第67話 赤髪の旅芸人

「じゃあ、皆で船を探そう。見つかったらこの話は終わり。恨みっこなし。良いね」


 子ども達が渋々といった顔で頷き、船を探して散らばっていく。アリシアが立ち上がり、背筋を伸ばす。


「さて、トカゲがどこへ向かったか分かる?」


 彼は食堂の奥にある林を指さした。木々は殆ど葉を落としているが、丈の低い草花が茂っている。二人はそこへ向かい、草をかき分けながら探し始めた。


 おもちゃの船を運べる大きさとなれば、這った跡でも残っていそうだが、動物の足跡一つ見当たらない。そもそも、よくよく考えたら、トカゲの出る時期にしては早すぎる。 


 彼の話に違和感を思えたアリシアは、汚れた服を払いながら立ち上がり、他の子達の様子を見てみる。体格の大きな男の子は木の上に上って畑の辺りを見下ろしている。やせている男の子はベンチの下を覗き、おさげの女の子はビルと一緒に礼拝堂の周囲を探っていた。


「あ。いたっ」


 ライリーが茂みの奥へ入って行こうとする。遠くに言って迷ったら大変だ。アリシアは襟をつかんで止める。


「ほら、あそこ」


 膝をついて指さした方をみる。トカゲの姿はなかったが、どこを指しているかはすぐに分かった。風も吹いていないのに、草の揺れている所があったのだ。奇妙なことに揺れているのは一部分だけで、少しずつ場所が変わっている。まるで何かが通っているかのように。


「今、トカゲは見えてるのかい?」


「うん、ほら、あそこにいる茶色いのだよ。でも、船は持ってないな。どこにやったんだ?」


 ライリー、と呼びかける。振り返った彼は素直な瞳で彼女を見ていた。


「そのトカゲね、多分君にしか見えていないよ。だからお友達は君が盗ったんだと思ったんだね」


 困惑しているような、安堵しているような表情で、彼は茂みに座り込む。アリシアは再び立ち上がって彼に手を伸ばした。


「ほら、船を探さなきゃ。きっと近くにあるはずだよ」


 彼女の手を取り、腰を上げると、もう一度草をかき分け始めた。程なくしてライリーが、


「あったあー」


 と大きな声を上げた。不自然に草が揺れた所から、左へ大股三歩ほど歩いたところに落ちていた。泥だらけになってはいたが、すぐ側に流れる川の渡し船が小さくなったのかと思うほど、精巧に作られた代物だった。さぞ愛情込めて作られたに違いない。


 いったん井戸の水で洗い、タオルで拭いてやると、ライリーの手から返すよう伝える。


 男の子は、ありがとうと言って受け取った。他の子も、ライリーを責めることはなかった。遊んでいた場所からは離れた林の中に落ちていたことや、彼が誰よりも泥だらけになって、ボタンが一つ取れていることにも気づかずにいることから、本当に隠していなかったということを感じ取ったのである。


 いつの間にか日が傾きかけていて、子ども達はそれぞれの家へと帰って行った。ある子は一人で、ある子は兄弟に、親に連れられていく姿を見送りながら、ライリーがぼそっと呟いた。


「ねえ、俺って変なのかな?」


 アリシアは繋いでいた手をほどき、彼の脇の下に手を回して高い高いをした。


「君は皆に見えないモノが見えるよね。変だって言う人は沢山いるかもしれないよ。でも、それは神様からの贈り物なんだ」


「神様の……贈り物?」


「そう。足の速い子、絵が上手な子、覚えるのが早い子、皆何か素敵なものを持っているんだ。妖精が見えるのもその一つなんだよ。神様からもらったものは、大事にしなきゃいけない。良いね?」


「うん。だいじにする。ねえ、ママにも何かあるの? 贈り物」


「うーん。そうだなあ。私は君みたいに妖精を見ることはできないけど、声を聞くことはできるよ。だから、君がどんな妖精と何を話しているのか分かるんだ。多分、他の人はできないよ。だから、贈り物」


 二人は互い満面の笑みを浮かべていた。ライリーを抱きしめる彼女の手は興奮で震えていた。


 彼に一筋の希望を見いだしたからである。自分がかけて欲しかった言葉を、ようやく口に出すことができたからである。


 奇妙な力をどうか、呪わないで欲しい。出来れば誇りを持って生きて欲しい。彼を受け入れてくれる人に出会って、幸せになって欲しい。


 自分にはできなかったことを、どうか――。


 夕飯だと知らせる副祭司の声がする。ライリーを下ろして先に行かせ、アリシアは再び林へ向かった。


 暗くなる前にボタンを拾っておくためだ。船を探したときに落としたことは想像に難くない。


 茂みの前に腰を落とし、葉の根元に手が触れた時、背後から声がした。


 彼女の後ろに立っていたのは、ウィア族の女だった。縞模様のドレスを着て、赤い髪が肩の辺りまで広がっている。


「あのー。探しているのってこれですか?」


旅芸人だろうか。片方の手には笛が握られている。そして、もう片方の手のひらにはライリーのボタンが乗っていた。


 初めて目にする女だった。だが、アリシアには彼女が何者か一目で分かった。


――ああ、この人が母親なんだ。きっと迎えに来たんだ……。


 その顔は、ライリーと瓜二つだったのである。身を引き裂かれるかのような恐怖を覚えた。会ってまだそれほど日が経っていないのに、彼と別れるのは辛かった。


 呆然としたままボタンを受け取る。母親は決まり悪そうに髪を掻くと、裏門の方へ走っていってしまった。


 彼女の体から力が抜けて、その場に座り込む。できることなら会いたく無かった、という言葉が、彼女の脳裏にちらついた。やがてのろのろ立ち上がると、手に食い込みそうなほどボタンを堅く握りしめながら、食堂の灯りを目指して歩いて行った。

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