第2章 第5話

 時刻は夕暮れ、黄昏時。ワタシは黒の戦闘服に身を包みながら、無人のオフィス街を駆け抜けていた。


『A‐1からA‐5はそのまま目標をポイントまで誘き寄せろ。B部隊はそのまま待機』


 ヘッドセットから響く声は、ワタシも含めた同じ部隊の全員に聞こえている。そして目標とは、先日も出現したカメレオン型機神。


 機神警報が発令されている現在、このオフィス街は誰もいない無人の場所と化している。


 カメレオン型機神が前回現れたのは五日前。アサノと知り合いであるらしい人型機神との戦闘で負ったであろう傷跡はあるが、九割修復されているとみて間違いない。


 カメレオン型機神の移動速度は前回の非ではなく、並の速度ではすぐさま全滅しているに違いない。二輪車と四輪車で街の中を走り抜け、その後を振動と破壊が追ってくる。


 時折カメレオン型機神がいるであろう場所へライフルを放つが、効いている様子はまるでない。視認不可能だがサイズが大きいため命中はしているが、芯を捉えることができていないのだ。


「あともう少し……」


 思わず口にしたその瞬間、背後から迫っていた気配が停止した。


『どうした!?』


 焦りを孕んだ声が鼓膜を震わせる。目標が停止したらしいことだけを告げ、警戒を解かぬまま機神がいるだろう虚空を睨みつける。


 一度、この機神と接敵していたのが原因だったのかもしれない。奴の巨大な眼球が、こちらを凝視していると確信できた。


「ッ!?」


 思わず、跳ねるようにバイクから飛び降りた。果たしてその判断は間違っていなかったようで、乗っていたバイクを機神の舌が攫っていく。迷彩が解け、銀色の全身が露わになったと同時に、その口がバイクを嚙み砕いて咀嚼した。


『光学迷彩を解いた……?』


 奴が光学迷彩を解いた瞬間、嫌な予感が脳裏をぎる。奴が光学迷彩を解かなければならないワケとは何か。ただ移動するだけだったアイツが、姿を現した。即ち。


「回避ィ!」


 部隊の誰かが叫んだと同時、カメレオン型機神は上体を起こし、舌を伸ばして薙ぎ払った。


◇ ◆ ◇


 ここ数日で、私の身体の金属となっている部分はゆっくりと広がってきている。このままでは本当に、一年もせずに完全な機神へと変化するに違いない。そのことに恐怖はないが、そうなった時に今まで通りの生活を送ることができなくなるのではないかと思うと、多少なりとも気が沈む。


「人間に擬態すれば良いんだろうけど、バレたときがなぁー」


 何の変哲もない日常を、誰もが永遠に繰り返している事こそが私の願いだ。けれど今は私自身が、それを許さない存在になっている。周囲とは異質すぎる変化を遂げている。


 悩んだところでどうしようもない。自分が人間でい続けることなど不可能なのだから。


「どうしたら良いんだろうなぁ……」


 そして私の中には、浅野神樂私自身を愛せればそれで良いという想いもある。己の中に存在する藍の中枢コアから流れ出る強い感情が、私にそういう考えを生み出させる。藍の感情に吞まれてしまえば今より楽になるのだろうけれど、最終的にソレを選ぶことはないだろう。


「私も藍も、やりたいことが両極端なんだよなぁー」


 その時だった、機神マキナtype 避役カメレオンの出現を感じたのは。気付けば、気配の方向へと駆けだしていた。


◇ ◆ ◇


 相手の戦闘力を見誤っていたのだろう。

街の一部を完全に進入禁止にして、上から許可が出ている限りの装備を用いてカメレオン型機神の撃破にあたった。しかし、それでも駄目だった。


 今まで何体もの機神を見てきたが、前回の蜘蛛型機神とこのカメレオン型機神は群を抜いて戦闘力が高い。加えて、両者ともに敵対的な機神だった。そんな機神が立て続けに現れたせいで人員の補充も間に合っていない。

純粋に、戦力が足りない。


「==、==」


 甲高い音で咆哮しながらカメレオン型機神が仲間を薙ぎ払っていく。奴に食われたのは三人、恐らく生きてはいないだろう。それだけでも耐え難いというのに、部隊の半分以上が重傷ときた。撤退は間に合わず、迎撃には武力が足りない。結局は、奴に弄ばれていただけだったのかと、悔しさばかりが己の内側から漏れ出てくる。


 彼女たちならば、奴と戦えるのだろうか。アサノならば、もう一体の人型機神なら、互角以上の戦いができるのだろうか。


 アサノが機神だというのは確信的明らかだ。だが彼女たちは、人間を守るために動いてくれた。敵対的でない機神は数多くいたが、彼らは一度も人間を助けるという行動を起こさなかった。機神とは、人間であった頃の欲望に忠実である存在であるらしいから。


 ならばあの2人は、どんな欲望を、願いを持っているのだろうか。ワタシならば、どんな願いに忠実な機神になるのだろうか。


 力が欲しかった。もう誰も、失いたくなんてないのだ。全てを圧倒できるだけの力なんて贅沢なことは言わない。部隊のみんなを守れるだけの、相打ってでもコイツを破壊できる力が欲しい。


 カメレオン型機神の翠玉の目が、ワタシを捉える。奴に睨まれた瞬間に、ワタシはここで死ぬのだと理解した。その瞬間に感じたのは、何故ワタシがこんな奴に食われなければならないんだという、理解不能な違和感と理不尽だった。


 奴の舌が、ワタシの命を飲み込もうと迫りくる。死の瞬間が無限とも思えるような感覚の中で、視界の端にソレを捉えた。


 高速で接近する、6対12枚の銀翼を持つ人型。それほど長くない髪をたなびかせる、翠玉の瞳の少女。彼女の羽が、勢いをつけてカメレオン型機神を殴打する。奴の巨体が、凄まじい勢いで吹き飛んだ。


◇ ◆ ◇


 対機神部隊指令室のモニターに映し出された光景に、驚愕を隠すことなどできなかった。


「久城局長、この反応は……!?」


 オペレーターの一人もまた、己の感情を抑えきれずにいる。だが、それも当然。目に映る光景は信じられるものではなく、加えて見る者の心を奪うものだったからだ。


「蜘蛛型機神の反応、しかしコレは……⁉」


 モニターに映し出された新たな機神反応は、一体でありながら一つではない。


「2つの中枢コア反応、更に別個体でもう一体‼」


「2体の機神か、或いはもっと別の何かか……⁉」


 現場の状況が正確にわからないのが、これ以上ないほどにもどかしかった。


◇ ◆ ◇


 カメレオン型機神を吹き飛ばしたソレは、ワタシの目の前に降り立った。


 背中から白銀に輝く金属の羽と、蜘蛛の脚のようなやたら細い羽が全部で6つい12。月光を浴びて輝くのは、日本人らしい黒髪と鉄色の翼。人型の機神。


「ア……」


 名前を言うことができない程に、ワタシは怯えていたのだろうか。否、恐怖は感じていない。ただ衝撃的だったのだ。ワタシを守るように立つ少女は、数日前に話した彼女で間違いなかったから。


 彼女は翠玉の瞳でこちらを一瞥し、続けて部隊の仲間へと目を向けた。


「クソッ、新手か!?」


 舌打ちした仲間が、アサノ目掛けて発砲する。焦燥から、跳弾がこちらへと命中する可能性を考えられなかったのだろう。アサノの足元にいたワタシを抱きかかえ、羽で弾丸を防ぎながらカメレオン型機神と距離を取る。


「止めろ、A‐3に当たる!」


 部隊長が、アサノに向かって発砲していた部隊員を止める。それを視界に捉えた彼女は、ワタシを地面に優しく降ろし、羽根を背中に戻しながらワタシから離れた。


『状況を説明しろ!』


 久城局長からの通信でようやく我を取り戻し、混乱を飲み込んで口を開いた。けれど、上手く言葉が出ない。浮かんできた単語を羅列することしかできず、意味のある文章を紡げない。ワタシの発した言葉を打ち消すほどの声量で、部隊長が声を放った。


「羽根の生えた人型機神です! カメレオン型機神と我々の戦いに介入してきた模様!」


 報告と同時にライフルを構える。あの武器の性能がどれほどのモノかは知っている。カメレオン型機神には大した効力を発揮しなかった彼の武器も、人型で重量もそれほどない彼女相手であれば致命傷たり得るかもしれない。


「待って!」


 悲鳴にも似た叫びは、むなしくもカメレオン型機神の咆哮にかき消された。


 起き上がったカメレオン型機神の目がアサノと部隊員を捉え、奴が攻撃したのは部隊員の方だった。口を開き、目にもとまらぬ速度で伸ばされた舌が部隊員を襲う。しかし、だ。


「マズいッ!」


 蜘蛛の足の如き羽から放たれた鉄線が、カメレオン型機神の舌を捕らえた。ギョロギョロと動く眼球がアサノの姿を映し出し、体勢を変えて彼女めがけて突進してきた。


 再び私を抱えて跳躍にて回避し、カメレオン型機神の敵意を他の人に向けないように立ち回っている。その光景は客観的に見れば、部隊員を庇っているように見えたに違いない。


「オレたちを守ったのか……?」


 困惑する彼らを他所よそに、彼女はひたすらに回避を徹底している。恐らく、決定打たり得る手段を持っていないのだ、アサノは。


 そんな光景を数10秒眺めていたワタシは、ようやく落ち着きを取り戻して立ち上がった。だが、状況は好転しない。こちらの攻撃は全て、機神の巨体にとっては致命傷とはならないのだから。


 刹那、ワタシの横に1人の女性が降り立った。


「無理はするものじゃない。現状、君の戦闘能力は決して高くないのだから」


 長身の女性は、大人びた低い声でアサノに語りかける。


 見覚えのある後ろ姿。先日、駅での戦闘を行っていたのと同じ声。


「アレには先日の借りもある。あとは私が相手をしよう」


 もう1体の人型機神が、戦場へと姿を現した。

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