような言葉であっても不正解な気がしてならない。


 重たい沈黙が続いて数十秒。カグラは耐えきれなくなったのか、わざとらしい伸びをした。


「ごはん食べる時間なくなっちゃう。中に戻って食べよっか」


 彼女の言葉に、そうだね、と呆れた笑み浮かべて頷く。


 私たち2人を覆っていた薄暗い空気は、いつの間にか霧散していた。


◇ ◆ ◇


 放課後、隣のクラスの様子を確認しに行った時には、もう朱希は帰った後だった。


「まぁ、あっちの仕事で忙しいんだろうし」


 友達に手を振って、自分の教室に戻ったあと、藍(機械人形)に声をかけて、一緒に帰ることにした。


 下校途中にあるコンビニで飲み物だけ買って、私は隣を歩く藍(機械人形)に話しかけた。


「成平さんは、今日は家にいるの?」


「本体は、しばらく家には帰らないそうです。何か本体に聞きたいことがあるのなら、チャットか電話でお願いします」


 昼休みにお願いした通り、クラスメイトのいないところでの藍(機械人形)との会話では、藍の口調を止めてくれているみたいだ。


「いや、今は大丈夫。貴女もこのまま、クラスメイトに強い違和感を与えない程度に藍の真似事、お願いね」


「了解しました」


 私と藍の姿をした機械人形の帰り道が分かれるところで、互いに手を振って、


「じゃあ、また明日ねぇー」


「うん、神樂もね」


 と、いつも神樂と藍私たちの二人でしていたように、別れの挨拶をした。


 それから2週間、朱希としたあの話は有耶無耶なまま、何事もなく過ぎていった。



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