第37話 エルフの森と泉の悪魔 その2

  集まっていた人々がいなくなると、僕たちは礼拝堂を出て、エルフの男を探しに行った。詳しい事情を聞くためだ。ライリーとエルフは食堂でスープを飲んでいた。エルフはこちらに気がつくと、椅子から降り、祭司様に向かって跪き、右手の拳を左胸に当てた。エルフ式の礼だろうか。


「感謝申し上げる」


 と彼は短く言った。


「面を上げてもらって構わんよ。まずは、追われることになった理由を教えてくれんかね」


 エルフが、姿勢を保ったまま顔を上げる。そして、目を伏せながら打ち明けた。


「久しぶりに来たものだから、食べ物を手に入れるのに金が必要なのを、すっかり失念していた。先にこの剣を預けに行くべきだったのだ……」


 唖然とした。何を言っているのか分からない。彼は流暢なクレア語、エルフが普段どんな言葉を話しているのかは知らないが、とにかく彼の言っている言葉は理解できる。できるのだが、お金が必要なのを忘れていた、というのが引っかかる。

 

ライリーもアシュリーも呆気に取られていた。ビルは目も当てられないと言わんばかりに頭を抱えている。祭司様だけは淡々とエルフに質問していた。


「君は、すぐそこの森から来たのかね」


「いかにも」


「目的を教えてくれないかね」


「風の赴くままに、と言いたい所だが、交渉役に頼まれて共に参ったのだ。人間の長と話があると聞いた」


「その方は無事なのかね」


「さあ、宿とやらまでは送り届けたが、あとは、なるようになるだろう」


 護衛にしては随分無責任ではないか、と言いかけたが、話の腰を折ってはいけないような気がして、口をつぐんだ。


「まあ、今日はここで一晩過ごしなさい。明日、代金と手土産をもって謝罪に行くと良い。持ち合わせが少ないなら、お詫びの品はこちらで用意しよう」


「かたじけない。それにしても、人間の街というのは複雑怪奇だ。あれは、他の者に分け与えるために並べているのだろう。だのに、貰うと怒り狂うとは」


「売り物に対して、お金を払うのは当然でしょう!」


 ついに口走ってしまった。お金を介して売買するのはごくごく当たり前のこと過ぎて、逆に『食べ物を手に入れるのに金が必要なのだ』という言葉が新鮮なほど。


「あれだけの量を自分達で食べきれる訳なかろうに、当然、とは?」


 エルフはこちらを見ながら軽く首を傾げる。純粋な疑問を向ける顔。この違和感。会話がかみ合っていない感覚。彼は、パンを盗んだことに悪気を全く抱いていない。


「貴方だって、ほら、腰に下げていらっしゃる剣とか、盗られてしまったら困るでしょう?」


 エルフは剣を鞘ごと抜き、手に取って眺める。


「確かにこれは長年共にしてきた相棒だ。確かにいなくなったら寂しくなるな。だが、これを求めるものがいるなら仕方なかろう。私がどうしてもこれが必要な時には手元に帰ってくる」


「もし戻って来なかったら?」


「剣が欲しいだけならそこら中にある。人間や地底族ドワーフのものも、最近は手に馴染むようになった」

 

頭を抱えたくなってきた。強がりや開き直りならこれほど泰然とした態度は取れない。ということは心からそう思っているのだ。ライリー、アシュリーと顔を見合わせる。皆で肩をすくめる。


 分かったことが1つだけあった。彼とは、常識というか、もっと根本的なところですれ違っているということだ。


「えっと、君達の森では、お金を使わないってことかな。もし、欲しいものを他の人が沢山持っていたらどうするの?」


 すれ違っている部分を探る気なのか、アシュリーが尋ねる。


「譲って貰えば良いだろう」


「相手の人はあげっぱなし?」


「そりゃあ、返礼はするさ。向こうが欲しいものがあれば渡すし、頼みごとがあれば引き受ける。それで充分じゃないか」


 なるほど、エルフの村落は物々交換で成り立っているのか。普段使わないのだから、お金という概念が分からなくても仕方ない。かもしれない。


「それなら、人間の世界では、お礼の代わりにお金を渡していると思ってよ」


「人間達は礼を貰えないからと、顔をアザミ色に染めあげるのか? やはり、随分と欲深い生き物のようだ」


「うーん、まあ、お礼を貰うために売っているところはあるかもしれないなあ。うん、難しいや。あとよろしく」


 アシュリーに背中を叩かれる。軽々しくあとを任せてくるが、これ以上何を話せというのだろう。売買とか、流通とか、そういう概念について説明しろ、ということか? 

 流石に僕も詳しいことや細かいことは学んでいないし、お金ができた経緯とか、こちらが知りたい位だし、分かりやすく話せる自信がこれっぽっちもない。

 誰も言葉を発しない。カップをすする音がするばかり。


「さて、そろそろ務めに戻るとしようかね。君は、敷地内であれば好きにしてもらって構わんよ。門の外には出ないように。外で何が起きても擁護できないからの」


 祭司様が手を叩き、沈黙を破る。ビルが畑の面倒を見に行く、と言い残し部屋を出ていった。僕も手伝いを頼まれていたから、行かなければ。


 確か祓魔師達は依頼者の家に行くって言っていたような気がする。すると、エルフの男は一人になってしまうのか。放っておくと何しでかすか分からないし、祭司様の邪魔になってはいけない。


 畑に誘って傍にいさせるのが一番だろう。考えていることは謎だが、言葉は通じるのだ。こうなったら、森での暮らしとか、面白い話を聞きだしてやろうではないか。


「あの、僕これから畑仕事するので、一緒に行きませんか?」


 エルフは上を向いて天井画を眺めながら逡巡していたが、ゆっくりと頷いた。


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長いことお付き合い下さり、ありがとうございます。読者の皆様のおかげです。

<補足?>

 アザミの花言葉には、権威、報復、触れないで等があるそうです。顔をアザミ色に染めるというのは、エルフ的表現で怒るという意味だと思っていて下さるとありがたいです。

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