第2章 第7話(終)
先日の機神type
だが、笹原さんは学校に来ていないらしい。機神事件に巻き込まれたのではないかという噂が隣のクラスで飛び交っているらしいが、事実を知っている身からすると何とも言えぬ表情になる。
そしてもう1つ。笹原朱希という少女は、私の正体を知っている。あの戦場に現れた12枚羽の機神が、浅野神樂という同級生であることを知っているのだ。だというのに、私は未だ何者からもそのことについて触れられていない。どういう訳か、彼女が私のことを話していないと考えるべきなのだろうか。
そんなことを考えながら昼休み、藍の姿をした成平さんと昼食をとるべく教室を出ようとしたその時、視線を下げた先に彼女はいた。
「アサノさん」
身長差の関係でこちらを見上げる形になってはいるが、その視線は真っ直ぐにこちらに向けられている。
「久しぶりだねぇー、学校来てないっていうから心配してたよ」
本心から思っていた言葉を、己が思う限り優し気なほほえみを浮かべて放つ。目の前に立つ少女は一瞬の躊躇いを見せた後、再びこちらを真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「放課後、話がしたい。できれば2人で」
彼女からのお願いに、一瞬だけ成平さんに視線を向ければ、了承の意を示すように頷きが返された。
「良いよ、大丈夫。場所はそっちに任せるね」
「ありがとう」
それだけ返して、彼女は自分の教室へと戻っていった。
放課後、笹原さんの後をついて歩いてから20分程が経過した。方向は人気がない、かつて血の水溜りができていた空き地。あの夜に視界に飛び込んできた光景を思い出し、懐かしさを感じた。
彼女がこちらを振り返り、数秒の無言。大きく深呼吸をして、ようやく口を開いた。
「先日は、助けてくれてありがとう」
黒い瞳が、こちらを見つめている。それは彼女の本心からの言葉であり、嘘偽りなのない気持ちなのだと理解できた。
「それを、言いたかった」
「……それ以外に、聞きたいことは無い?」
思わず、問うた。眼前に立つ少女の立場からすれば、恐らく私は、何らかの対処をしなくてはならない存在のはずなのだ。もう隠しようのない程に、私は人間ではない部分を見せつけたのだから。
何と口にすべきか、数秒の間考える素振りを見せた。自分の中で整理が出来たのか、こちらへ視線を向ける。
「嬉しかった、っていうのが正しいと思う。アサノがどういう経緯で機神になったとか、何でアサノと一緒に蜘蛛型機神の反応があるのかとか。聞きたいことは色々ある」
だけど、と。
「機神は、人であったときの最も強い欲望に従って行動する。だけどアサノは、ワタシたちを助けてくれた。それは利害の一致かもしれないし、根っからの善良な人間だったかもしれない。でもどんな理由だとしても、アナタは身を挺してワタシを助けてくれた。二度も」
私の場合は、どちらなのだろうか。
成平さんの言う通り「周囲の日常」が私の望みであるなら、それは利害の一致だろう。だがその望みが世の人がいう善良なモノであるのなら、自惚れかもしれないが、後者であるのかもしれない。
「今まで1人、1機たりとていなかった。人間を助けてくれる機神なんて」
だから、そんな存在がいてくれるという事実が、嬉しいのだと。慣れていないようなぎこちない笑みを浮かべて、己の感情を精一杯伝えようと。
「アナタなら、信用できると思った」
今までの言葉の中で、最も力強く発された。これこそが、自分が伝えたかったことなのだとでも言うように。
「ワタシには、力が足りない。大切な、大好きな人を守るだけの力がない」
その言葉に、
「一方的な要求で、脅迫的だと理解している。だけど、あえてお願いしたい。機神と戦うのに、協力して欲しい」
笹原さんは、私が機神だと知っている。その事実が脅迫になると彼女は思っているのだろうし、事実そうなのだが。しかし、だとしても私は。
「そのことを素直に話してくれた貴女を信じるよ、笹原さん」
差し出した私の手を、彼女は握り返した。
「ありがとう、アサノ」
「
ならワタシも、と彼女は返す。
「
ふと藍の、呆れたとでも言わんばかりの溜め息が聞こえた気がした。
◇ ◆ ◇
学校が終わったあと、私は対機神部隊の局長室にて久城局長と向き合っていた。
「わざわざすまないな」
「いえ、こちらも仕事ですから」
彼から与えられた任務に関しては私も納得している。会うたびに謝罪などしなくて良いだろうにと、思わずにはいられない。誰に対してもこうなのだ、この男は。
「それで、榎園藍については何か分かったか?」
「何度か追跡しましたが、そのたびに走って振り切られました。あの身体能力は、明らかに人間のそれではないですね。ついでに、家にもほとんど帰っていないようです」
私に与えられた任務とは、蜘蛛型機神であったはずの榎園藍が未だ学校に通っているという問題についてだ。
「同様に追跡させていた他の部隊員にも聞いたが、皆同様に見失ったそうだ」
大きな溜め息が、局長室の中に響いた。
「……しかし、本来ならば一度機神となった者は人の姿には戻れない。変幻自在の機神や、12枚羽の少女の機神のような、最初から人型だった連中でもなければな」
ならば、彼女はいったい何なのか。
「本当に人型に戻ったのか。或いは、何者かが榎園藍の姿をしているのか」
顎に指を添えて、久城局長は思案する。
「可能性としては、彼女の正体が変幻自在の機神というのが濃厚なんだがな」
こちらへと目だけを向けて、いつもの様に、自信なさげに口を開いた。
「明日以降も引き続き調査を頼めるか、
「構いませんよ、任務ですので」
普段通りの軽い口調で返事をして、局長室を後にした。
任務を頼まれたとはいえ、今日の仕事はもう終わりだ。今日は家に帰ってのんびりするとしよう。何せ、学校の宿題も終わっていないのだ。
「そういえば、今日は浅野さんのシフトの日だったか」
マンションの自室に鞄を
先日食われた右腕は、やはり問題なく稼働する。全身から生やした刃は影も形もなくなって、どこからどう見ても普通の人間と相違ない。
食事は本来必要ないが、味覚を再現できているのだから楽しまなければ損だろう。
確か今日から、何かのフェアが始まっていたはずだ。そうしてレジ越しにあった
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