第66話 無くなった玩具
礼拝所も相変わらず食糧難に苦しんでいたが、骨と皮しか無いと言っても過言ではなかったライリーの体にも肉がつき始めた。
意外にも近所の反発は少なく、近くに住んでいる子だと思われているみたいだった。というより、街の人々は自分達の暮らしを守るのに精一杯で、他人にかまけている余裕などなかったのである。
「おっ。綺麗にできているじゃないか」
「へへっ」
得意げに胸を反らしている。まだ出家できる年ではないので、慌てて繕った服を着ている。自分でボタンを留めることができたとわざわざアリシアへ見せに来ていた。
これまでは掛け違えていたり、途中で泣き出したりしていたが、今日のライリーは誇らしげに胸を反らしている。
頭を撫でてやると嬉しそうに頬を赤らめながら手を払いのけようとする。照れているのだと思うとますます可愛らしくなり、いっそのこと両手で撫でてやりたくなったが、手を止めた。
そんな彼はさっさと広場へ飛び出して行き、集まった近所の子ども達に混ざっていく。部屋を片付ける時もあれくらい早く動いてくれたらいいのに、とアリシアはため息をついた。だが、その顔は笑みを浮かべている。
自分達は務めに忙しく、子どもに慣れていないというのもあってか、普段はビルに遊んでもらうことが多かった。だから同じ年代のお友達と遊べる日はいつもより楽しそうだ。
広場を囲むように植えられている木に芽がつき始めた。子ども達の声が聞こえると、いっそう春が近づいたように感じられる。
遊び、学び、祈り、働く。男の子が健やかに育つように、礼拝所での穏やかな暮らしがずっと続くようにと彼女は祈っていた。
ところが、暫くするとライリーが血相を変えてアリシアの元にやってきた。彼女の足下に抱きつき、トゥニカの上に身につけた前掛けに顔を埋めて泣きじゃくる。
タオルがその場になかったので、しゃがみながら前掛けで彼の顔を拭く。
「喧嘩でもしたのかい?」
「俺、嘘つきじゃないもん」
「嘘つきだって言われたの? 何で」
「分かんない。だって、本当におっきいトカゲがとっていったんだ。なのに……」
ライリーは涙声でそこまで話すと再びわあっと泣きじゃくる。彼の話から一生懸命何があったのか探り出そうとする。
おそらくお友達の何かが盗られたこと、ライリーが犯人として疑われていることしか分からなかった。
彼が何もしていないと信じてはいる。が、大人として片方の言い分だけ聞くのも良くないだろう。ライリーは泣いていてとても話ができそうにない。
「お友達の所に連れていって」
アリシアはトゥニカの裾を引っ張られながらライリーについて行った。
広場にはライリーと同じくらいの背丈をした子が三人いて、鋭い視線を向けていた。アリシアはライリーを抱き寄せながら、彼らに目線を合わせる。
「ねえ、何があったの?」
真ん中に立っていた男の子がライリーを指さした。三人の中では一番背が高く、肉付きも良い。
「こいつが船をとっていったんだ。それなのに盗ってないって嘘をつくんだ」
次にアリシアからみて右側にいる、涙目の子が口を開いた。
「僕の船なんだよ。おじいちゃんが作ってくれたんだ」
「おじいちゃん凄いね。どんな船なの」
その子は、自分の肩幅くらいまで両手を開いた。
「こんくらい。木でできているんだよ」
「大事なものなんだね」
「うん」
「それは辛かったね」
「自分が盗っていった癖にトカゲが持っていったんだって言い訳するんだよ」
「俺じゃねえもん。ほんとにトカゲがいたんだもん」
ライリーが声を張り上げた。
「うーん。皆はトカゲを見てないんだよね」
三人とも大きく頷く。
「どうしてライリーが盗った、って思ったの?」
船の持ち主がおずおずと前に進みでる。
「見たいって言うから、貸してあげたんだ。そんでね、返してって言ったら、トカゲに盗られたって言って」
「こいつが隠したんだ」
真ん中の男の子が遮るようにしゃべる。その時、今まで黙っていた左にいる女の子が口を挟んだ。リボンで髪を二つに束ねている。
「だって、赤い髪の子って食べ物を隠すし、嘘つきなんでしょ。だからライリーが隠したんだよ」
「え?」
アリシアは唖然とした。きっとこの子はウィア族の噂を親から聞いただけなのだろう。だが、目の前にいる子よりも噂の方を信じるなんて。ほんの子どもなのに、いや、子どもだからこそ妄言を真に受け、振り回されるものなのだろうか。
「赤い髪の人だからって人のものを盗んだりしないし、嘘をついたりしないよ」
「でも、ママが赤い髪の人に盗られたって言ってたよ」
女の子がなお言い返す。どんな人であろうと悪いことをする人はするし、しない人はしない。とアリシアは思うのだが、それを子どもに分かるよう説明するのは難しかった。
たとえ、本当にライリーが隠していたとしても、それは彼がウィア族だからではなく、その心が弱いから。髪の色は一切関係ないのだ。このことは、どうにかして彼女らに伝えなければならない。
「ママは、盗んだ人を見たの?」
「分かんない」
「本当は茶色い髪の人だったかもしれないよ。ちゃんと見てみないと誰に盗られたのかは分からないよね。見てないのに決めつけるのは駄目だよ」
彼女は恨めしそうにライリーを見ながらも、うん、と言って頷いた。
「ライリー。絶対隠してないんだよね。神様に誓える?」
アリシアは、隣にいるライリーを見据える。
「うん。ぜったい」
「それなら、見つけたらすぐに返してあげられるよね」
アリシアが念を押すと、彼は思い切りよく頷いた。
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